山との関わりを暮らしの中に取り戻す 「山の共同よろず小屋」建設プロジェクト

山と関わりながら楽しく暮らす仲間を増やすため、山菜採り、狩猟採集、保存食づくり、蕎麦打ち、石積みなどをともに学び実践する「山の共同よろず小屋」を早川町につくります。地域の人と訪れる人が手を動かし、知恵や技術を持ち寄りながら、山の暮らしを次へつなぐ拠点です。

現在の支援総額

5,481,000

54%

目標金額は10,000,000円

支援者数

174

24時間以内に3人からの支援がありました

募集終了まで残り

33

山との関わりを暮らしの中に取り戻す 「山の共同よろず小屋」建設プロジェクト

現在の支援総額

5,481,000

54%達成

あと 33

目標金額10,000,000

支援者数174

山と関わりながら楽しく暮らす仲間を増やすため、山菜採り、狩猟採集、保存食づくり、蕎麦打ち、石積みなどをともに学び実践する「山の共同よろず小屋」を早川町につくります。地域の人と訪れる人が手を動かし、知恵や技術を持ち寄りながら、山の暮らしを次へつなぐ拠点です。

ここからは、山の暮らしが、実際にどのように人と自然の境界を守ってきたのかについて、考えてみたいと思います。かつて早川の多くの集落では、今では木に覆われている山の中腹まで、畑が広がっていました。人が畑へ通い、作物を育て、周囲の草を刈る。山の斜面に人の目と手が入り続けることで、獣が身を隠したまま集落の近くまで下りてこられる藪は、今よりずっと少なかったはずです。もちろん、それでも獣による被害はあったでしょう。作物を目当てに、鳥や獣がやって来ることも当然あったと思います。大切なのは、そこが人の手の入り続ける場所だったということです。畑を耕し、草を刈る。その向こうの山から薪を拾い、木を伐る。炭窯のある山へ通い、炭を焼く。山菜やきのこを探す。山道を歩き、水源を見回る。猟に出て、犬とともに山を歩く。どれも、人が生きるために必要だった営みです。しかし結果として、こうした営みは、三つの働きを果たしていたのではないかと思います。一つは、草や藪に覆われる場所を減らし、山と集落との間の見通しを保つこと。一つは、人が繰り返し山へ入り、そこが「人のいる場所」であることを示し続けること。そしてもう一つは、足跡や糞、食痕、気配や鳴き声などから、獣の存在に早く気づくことです。山の暮らしが守っていた人と自然の境界は、柵のように両者を隔てる一本の線ではなく、ある程度の幅を持った場所でした。人は山から資源を調達し、鳥や獣は人の作物を目当てに近づいてくる。人は追い払い、ときには捕らえ、獣もまた人の気配を感じて距離を取る。そうやって、その都度、互いの距離を取り直してきました。そうした営みの重なりが、集落と奥山との間に、「人の気配が続く、幅のある場所」をつくっていたのだと思います。それは、自然を人の暮らしから切り離すことではありません。人もまた自然の中で生きながら、山や獣との距離を絶えず調整してきたのでしょう。人と自然の境界は、そこに線を引けば守れるものではない。日々の暮らしのなかで、人が山に関わり続けることによって、保たれてきたものなのだと思います。


