
【津守神社】
津守神社は、大阪市西成区津守に鎮座する神社で、天照皇大神、稲荷大神、大歳大神、住吉大神、綿津見大神の五柱の大神をお祀りしています。
創建の詳しい年代は定かではありませんが、元禄十一年(一六九八)、京都の横井源左衛門、金屋源兵衛らが津守新田の開発にあたり、工事の成就と五穀豊穣を祈願して創祀したことに始まると伝えられています。
当初は、津守新田の最北端に「稲荷大明神小社」として祀られていました。津守新田は、風水害や高潮など幾度もの災害に見舞われながらも、開拓者たちの努力と大神の御守護により、少しずつ開かれていきました。
その後、天明四年(一七八四)には炭屋善五郎の代となり、新田開発の基礎が固められました。この頃、現在地付近に社殿が造営され、五社の大神を祀ることから「五社神社」または「五社大明神」と称され、津守の人々の篤い崇敬を集めるようになりました。
明治四年には「津守神社」と改称され、翌明治五年には村社に列せられました。さらに明治四十年六月には神饌幣帛料供進神社に指定され、例祭には大阪市より供進使が参向し、公の祭祀が執り行われていました。
昭和九年の室戸台風では、神殿をはじめ多くの建造物が大きな被害を受けましたが、大阪府・大阪市の特別供進金、氏子崇敬者の寄進により、昭和十一年に本殿、幣殿、拝殿、手水舎、社務所などが復興造営されました。
戦後は宗教法人法の制定を経て、昭和二十七年十二月十日、「宗教法人津守神社」として大阪府知事の認証を受け、現在に至っています。
津守神社は、津守新田の開発、災害からの復興、そして氏子崇敬者による信仰の継承を今に伝える、地域に深く根ざした神社です。
今回の『どっこい道中記』では、津守神社の由緒をもとに、地域の人々がこの地を開き、神々を祀り、災害を乗り越えて信仰を守ってきた歩みを、若い世代や一般参拝者にも分かりやすいコミック形式で紹介してまいります。
大阪の下町に息づく信仰と地域の記憶を次代へ伝えるため、ぜひ本企画へのご支援をよろしくお願い申し上げます。



