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山との関わりを暮らしの中に取り戻す 「山の共同よろず小屋」建設プロジェクト

山と関わりながら楽しく暮らす仲間を増やすため、山菜採り、狩猟採集、保存食づくり、蕎麦打ち、石積みなどをともに学び実践する「山の共同よろず小屋」を早川町につくります。地域の人と訪れる人が手を動かし、知恵や技術を持ち寄りながら、山の暮らしを次へつなぐ拠点です。

現在の支援総額

5,611,000

56%

目標金額は10,000,000円

支援者数

179

募集終了まで残り

30

山との関わりを暮らしの中に取り戻す 「山の共同よろず小屋」建設プロジェクト

現在の支援総額

5,611,000

56%達成

あと 30

目標金額10,000,000

支援者数179

山と関わりながら楽しく暮らす仲間を増やすため、山菜採り、狩猟採集、保存食づくり、蕎麦打ち、石積みなどをともに学び実践する「山の共同よろず小屋」を早川町につくります。地域の人と訪れる人が手を動かし、知恵や技術を持ち寄りながら、山の暮らしを次へつなぐ拠点です。

日本で最も人口の少ない町・山梨県早川町から

はじめまして。
日本で最も人口の少ない町・山梨県早川町で、古民家一棟貸しの宿「月夜見山荘」と、手打ち蕎麦と山の食「おすくに」を営む鞍打大輔、佳子です。このページをご覧くださり、誠にありがとうございます。

私たちは約30年前に早川町へ移り住み、この土地で暮らし、学び、地域の方々と関わりながら活動してきました。今回の「山の共同よろず小屋」は、そうした30年間の暮らしと学びの積み重ね、そして2019年に開業した月夜見山荘・おすくにの実践の先にある、次の挑戦です。

ー 今、山と人との距離が大きく変わり始めています。 ー

山に入る人が減り、暮らしの中で山に関わる機会が少なくなる一方で、鹿や猪、熊などの野生動物は、人の暮らす場所へと近づいています。
私たちは早川で暮らす中で、人と自然の境界が少しずつ変化していくのを感じてきました。
このプロジェクトは、山との関わりをもう一度暮らしの中につくり直す試みです。

早川の山の暮らしから学んだこと

早川町は、南アルプスの急峻な山と深い谷に囲まれた、人口約800人の町です。町内には36の集落があり、山の斜面や川沿いに点在し、人の暮らしはいつも山と隣り合わせにあります。

私たちが早川町に移り住んだのは、今から30年ほど前のことです。移住後、この土地で暮らす中で、狩猟採集、斜面地での農業、集落総出で行う道づくり、せぎ(水路)や水源の維持管理などに関わってきました。

また日本上流文化圏研究所での仕事を通して、早川の先輩方からたくさんの話を聞かせてもらったり、実際に山へ連れて行ってもらったり、作業に参加させてもらったりする中で、焼畑や炭焼き、郷土料理や保存食づくりなど、山ならではの暮らしぶりについてもたくさん教えてもらってきました。

そこで感じたのは、山の暮らしは、自然と折り合いながら暮らすための知恵と技術、そして工夫に溢れているということです。
草を刈り、畑を耕し、山道や水源を見て、山菜やきのこ、川魚や獣を得るために山へ入る。畑が鳥や獣に荒らされれば、できる限り守りながら、必要な時にはその命をいただく。
日々、仕事や生活のために山と関わることが、人の暮らしと自然の間にある境界を保つ営みとなっていました。

しかし、時代の変化とともに、暮らしの中で山と関わる機会は少しずつ減ってきました。
山村の過疎化、高齢化の流れの中で、人と自然の境界は、奥山から里山へ、そして集落の周辺へと近づき、さらには集落までもが自然に飲み込まれつつあるのを感じます。

山で暮らす人が減り、草に覆われた空き家が増え、家のすぐそばまで鹿や猿、猪が出てくるのは日常茶飯事です。熊の目撃情報も、増加傾向にあります。
自然は、人が思う以上の速さで、人の生活領域へと入り込んできています。早川町よりもさらに都市近郊の甲府盆地周縁部でも、鹿による農作物の被害や熊の目撃情報が頻繁に発生し始めているのが何よりの証拠ではないでしょうか。