前回、「よろず」と「共同」の元となった二つの小屋について書きましたが、私の中で、どうしても書いておかなければならない、もう一つの小屋があります。それは、早川町の西山地区を拠点に活動する狩猟グループ「かのし会」の、通称「かのし小屋」のことです。(「かのし」は、西山の言葉でニホンジカのこと)私が初めてこの小屋を訪れたのは、早川と関わり始めたばかりの大学4年生の頃でした。地元の猟師さんが私を小屋へ招待してくださり、猟の現場を見せていただき、獲れた獲物をその場で解体し、猟師ならではの料理で食べさせてくれました。その一部始終が、当時の私には衝撃でした。猟の日の朝、猟師たちはまず小屋へ集まります。山の様子や獣の動きを考えながら、その日に入る山と、それぞれの持ち場(マグサ)を決めます。勢子(セコ)役の猟師が犬を連れて山へ入り、犬を放す。犬に追われた獲物が、マグサで待つ猟師の前に現れ、猟師が撃つ。猟が終われば、獲物を小屋へ運び、解体し、肉を分け、料理する。解体する人、肉を刻む人、鍋を煮る人、テーブルを整える人。自然に役割が分かれ、準備が整うと宴が始まります。途中、山の神に捧げていたお神酒を回し飲みするのも恒例の儀式です。そこで語られるのは、獲れた、獲れなかったという結果だけでなく、犬がどこから獲物を追ったのか。獲物はどのようなルートで逃げたのか。マグサにいた猟師はどこに座り、どこを見ていて、実際に獲物はどこから現れて、どう撃ったのか、など。その日、それぞれに起きた出来事を語る、通称「絵語り」を聞きながら、山の見方や獣の動き、さまざまな状況での人と犬の配置や動きが共有されていきます。もちろん、昔の武勇伝や失敗談も飛び出し、笑いが絶えません。真剣な猟の場でありながら、どこか少年たちの秘密基地のような楽しさもあります。そこには、狩猟の準備と実践、獲物の解体と料理、学びと反省、そして仲間との楽しい時間が同居していました。山で起きたことを小屋へ持ち帰り、食べ、語り、笑い、次の実践へつなげていく。それぞれが山と関わるなかで得た経験を共有し、みんなの知恵に変えていく。私はそこへ何度も招いてもらい、やがて自分でも狩猟を始め、今では「かのし会」の仲間に入れてもらっています。何の経験もなかった人間が、繰り返し通い、見聞きし、手を動かすなかで、少しずつ役割を持ち、仲間になっていく。かのし小屋は、ただ猟をするための場所ではなく、山と人との関わりを学び、関わりを考えていく場所でもあったのだと思います。この場所で自分に起きたことこそ、「山の共同よろず小屋」でつくりたい関係の原型です。山へ出る前に考え、相談し、実際に山へ入り、山を歩き、持ち帰ったものを処理し、調理し、みんなで食べ、今日あったこと、考えたことを語り合い共有し、また次の実践へ繋げていく。そして、かつての私のように、山の暮らしに初めてふれる人が、繰り返し関わるなかで、いつか自分なりの役割を持つ仲間になっていく。その入口をつくりたい。かのし小屋で過ごしてきた時間が、今回の小屋づくりへとつながっていることは間違いありません。


前回、よろず小屋を「山の暮らしにふれる入り口」にしたいと書きました。この小屋を考えるとき、私たちがイメージした、二つの場所があります。一つは、早川町内の多くの家に残る、小さな農作業小屋や納屋です。そこでは、農具や山仕事の道具を置き、壊れれば修理する。収穫した豆や穀類を広げ、山菜を塩漬けにして保存し、味噌を仕込む。作業の合間には、自家製のお漬物や煮物が並び、お茶飲みをする。作業もすれば、おしゃべりもある。季節が変われば仕事が変わり、小屋の使われ方もそれに合わせて変わっていく。一つの目的のためにつくられた場所ではなく、その時々の暮らしに必要な、よろずの仕事を受け止める、素朴で実用的な場所です。もう一つは、集落で共有していた場所です。水車小屋、豆腐小屋、共同水場、共同の釜場など、早川の集落には、それぞれの家では持つことが難しい設備を、集落で共有する場所がありました。いつも大勢が集まって共同作業をしていたわけではなく、必要な人が順番に使う場所でした。そこで顔を合わせ、使い方を教え合ったり、一緒に手入れをしたりすることもあったのだと思います。一軒の家では持てないものを集落で持ち、互いに使えるようにする。そこには、暮らしに必要なものを集落で共有し、支え合って使う「共同」の形がありました。家々の農作業小屋が持っていた、さまざまな仕事を受け止める「よろず」の性格。集落の小屋や作業場が持っていた、一軒では持てない設備を皆で持ち、使い合う「共同」の性格。私たちがつくろうとしている「山の共同よろず小屋」には、この二つの場所の姿を重ねています。山から採ってきたものを、選り分け、洗い、必要な処理をし、保存する。秋には干し柿を作り、冬になれば味噌や寒ざらし大根を仕込む。正月前には餅をつき、蕎麦を打つ。季節や、その日に集まった人たちに応じて、いろいろな仕事や学びを受け止める場所。そこにあった、暮らしのさまざまな営みを受け止める場所と、一軒では持てないものを共有する仕組みを、今の暮らしに合った形でつくり直したい。そして、一緒に手を動かし、知恵や技術を学び合う関係にもつなげていきたい。それが、私たちの考える「山の共同よろず小屋」です。次回は、このプロジェクトの原点ともいえる、とある小屋での体験について書きたいと思います。


