『なぎのえき』癒しと郷愁の物語

孤独に戦い、感情を麻痺させている人へ。 「立派な大人」を演じ続けるのはもう終わりにしませんか。 そこは夕暮れの無人駅。佐賀県唐津市を舞台にした写真とオーディオドラマによる没入型アートです。都会のスピードに疲弊した大人が、いつでも日常から「途中下車」できる癒しのツールをお届けします。

現在の支援総額

37,000

1%

目標金額は2,500,000円

支援者数

6

募集終了まで残り

28

『なぎのえき』癒しと郷愁の物語

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孤独に戦い、感情を麻痺させている人へ。 「立派な大人」を演じ続けるのはもう終わりにしませんか。 そこは夕暮れの無人駅。佐賀県唐津市を舞台にした写真とオーディオドラマによる没入型アートです。都会のスピードに疲弊した大人が、いつでも日常から「途中下車」できる癒しのツールをお届けします。

二人の時間 の付いた活動報告

弱っているせいか、ベッドに横たわる栞は普段よりずっと幼く見えた。まるで世界から少しだけ切り離された、小さな女の子のように。「文化祭、ずいぶん大変だったみたいだね」僕が言うと、栞の胸の奥を鋭い痛みが貫いたような気がした。彼女は何も言わず、シーツの中に顔の半分を隠してしまう。 ひょっとして、文化祭のステージ袖でなぎとキスをしたのを、彼女は見てしまったのだろうか? 僕はふとそう推測した。(だとしたら、栞は僕に対して恋愛感情を抱いている?)いや、いくらなんでもそれはないだろう。僕は小さく頭を振って、その考えを意識の隅へと追いやった。「気分は悪くない?」 「お水、飲みたい」 シーツの隙間から、くぐもった声が聞こえた。僕はベッドサイドの小さなテーブルにあった、ミネラルウォーターのペットボトルを手にとった。「はい、これでいい?」 「飲ませて」僕は少しだけギョッとした。キスの感触がまだ唇の端に生々しく残っていたせいかもしれない。無意識のうちに、口が勝手に動いていた。 「口移しで?」次の瞬間、柔らかい枕が僕の顔面に向かって飛んできた。(初めてのキスは、もっとちゃんとした、ロマンティックなものであるべきだ。医療行為の延長線みたいなのは絶対に嫌だ) 栞はシーツの下で頬を熱くしながら、最近読んだラブコメディのライトノベルみたいな展開が現実に起きていることに、ほんの少しだけ胸を躍らせていた。「あれ、食べたいな」栞は、僕がお見舞いに買ってきたフルーツの缶詰を指差した。 「わかった。お皿に盛ってくるよ」 「うんっ」彼女は自分でも驚くくらい、甘ったるくて無防備な声を出した。少し調子に乗りすぎているかもしれない、と彼女は小さく反省した。台所で缶を開け、ガラスの器に移し替えて部屋に戻ると、窓の隙間から傾きかけた秋の夕陽が差し込んでいた。斜めの光線が、シロップにたっぷりと浸かった黄金色の桃やパイナップルを、まるで特別な宝石か何かのようにキラキラと輝かせていた。「ほら、全部食べていいからね」 「……ん」栞は少しモジモジしてから、意を決したように小さく口を開いた。 「あーん」僕は驚いた。いつもは「孤高の優等生」の分厚い殻を被っている彼女が、こんな風にストレートに甘えてくるなんて初めてのことだったからだ。普段の栞なら「早くフォークをちょうだい」と冷たく言い放つはずなのに。「あーーーん」 彼女は急かすように言った。きっと彼女なりに必死に頑張っているのだろう。耳の先まで真っ赤に染まっている。「はい、あーん」 僕はフォークに刺したシロップ漬けの桃を、彼女の小さな唇へとそっと差し出した。栞は小さな鳥のように、パクっとそれを咥え込んだ。甘い果汁が彼女の唇を艶やかに潤す。 可愛いな。素直にそう思った。よし、もう一口。「あーん」 パクっ。なんだか、だんだん楽しくなってきた。 「はいはい、そうやっているとすごく可愛いよ」その言葉に動揺したのか、栞は小さくむせて咳き込んだ。 「大丈夫?」 「……ん。もいっこ」 「慌てなくていいよ。はい」「ありがとう。なんだか、こういうの慣れてるみたいね」栞は桃を飲み込んでから言った。(なぎさんにも、こんなふうにするの?)その言葉が喉元まで出かかったけれど、彼女はそれを冷たいシロップと一緒に飲み込んだ。「ご家族とかにも、してあげるの?」「しないよ」僕は静かに首を振った。「僕には家族はいないから」 「え……」 「ああ、そういえばそういう話、ちゃんとしてなかったかもしれないね」僕は、夕暮れの静かな部屋の中で、自分の母親について話した。彼女が自ら命を絶ったこと。その後、親戚の家をたらい回しにされ、高校に入ってから一人暮らしを始めたこと。母親はいわゆる「夜の仕事」をしていて、客には経営者などが多かったため、そこからの経済的な援助でなんとか生き延びていること。 それらの事実を、僕はまるで遠い別の惑星で起きた出来事であるかのように、淡々と語った。栞はシーツを胸元まで引き上げたまま、じっと僕の顔を見つめていた。 「そうだったんだ……」 「人生を何周もしているわけじゃないからね。他の生き方を経験していない分、これが特別つらいとか、悲しいとか、そういう風には感じなかったな」「家族って、どんな感じ?」 「どんな感じって?」的を射ない質問だった。 「ずっと一人で暮らしていて……もし家に誰かがいたら、どんな感じなのかなって」「それは……たぶん、楽しいんじゃないかな」 「なぎ、とか?」 「なぎ? どうして急に彼女が出てくるの?」 「なんとなく。彼女がいたら、楽しそうかなって」 「楽しいというか、圧倒的に騒がしいだろうね」「そうね」 栞は寂しそうに、少しだけ笑った。 彼女の喉の奥には、(私は?)というひどく切実な言葉が隠されていたけれど、彼女はそれを秋の夕暮れの空気の中に、音もなく弾き飛ばした。


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