【クラウドファンディングをスタートさせました】代表の元尾です。少し長文になりますが、一読いただけると嬉しいです。若くみられがちですが、気付けば私も今年で42歳。世間ではオジさんと言われる歳。「えー、見えないね」なんてお世辞を間に受けてしっかり喜んでるオジである。時代が戦国時代であればとっくに寿命が尽きててもおかしくない歳頃。足軽だった俺は、寿命の前に戦で、記録にもない小さい戦で早々に死んでるじゃね?と思いはそれはそれとしてありがたい事に昭和、平成、令和時代を生きさせて頂いてるわけで、だからこそ一度きりの人生、20代からずっと挑戦の繰り返してきました。挑戦した数は、同世代の中ではそれなりに多い方じゃないかと自負しております。振り返れば28歳の頃に思い立って前職のアイエムジェイ(今は買収されてない)という会社を退職し、単身でベトナムに行った所から始まりました。たまにそんな話をすると、凄いね!先見の目があるんだね!よく行ったね!なんて言われますが、たまたまご縁があり、当時炎上案件をかかえ生活が腐ってて、何かを変えてカッコつけてモテたかっただけで、別にそれ以上の大義は大してないというのが本音。結果、モテませんでしたしね。それはそれとしてそれでもベトナムに行った事で大きく人生が動き始めて、それなりに名の通るベトナム子会社をそれぞれ歴任させてもらいましたし、自分でも制作会社作ったり、webメディア作ったり、飲食店ビジネスも携わったり、コロナで全て潰れそうになったりと調子がいい時も悪い時も沢山あり、今に至ります。両親はじめこの道を作ってくれた方から始まり、ビジネスで関わった方々には本当に感謝しかありません。足軽だった自分が本土から遠く離れた琉球王国の兵隊長ぐらいにはなれた気もします。それはそれとしてでも、次第に日本というマーケットから置いてかれ、最初は追い越していく人に嫉妬してたが、それもなくなりいつの間にかぬるま湯に使って、猿山の大将で満足しはじめてました。琉球王国と兵隊長のことを馬鹿にしてるわけじゃないよ。本当は、最初きたかっこいいモテたかった自分の理想と夢見た姿とはかけ離れてることが悔しかったのも事実でした。そんなこんなで、昨年11月、10年ぶり2度目のデング熱(10年ぶり2回目のW杯みたい)の時に、C2C platform社のソルさんより、ホググ社と箕輪さんとC2Cで勝率の高いシェアサロンビジネスやるけど、日本ウェイト高くなるけどどう?とメッセージが来ました。40度のデング熱で入院してるのにそれどころじゃないのに、死ぬかもしれないのに(本当だよ、血小板8千まで下がったんだから)1、2個質問したあと、「やらせてください」と言いました。新しい挑戦と可愛い女の子が大好きな僕は、脳死で即決できましたし、デング熱でもワクワクしました。でも、それだけじゃないんです。凄まじいAIの発達の流れで、もうあと何年自分のITビジネスが続くか不安であったのが事実。そんな中で、自分の人生を更に大きく変えられるチャンスが巡ってきた気がしました。それもブルーカラー主体の日本主戦場のビジネス。これは27歳の時に思い立ってベトナムに行った感覚と近い感じでした。あの時、たいして大義もなく人生を変えることになったベトナム行きと同じぐらい、今回の決断で自分の人生を変えたいですし夢を叶えたいと思ってます。それが、お世話になった方への恩返しになると。多分これが人生で最後の大きな挑戦になる気がします。それは言い過ぎかもしれないですが、本土の戦国大名になる最後のチャンスだとは思ってます。そんな覚悟でやっております。もちろん今既存のビジネスも全力でやります。妥協しない、全部真剣に、全部やります。本当になので、少しでもいいので、以下のクラファンからお得な前売り券を購入してもらえると助かります。支援じゃないです、前売り券です。7月から麻布十番あたりにマンスリーマンション借りるので、暫く日本です。宜しくお願いします!