前回、狩猟見学ツアーを続けるなかで、よろず小屋につながる一つの原点に気づいたことを書きました。実際に山へ入り、自分の目で見て、当事者の話を聞く。泊まったり、食べたりするだけでなく、より実際の暮らしに近い体験をしたとき、人の心は大きく動く。その場にいる私たちにとっても、とても充実した時間となる。だったら、私たちの暮らしや、宿や食堂の背景にある営みを、ちょっと覗いてもらえるような場所がつくれないか。お越しくださった方々に、その営みをちょっと覗いてもらうことで、関心が宿と食堂を越えて、この町や山、川へと向かうのではないか。このような場所があれば、山と関わりながら暮らす仲間が、もっと増えていくのではないか。そんなことを考えるようになりました。月夜見山荘では、ゆっくり泊まっていただく。おすくにでは、山の食を味わっていただく。その時間を大切にしながら、もし、もう少しこの土地の暮らしにふれてみたいと思った方がいたら、一歩先へ進める場所もつくりたい。来訪者も、移住者も、地元住民も、若者も、子どもも、お年寄りも、初めての人も、経験者も、達人も、共に山に目を向け、一緒に作業し、一緒に学び、考える場所。よろず小屋を、そんな「山の暮らしにふれる入り口」にしたいと考えています。***よろず小屋の実現には、まだ多くの皆さまのお力が必要です。少しでもこの取り組みに共感していただけましたら、クラウドファンディングページやこの投稿をシェアしていただけるとうれしいです。皆さまからのご支援、そして周りの方への呼びかけが、大きな力になります。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。


月夜見山荘では「ふるさと納税」の返礼品として、私が所属している狩猟グループの仲間たちと共に、3年ほど前から狩猟見学ツアーを行ってきました。毎年何組かの方が、狩猟の現場を見てみたいと早川を訪れてくれています。受け入れ側としては可能な限り周到に準備をしますが、獲物が獲れるか獲れないかは山の神様の采配。獲れた時もあれば、残念ながら獲れなかった時もあります。しかし、共通して言えるのは、獲物が獲れた、獲れなかったという結果以上に、猟師と一緒に山へ行き、獣の痕跡を見て、なぜここに座ったのか、獲物が来るのを待っている間、何を考えどこを見ていたのか。そんな山や獣の見方を話したときに、参加者の興味関心がグッと深まるような気がします。猟の後の宴では、猟の話はもちろんですが、釣りや山菜などの山の恵み、この山の町での暮らし、そして獣害や過疎高齢化をはじめ地域が抱える課題へと、話題はどんどん広がり深まっていきます。狩猟免許の取得はもちろん、田舎暮らし、移住など、踏み込んだ話になることもあります。「月夜見山荘」に泊まってもらい、「おすくに」で山の幸を使った料理を食べてもらう。それも、山の豊かさを知ってもらう大切な方法です。しかし、自分の足で山へ入り、実際に見聞きし、また地元の仲間たちとふれ合ったときの反応は、宿泊や食事のそれとは明らかに違いました。そして、それは案内する私たちにとっても、いつも以上に楽しく、充実感のある時間でした。こんなことを考えていると、自分が学生時代に、初めて早川へ来たときのことを思い出します。まだ移住する前、地域の方に山菜採りやきのこ狩りへ連れて行ってもらったり、「狩猟を見に来ないか」と誘ってもらったりしました。それまで知らなかった山の暮らしにふれたときの、感動とも衝撃ともつかない感覚。その体験が、私を山の暮らしへ深く引き込み、やがて早川へ移り住むことにもつながっていったのだと思います。月夜見山荘と「おすくに」を始めたとき、私たちが大切にしていたのは、「山の豊かさを分かち合いたい」という思いでした。けれど、狩猟見学を重ねるなかで、そのもう少し先にあった自分たちの願いに気づきました。なぜ、山の豊かさを分かち合いたかったのか。それは、自分がかつてそうだったように、実際に山へ入り、楽しみ、学び、この土地に根ざした暮らしに関心を持つ人を増やしたい。そして、そのなかから、それぞれの関わり方で、一緒に山と関わっていく仲間を増やしたい。からだったのです。今度は、自分が受け取った体験を、ほかの誰かに手渡す番なのかもしれない。狩猟見学で起きた参加者の変化と、自分自身の原点を重ねて考えるなかで、そんなことをもっとできる場所が欲しいと思うようになりました。それが、「山の共同よろず小屋」という発想につながった、大きな理由の一つです。【クラウドファンディングの現在地】9月1日17:46確認時点で、146人の方から4,040,000円のご支援をいただき、目標の40%まで来ました。応援してくださっている皆さま、本当にありがとうございます。募集終了まで、残り44日。目標は1,000万円です。このプロジェクトはAll-or-Nothing方式のため、期間内に目標へ届かなければ、いただいたご支援はすべて返金され、小屋を建てることはできません。実現には、あと596万円が必要です。ここから先は、私たちだけの発信では、届けられる範囲に限界があります。この取り組みに共感していただけましたら、どうか力を貸してください。ご支援はもちろん、この投稿のシェアや、山の暮らし、地域づくり、狩猟や自然体験に関心のありそうなご友人・知人へのご紹介も、大きな力になります。「こんな取り組みが早川町で始まっている」と、身近な一人に伝えていただくだけでも、そのつながりが、この小屋を実現へ近づけます。山の暮らしを次の人へ手渡す場所を、必ず形にしたいと思っています。ご支援と情報の拡散に、どうかお力を貸してください。


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