今後、人の生活領域への自然の侵食をどこでどのように食い止めていくのか。これは人々の生活の安全、農業生産、はたまた国土の保全を考える上で大きな課題となってくるでしょう。
ただ、言えることは、山と関わり、自然を見る目を養い、自然の動きを理解し対応していくことの中からしか、本質的な解決策は見つからないということです。

人と自然の境界を、これから誰が、どのように支えていくのか。私たちは、そのことを考える上で、まずもう一度、人が山と関わることから始める必要があると感じています。
山に入り、自然を見る。草を刈る。道や水を見て、山の恵みをいただく。そうした関わりの中で、自然の変化に気づき、どう折り合っていくかを考える。

かつて暮らしの中に当たり前にあった、そうした山との関わりを、今の時代に合った形でもう一度つくり直していきたいと考えています。


暮らしの中に山との関わりを取り戻す

私たちは2019年に、古民家一棟貸しの宿「月夜見山荘」と、手打ち蕎麦と山の食の店「おすくに」を開業しました。囲炉裏の火、山の静けさ、満天の星空、鳥の声、そして山菜、川魚、きのこ、鹿や猪、手打ち蕎麦。宿泊や食事を通じて、山の暮らしの豊かさを感じていただくことを大切にしてきました。

同時に、月夜見山荘とおすくには、私たち自身が山に入る理由を保つための仕事でもあります。春には山菜を採り、夏には川魚を釣り、秋にはきのこを探し、冬には獣を獲り、その命を食へとつなぐ。山に入ることで料理が生まれ、宿での時間が豊かになり、お客さんに伝えられるものが増えていきます。

私たちにとって、山に入ることは楽しみであり、仕事であり、この土地で暮らし続けるために欠かせない営みになりました。(日々の暮らしの様子はSNSでも発信しています

山との関わりを「守らなければならない義務」にするのではなく、楽しみや仕事、暮らしの豊かさにつなげることで、山に入る理由を持ち続けることができたと考えています。

幸い、月夜見山荘やおすくにを訪れてくださる方の中には、「この土地の暮らしをもっと深く知りたい」「自分も少し関わってみたい」と感じてくださる方がいます。そして、地元には、同じように山に入り、山の恵みや厳しさと向き合いながら暮らす仲間たちもいます。

こうした人たちと一緒に山へ行き、持ち帰ったものを料理し、分かち合いながら、活用の知恵や技術を学ぶ。それぞれがこの山で実現したいことを語り合い、ときには一緒に形にしていく。

私たちの次の夢は、こうした時間を積み重ねながら、「山と関わりながら楽しく暮らす仲間を増やしていく」ことになりました。


実践・交流・学びの拠点となる「山の共同よろず小屋」

かつて山の家々には、季節ごとの仕事や暮らしの営みを受け止める、小さな農作業小屋(納屋)がありました。そこで道具を直し、収穫した豆や穀類を広げ、山菜を保存し、味噌を仕込む。そんな素朴で実用的な作業場です。

そして集落には、水車小屋、豆腐小屋、共同水場、共同の釜場など、みんなが共同で使う小屋や場所もありました。隣近所が集まり、手を動かし、技術を伝え、世間話をする開かれた場所です。

こんな場所が今も身近な場所にあって、山の暮らしに興味を持ってくれた人たちと一緒に山に入り、手を動かし、山の暮らしを楽しむことができたら、「山と関わりながら楽しく暮らす仲間」をもっと増やしていけるのではないか。

そんな思いから、かつて山の暮らしの中に当たり前にあった小屋をイメージしながら、地域の人と訪れる人が一緒に「山の暮らし」を体験し、学び、交流するための拠点として、「山の共同よろず小屋」(以下「よろず小屋」)をつくる決意をしました。



「よろず小屋」では、宿泊で来られたお客様や地域の仲間、山の暮らしに関心のある人たちと一緒に山へ行き、持ち帰ったものを料理し、分かち合う。畑で採れたものを選別して保存食に変えたり、みんなで集まって味噌を仕込んだり餅をついたりする。それぞれの夢や得意なことを語り合い学び合う。季節や仕事、人の集まりに応じて姿を変える、素朴で実用的な場所を目指します。

場所は「おすくに」と同じ敷地内です。既存の母屋を解体し、その跡地に、床面積49.6㎡、約15坪の小さな木造平屋を新築します。中心には、屋根付きの半屋外土間を設け、本棚や作業スペース、蕎麦打ちスペース、バックヤードを備える計画です。作業・体験・交流・学びの場として、山の暮らしに関わるさまざまな活動ができる場所にしていきます。


