2018/10/06 12:13

AFFECTUS vol.3に収録するタイトルのご紹介、本日は第6本目になります。

今回のタイトルを初アップしたのは、ブログがnote移行前でして、ブランドサイトで書いていたころの2017年1月でした。

今回のタイトル、他とは一線を画します。モードが重要テーマのAFFECTUSですが、このタイトルではモードについて一切書いていません。これは初期のブログが、まだテーマが定まってなかったためで、今ではAFFECTUSで書くことはない文章になっています。

好きなこと=ファッションについて、なぜファッションが好きなのか、それを映画「君の名は」をきっかけに、自分のこれまでを振り返り、考え続けて書いた文章になっています。

好きなことをやりたいかどうかで悩んでいる人にとって、何かの参考になれば。

これまでよりも長文ですが、ご一読していただたらと思います。

 

 

 

「なぜ、こんなにもファッションに惹かれるのか」

 

昨年12月下旬、映画『君の名は。』を見てきた。通算で3回目の鑑賞。どうして、自分はこんなにもこの作品に惹かれるのか。それが、この3回目の鑑賞でわかった。詳細を述べるのは映画を見ていない方のために避けるが、作中語られる「なぜ、こんなにも惹かれるのか。その理由はわからない」という感覚、この感覚に僕が深く共感していたからだった。それが作品を3回見ることで、初めてわかった。

好きな人、好きなこと、好きな場所。人には何かしらの「好き」があると思う。たまらなく好き。そういう類の好きが。でも、その好きがなぜ好きなのか、なぜたまらなく好きなのか、その理由を明確に語ることができる人はどれだけいるのだろう。僕の「たまらなく好き」はファッションになる。なぜ、こんなにもファッションに惹かれるのか。その理由はいまだわからない。その感覚と同じ感覚を、『君の名は。』を見ていると感じることができて、そのことが僕にとって大きな魅力となっていたようだ。

おそらくファッションに夢中になることもなければ、大学卒業後に就職し、今とは違う人生を歩んでいたと思う。ファッションの道で働くことを選んだことで、今まで体験してきた「それなりの思い」をせずに済んだのかもしれない。いや、今の時代、どこの業界どの企業で働こうと、安住することはできないのだから、そこではきっと今とはまったく異なるそれなりの思いをしていたはずだ。

それでも、30歳すぎに社会人としてスタートを切ることと、まったく同じ体験をすることはなかっただろう。

文化服装学院卒業後は、就職せずに自分のブランドをスタートさせた。僕は28歳になっていた。これは本当無謀だった。今考えると。いや、今でもやっていることは十分に無謀なんだけど、それ以上に無謀だった。銀座のギャラリーで展示会を行ったが、来たのは友人と知り合いの編集者だけ。これは無理だと見切りをつけ、一度就職して経験を積もうとあっさり進路変更する。自分でも清々しいほどの変更だった。感動すら覚える。それほど無理だと思った証拠だ。そこで、遅まきながら就職活動をスタートさせた。しかし、ほぼ同時のタイミングで、父が病気になり大学病院へ入院することになった。急性骨髄性白血病だった。2007年12月のことだ。そのことで生活が一気に困窮することになる。そして、担当の先生からは父は年を越せないかもしれないと言われた。

そのため、父の症状もさることながら、早く仕事を決めて金銭面での不安を少しでも解消することが急務になる。だけどお金が必要だからといって、ファッション以外の仕事を選択肢にはしなかった。そんな状況でも、どうしてもファッション以外の仕事は考えられなかった。甘えだと言われても。コネも何もない。自分で切り開くしかない。僕はコンビニで夜勤のアルバイトによってどうにか生きる糧を工面しながら、就職活動をスタートさせた。

しかし、これが決まらない。それはそうだろう。決まるわけない。どこの企業が未経験者の30歳を雇おうとするのか。書類審査で落ちる。その連続だ。書類審査で落ちる数のあまりの多さに、当初はファッション以外の仕事は選択肢になかったが、その思いをまたあっさり変更する。ファッション業界以外の企業にも応募するようになった。月日がたつにつれ事態が差し迫っていき、そうも言っていられなくなったのだ。収入のために仕事をしながら、プライベートで服を作ろう。そういう思いを僕は抱くようになる。

当時、そんな思いで応募した会社に、ベルギーワッフルの会社があった。「いやー俺、甘いもの好きだし、いいんじゃないのかな〜〜」と思った。ベルギーワッフル店の店長と店員のほのぼのストーリーを考えるぐらいに。人間、メンタルが追い詰められると、物事をひたすらポジティブに考えるようだ。僕だけかもしれないが。それを体感した時期だった。しかし、書類は通るわけもなく落ちる。同様に応募した他のファッション業界以外の企業も、同じく書類審査で落ちる。

