私は幼少期にいじめる立場といじめられる立場の双方共体験しました。
いじめる側にもいじめられる側にも理由があって、どちらが正しいわけでもない。
私はいじめられた側の記憶が鮮明に残っているのは被害者意識が強いのですが、いじめる側にも家庭環境を見ると親から虐待を受けていることもある。なので見る角度を変えるといじめっ子も被害者であることも多くあるのではないでしょうか?
いじめっ子もいじめられっ子も同じ年代を生きる友です。どの子達にも人生を絶望しないでほしい。
私の落語授業の中では生徒たちに落語家体験してもらう時間があります。
その時はいじめっ子もいじめられっ子もなく、落語家として一生懸命友達に落語を見てもらい、そして友達はそれを見て笑ったり感動したりしてます。
皆が一つの落語でクラスが一つにまとまっているのです。
そんな瞬間に立ち会える幸せはこの上ございません。
まだまだクラウドファンディングは24日目です。
私は落語の授業で子どもたちの未来を明るくします!
どうぞご支援のほどよろしくおねがいします。
幸守
俳句を一つ
駆け抜けて 帽子は空へ 運動会