小屋の完成後は、周囲の畑、野山と連動しながら、次の4つの実践を続けていきます。

1. 狩猟採集に関する体験会

山菜採り、きのこ採り、渓流釣り、狩猟などを通じて、山にある資源を学び、狩猟採集の技術とともに、食材の活用方法を学びます。

2. 保存食・食品加工に関する体験会

蕎麦打ちなどの郷土料理づくり、味噌仕込みや豆腐づくり、乾物や漬物などの保存食づくりを通じて、山の食文化の知恵と技術を学びます。

3. 山や周辺環境の手入れに関する体験会

畑仕事、山道やせぎの手入れ、石積みの修復など、集落まわりの環境整備活動を定期的に実施していきます。

4. 講演会・上映会など

全国各地の山の暮らしの実践者から話を聞いたり、全国各地の山の暮らしの記録や映像を上映したり、みんなで語り合い学び合う集まりを定期的に開催していきます。

宿泊者や蕎麦屋のリピーター、学生、移住希望者、この地で暮らす人、地域の仕事に関わる人、日本各地の田舎で同じ課題に向き合う人、都市に暮らしながら山との関わりを探す人にも開かれた場にし、「よろず小屋」を、山の暮らしの楽しさと厳しさを受け止め、人から人へ知恵や技術を手渡し、仲間を増やしていく場として育てていきたいと考えています。

私たちは、このクラウドファンディングを、よろず小屋を一緒に育てていく仲間と出会う機会にもしたいと考えています。
この山に足を運び、一緒に手を動かし、学び、楽しむ。
そんな関わりを、この小屋づくりから一緒に始めていただけたら嬉しいです。


資金の使い道

今回のプロジェクトの総額は約2,000万円を想定しており、うち既存の建物の解体、および「よろず小屋」の設計に関する費用は自己資金でまかないます。そして、クラウドファンディングでは、建物の建設に関わる資金の支援をお願いしたく、ファーストゴールを1,000万円、セカンドゴールを1,500万円と設定します。

1,500万円を達成できた場合は、現在計画している規模で、十分な土間スペース、蕎麦打ちスペース、バックヤード、必要な設備や什器を備えた「よろず小屋」を整えます。

ファーストゴールのみの達成となった場合は、金融機関からの借入、または建物の規模や仕様を見直すなどして、山の暮らしを学び、実践する場としての核を守り、小さくても確かな形で立ち上げます。

ご支援金は、建築工事費、電気・給排水などの設備工事費を中心に、什器・備品、記録・広報制作、リターン準備、CAMPFIRE手数料等に大切に使わせていただきます。

完成後は、活動報告、見学会、体験会などを通じて、「よろず小屋」の歩みを共有していきます。山と関わる楽しみ、喜びを、今の時代に合った形でつくっていく。この小屋を、その拠点として、皆様と一緒に育てていきたいと考えています。

【今後の予定】
クラウドファンディング成立後、実施設計・工事準備を進め、2026年12月ごろから既存母屋を解体し、2027年中に「山の共同よろず小屋」を完成させる予定です。完成時期は工事や申請の状況により前後する可能性がありますが、完成後には支援者向けの見学会、報告会、体験会を順次行っていきます。


これからも、山と関わりながら

私たちが早川に移り住んでから約30年。この土地で暮らしながら、たくさんの人から、山とともに生きる知恵や技術、そしてその楽しさを教えてもらってきました。

私たちもまだまだ学ぶ立場です。これからも学び続けながら、これまで私たちが受け取ってきたものを、次の人たちへ手渡していきたい。そして、もっと多くの方と交流し、この学びの場そのものを共有していきたいと考えています。

よろず小屋を、ただ何かを教わる場所ではなく、山に入り、一緒に手を動かし、食べ、語り、それぞれがこの土地との関わりを見つけていく場所にしたい。そして、ここから「山と関わりながら楽しく暮らす仲間」が、一人、また一人と増えていったら、こんなに嬉しいことはありません