その過程で、2008年4月、父が亡くなった。僕の就職という問題は解決することなく、家の状況も一向に上向くことなく。病室で父が息を引き取るのを、僕はすぐそばで見ていた。当時父が亡くなったとき、その病室で担当医が言葉を詰まらせ、涙を流していた。医者は人間の死に数多く触れているはずだから、患者の死にはもっとドライだと勝手ながら思っていたので、その担当医の先生の反応は意外で、今でもその涙を覚えている。

父の葬儀を終えても、生活が厳しい現実は変わらない。早くどうにかしなくては。ファッション業界への応募もしながら、他業界の企業への応募を並行して継続していた。時折、ファッション業界の企業では書類審査を通り、面接までいけることもあった。業界では名の知れたコレクションブランドも、いくつか面接を受けた。しかし、決まらない。そうこうしているうちに、年が変わり2009年になった。そこで僕は、改めて履歴書で自分の経歴を眺めた。「あ〜こりゃあ、ファッション好きにしか見えんわ」そう思った。どう見てもファッション好きにしか見えない。ファッション以外の企業を受けたところで、「こいつ、本当にやる気あるのか?」と疑われて当然だ。

そう思った僕は、気持ちを改める。もうファッションの企業だけを受ける。そう決断し、書類の書き方や文章表現を思考錯誤し(未経験の自分にできるのはそれぐらい)、応募するようにした。すると不思議なもので、一社内定をもらえた。それは縫製工場だった。ただし、工場は日本国内にはなく中国にあった。僕はその中国の縫製工場に駐在員として趣き、経験を積んだのち、工場スタッフの指導や現地企業との交渉を担当するという仕事だった。

しかし、人間一つ望みが叶うと、欲が出てくる。やっぱり、僕はファッションデザインがやりたかった。偶然ある会社がデザイナーを募集する求人を発見する。それが僕が最初に勤めた、現在では40年近い歴史を持つミセスブランドの会社だった。縫製工場への最終返事までまだ時間があったので、僕はその会社へ応募する。すると書類審査が通り面接へと進んだ。一回目は面接とデザイン画を描く実技試験。それが通り、最終面接となる会長と社長との面接となった。しかし、面接が終わった帰り道、手ごたえがあまりに感じられなく、これは落ちたと思った。そのとき、歩いているときにマンションからハンカチなのかシーツなのか、なんなのか覚えていないが布がベランダに干され、揺れていた。僕にはその布が赤い布に見えた。中国の国旗に見えたのだ。

けれど、手ごたえの無さとは裏腹に、会社から連絡があり、もう一度面接を受けることになった。そこで、再度社長から実技試験を伝えられた。ブランドのショップをリサーチし、デザイン画を描いて提案するという試験だった。僕は縫製工場への最終返事を理由を付けて引き延ばす。そして課題を制作し、完成したデザイン画をプレゼンした。プレゼン終了後、社長から「あなたを採用します」と言われ、その場で社長は内線で総務部長を呼んだ。内定だった。その場で結果が判明するとは思わなかったので、実感がわかなかった。とにかく僕は、なんとか最終的には自分の希望通り、デザイナーとしてスタートを切れることになった。入社したのは2009年7月。僕は31歳になっていた。結局、書類審査を受けた会社の数は100社を超え、就職活動を始めて約1年7ヶ月経過したことになる。

その後、その会社で経験を積んだ僕は、老舗の大手セレクトショップのウィメンズ企画として転職することになる。この業界で働く人間なら、知らない人間はおそらくいない企業だろう。転職が決まった時は、良くここまできたなと思った。結局、そのセレクトでの勤務は短期間で終わったのだが、その時に出会った人との関係は今でも続いていて、自分の今の活動にチャンスもくれた。感謝しかない。

自分がなぜファッションに惹かれているのか、その理由はいまだわからない。何度も弱気になったことはあるし、それは今でもそうだし、光が見えない不安を常に抱えている。晴れない闇を歩く感覚だ。それでも、どんなに心が折れてしまっても、身体が勝手に動いていく。まだ作ったこともない、作りたいファッションに向かって。たぶん、僕にはファッションで実現したい何かがあるんだろう。それがなんなのか。今やりたいことは、自分のイメージする世界と暮らしの価値観を、MISTER TAILERというブランドを通して「作りたい、書きたい」ということ。

本当は理由なんて、たいして重要ではない。大切なのは、鼓動が高鳴るほどの「好き」に出会えることだ。それでも、僕はファッションが好きな理由について考えていく。そこに何かヒントがあるように思えるから。自分がファッションで実現したい何かの。たとえ、そこが辿り着くことがどれだけ困難な場所であったとしても、弱音も引き連れて足掻き、手を伸ばしていく。

<了>
 

 

*こちらのタイトルは、note「AFFECTUS」にアップされた「なぜ、こんなにもファッションに惹かれるのか」と同じ文章になります。