この小屋を、私たちだけでつくるのではなく、これからここに関わってくださる皆さんと一緒につくり、育てていきたいと思っています。

「山の共同よろず小屋」の最初の一歩に、どうか力を貸してください。

ご支援、そしてこれからの「よろず小屋」へのご参加を、心よりお願いいたします。

月夜見山荘/おすくに 鞍打大輔・佳子
と、山のパートナー甲斐犬モク


支援金の使い道

集まった支援金は以下に使用する予定です。

  • 主な使い道 ・建設工事費 ・電気、給排水などの設備工事費 ・作業・交流スペースの整備費 ・什器備品の購入費 ・記録・広報制作費 ・リターン準備費 ・CAMPFIRE手数料、決済手数料 なお、既存母屋の解体にかかる費用は、今回のクラウドファンディングの資金使途には含めず、別途私たちの責任で対応します。 今後の予定 クラウドファンディング終了後、実施設計・工事準備を進め、2026年12月ごろから既存母屋を解体し、2027年中に「山の共同よろず小屋」を完成させる予定です。完成時期は工事や申請の状況により前後する可能性がありますが、完成後には支援者向けの見学会、報告会、体験会を順次行っていきます。

※目標金額を超えた場合はプロジェクトの運営費に充てさせていただきます。

支援に関するよくある質問

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最新の活動報告

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  • 9月の初め、大学生の娘が一人で早川へ帰ってきました。卒業論文で狩猟について書きたいというので、私が罠を仕掛ける様子や、仲間に協力してもらって猟に出る様子を見てもらいました。猟は空振り。罠の方も、大雨の影響があったのか、なかなかかかりません。こちらが予定を決めても、自然はそれに合わせてくれない。獲物を待つ時間も含めて狩猟なのだということを、娘にも感じてもらいつつ、雨の合間を縫ってもう一度足跡を探し、罠を掛け直したりもしました。二週間の滞在の終盤に、娘の大学の友人三人も、早川へ遊びに来てくれました。三人は二泊し、娘も一緒に帰る予定でした。帰る前日、なかなか獲物が獲れない様子を見かねた仲間が、田んぼで飼っていた合鴨を一羽分けてくれました。皆で鴨を締め、毛をむしり、捌き、料理していただく。動物の命が食べ物になるまでの過程に、四人で向き合う時間になりました。そして、帰る日の朝。ようやく、一頭の鹿が罠にかかりました。さらに、集落の防護柵の内側へ迷い込んだ、もう一頭の鹿の捕獲も重なりました。帰ろうとしていた日に、二頭の鹿が獲れる。私には、四人が鴨を捌き、食べる様子を山の神様も見ていて、「これなら、鹿も見せてもいいかな」と思ってくれたように感じられました。山の神様の、なんとも憎い采配です。こちらは営業の合間を縫っての作業。料理は夜しかできない。結局四人は滞在を一日延ばし、鹿を捌き、料理し、食べるところまで付き合ってくれました。罠を見回りながら、獲れない時間も動物の行動を考え微調整する。命に向き合い、自分たちの手で捌き、料理して、皆でいただく。自然の動きに逆らわず、自分たちの予定を変える。仲間と助け合う。今回、娘と友達に体験してもらった一連の時間が、自然と呼応しながら生きる、山の営みそのものなのだと思います。そして、この光景は、私が山の共同よろず小屋で実現したい時間そのものでもありました。初めはお客様として訪れた方が、何度か一緒に山へ入り、一緒に手を動かし、食事の時間を共有し、話をし、心を開いていく。その積み重ねの中で、顔見知りになり、友達になり、やがて一緒に山と向かい合う仲間になっていく。そして改めて、一緒に手を動かし、食事の時間を共有し、話をする場所が必要だと感じました。お客様を超えて仲間へサービスを超えて日常へ体験を超えて共同作業へ山の共同よろず小屋は、山の暮らしへの理解とともに、出会った人たちの関係も深まっていく場所。今回の出来事を通じて、小屋で育てたい関係の姿が、また一つ、はっきりと見えてきました。【クラウドファンディングの現在地】支援総額:5,521,000円支援者数:176人達成率:55%募集終了まで:あと32日 もっと見る
  • 集落と奥山との間には、「人の気配が続く、幅のある場所」がありました。その幅の中で、実際にどのようなやり取りがされていたのか。早川で見聞きした三つの話を紹介したいと思います。一つ目は、山の畑と鳥の話です。山の斜面を伐り拓いてつくった畑では、主に穀類や豆を育てていました。山の畑は人の目が届きにくく、雉や山鳥に作物を食べられることもあったと聞きます。そこで畑の片隅に、人が身を隠して鳥を待つための小屋をつくり、鳥が出てくると鉄砲で撃ち、その命をいただいたそうです。「作物を食べられても、出てきた鳥や獣を捕って食べれば、それでおあいこ」こんな言葉が印象に残っています。二つ目は、犬の話です。昔は、猟師も猟犬も今よりずっと多かったと聞きます。放して飼われていた犬たちは、獣の気配を感じると、何頭かで山へ入っていくことがあったそうです。二日も三日も帰ってこないことがあり、「きっと山で獲物を追い詰めて、その場で食べて、満足して寝てきたんだろう」そんなふうに話す人もいました。犬が獣の気配を感じ取って山へ入る。犬は人の力だけでは届かないところを補いながら、集落へ近づく獣との距離を取り直してくれていたのでしょう。三つ目は、蜂蜜と熊の話です。早川町では、今もニホンミツバチを飼っている人がいます。  集落と山との際に置かれた巣箱が、蜂蜜の匂いを嗅ぎつけた熊に襲われたという話を、毎年のように聞きます。集落付近に現れた熊が、有害鳥獣捕獲によって捕らえられたときには、その肉をいただくこともあります。一方で、蜂には気の毒ですが、巣箱が襲われたことで、それまで見えなかった熊の存在に人が気が付くことにつながってもいます。養蜂という営みが、結果として、山から集落へ近づく熊の動きを知らせる、一つのセンサーのような役割も果たしているのかもしれません。穀物と鳥。獣と犬。蜂蜜と熊。作物を作っても、全てが人間のものになるわけではない。ある程度、獣や鳥に食べられることは折り込みながらも、人の暮らしが成り立たなくなるところまでは明け渡さない。時には、捕らえた命も、恵みに変える。もちろん、実際の被害がいつも「おあいこ」で済んだわけではないでしょう。それでも、この感覚の中には、人も山から恵みをいただいて生きているという自覚と、自分たちも自然に働きかけていかなければ暮らす環境は維持できないという、覚悟のようなものが表れているように思います。山の恵みをいただきながら、獣や鳥の動きを見て、その都度、距離を取り直す。自然と共に生きるとは、自然への働きかけをやめることではなく、恵みと被害、感謝と緊張の間で、どこまで受け入れ、どこから守るのかを判断し続けることなのだと思います。 もっと見る
  • ここからは、山の暮らしが、実際にどのように人と自然の境界を守ってきたのかについて、考えてみたいと思います。かつて早川の多くの集落では、今では木に覆われている山の中腹まで、畑が広がっていました。人が畑へ通い、作物を育て、周囲の草を刈る。山の斜面に人の目と手が入り続けることで、獣が身を隠したまま集落の近くまで下りてこられる藪は、今よりずっと少なかったはずです。もちろん、それでも獣による被害はあったでしょう。作物を目当てに、鳥や獣がやって来ることも当然あったと思います。大切なのは、そこが人の手の入り続ける場所だったということです。畑を耕し、草を刈る。その向こうの山から薪を拾い、木を伐る。炭窯のある山へ通い、炭を焼く。山菜やきのこを探す。山道を歩き、水源を見回る。猟に出て、犬とともに山を歩く。どれも、人が生きるために必要だった営みです。しかし結果として、こうした営みは、三つの働きを果たしていたのではないかと思います。一つは、草や藪に覆われる場所を減らし、山と集落との間の見通しを保つこと。一つは、人が繰り返し山へ入り、そこが「人のいる場所」であることを示し続けること。そしてもう一つは、足跡や糞、食痕、気配や鳴き声などから、獣の存在に早く気づくことです。山の暮らしが守っていた人と自然の境界は、柵のように両者を隔てる一本の線ではなく、ある程度の幅を持った場所でした。人は山から資源を調達し、鳥や獣は人の作物を目当てに近づいてくる。人は追い払い、ときには捕らえ、獣もまた人の気配を感じて距離を取る。そうやって、その都度、互いの距離を取り直してきました。そうした営みの重なりが、集落と奥山との間に、「人の気配が続く、幅のある場所」をつくっていたのだと思います。それは、自然を人の暮らしから切り離すことではありません。人もまた自然の中で生きながら、山や獣との距離を絶えず調整してきたのでしょう。人と自然の境界は、そこに線を引けば守れるものではない。日々の暮らしのなかで、人が山に関わり続けることによって、保たれてきたものなのだと思います。 もっと見る

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