本プロジェクトの実施について
本プロジェクトは、高橋晴邦氏自身の「日本モータースポーツの歴史を未来へ残したい」「レーシングドライバーという存在を、もう一度社会の中へ」という思いからスタートした出版プロジェクトです。
2027年、高橋晴邦氏は80歳、そしてレーシングドライバーとしてデビュー60周年という大きな節目を迎えます。
この機会に、単なる記念出版ではなく、高橋氏が駆け抜けた時代の新聞・雑誌・写真などの「記録」と、本人や関係者の「記憶」を一冊にまとめ、日本モータースポーツ黄金時代を未来へ伝える文化アーカイブとして残したいと考えています。
その思いを一冊の書籍として形にするため、株式会社リョーザン/一般社団法人本の研究社が、出版企画・編集・制作を担当します。
高橋氏への取材をはじめ、当時の新聞・雑誌・写真などの貴重な資料の収集・掲載許諾、さらに当時を知るレーシングドライバー、カメラマン、関係者への取材・証言収集などを進め、高橋氏とともに『時代の寵児 高橋晴邦』(仮題)の完成を目指します。
本クラウドファンディングは、株式会社リョーザンが実行者となり、一般社団法人本の研究社と連携して運営し、支援金の管理、書籍・リターンの制作および発送まで責任をもって行います。
では、なぜ今、この本をつくるのか。高橋晴邦氏本人の言葉で、その思いをお伝えします。
高橋晴邦からのメッセージ
「レーシングドライバーを、もう一度社会の中へ。」
この本を作ろうと思ったきっかけは、私自身がこれまで掲載されてきた雑誌や新聞を、改めて見返したことでした。
そこには、レース専門誌だけではなく、新聞や一般誌など、実にさまざまなメディアに取り上げられた若い頃の自分がいました。
24歳の頃、私はトヨタにお願いして援助をいただき、ヨーロッパへ渡りました。
目的の一つは、F1をはじめとするヨーロッパのモータースポーツを、自分の目で見ることでした。
そこで強く印象に残ったのが、レーシングドライバーの社会的な存在感です。
F1ワールドチャンピオン、ジャッキー・スチュワートが一般紙の一面を飾り、レーシングドライバーが単に「クルマを速く走らせる人」ではなく、社会から注目され、その発言にも影響力を持つ存在として認められていました。
「日本でも、レーシングドライバーという職業を社会的に認められる存在にしなければならない。」
私は若い頃から、そう考えていました。
振り返ってみれば、私自身もレース専門誌だけではなく、多くの新聞や雑誌、さまざまなメディアに取り上げていただきました。
それは、当時の日本社会がモータースポーツやレーシングドライバーという存在に、それだけ大きな関心を持っていたということでもあると思います。
もちろん、現在のモータースポーツが衰退したということではありません。
私たちの時代と比べて裾野は広がり、モータースポーツを楽しむ人も増えました。特に豊田章男さんのもと、現在のトヨタのモータースポーツ活動は、私の現役時代から見れば羨ましいほど活発になっています。
その一方で、私は一つ気になっていることがあります。
レーシングドライバーが一般のメディアで大きく取り上げられる機会は、以前より少なくなったように感じます。
素晴らしい才能を持った若いレーシングドライバーがいても、その存在がモータースポーツの世界の外まで、なかなか届いていない。
私は、それを少し寂しく感じています。
だから、この本を単なる私の80歳の記念本にはしたくありません。
私が走った時代の記事や写真を通じて、
かつてレーシングドライバーがどのように社会から見られていたのか。モータースポーツがどれほど社会を熱狂させていたのか。
それを、今の人たちにも知ってもらいたいのです。
そして、この一冊をきっかけに、
「レーシングドライバーという存在を、もう一度社会の中へ。」
そんな意識が少しでも広がり、これからのレーシングドライバーたちの社会的な地位や、モータースポーツそのものの価値を底上げすることにつながれば、これほど嬉しいことはありません。
過去を懐かしむためだけに、歴史を残すのではありません。
過去の記録を、これからのレーシングドライバーたちの未来につなげる。
それが、私がこの本を作りたいと思った理由です。
高橋晴邦

日本モータースポーツ黄金時代を駆け抜けた男
レジェンドレーシングドライバー・高橋晴邦
1960年代から70年代。
日本の自動車産業が世界へ向けて大きく飛躍し始めた時代、日本のモータースポーツもまた、かつてない熱気に包まれていました。
トヨタ、日産、ホンダ、マツダ、いすゞなどのメーカーが威信をかけてサーキットで競い合い、レースには多くの観客が詰めかけました。
そんな日本モータースポーツ黄金時代の真っただ中を駆け抜けたレーシングドライバーの一人が、高橋晴邦です。
若くしてその才能を開花させ、学生時代に全日本ドライバー選手権を制覇。その実力を認められ、22歳でトヨタ自動車と契約し、ワークスドライバーとなりました。

若き日の高橋晴邦/トヨタワークス時代 (撮影:レースカメラマン 但馬 治氏)
トヨタ・ワークスドライバーとして黄金時代へ
当時のワークスドライバーは、単にレースを走るだけの存在ではありませんでした。
自動車メーカーが新しい技術を競い合い、その性能を証明する舞台がモータースポーツでした。
高橋晴邦はトヨタ・ワークスのエースとして、トヨタ1600GTをはじめ、セリカ、カローラ、トヨタ7など、当時のトヨタを象徴するレーシングマシンを駆り、数々のレースに挑みました。
トヨタ1600GTは、市販車でありながらレース参戦を強く意識して開発されたモデルでした。
そして1969年、高橋晴邦とトヨタ1600GTは、日本モータースポーツ史に語り継がれる一戦を迎えます。

1968年、トヨタ・モーター・スポーツ・クラブの若手ドライバーとしてチャンピオンに!
トヨタ1600GT/高橋晴邦
GT-Rを破った日。
1969年 JAFグランプリ
1969年5月、富士スピードウェイ。
このレースには、日産が満を持してR380のエンジンを搭載した新型マシン、スカイライン2000GT-Rが登場しました。
後に「GT-R神話」を築くことになる名車の本格的なレースデビューです。
そのGT-Rに立ちはだかったのが、高橋晴邦のトヨタ1600GTでした。
排気量1.6リッター2バルブのトヨタ1600GTに対して、GT-Rは4バルブ2リッター。
新鋭GT-Rを相手に、高橋は一歩も引きません。
そして――
トップでチェッカーフラッグを受けます。
「高橋晴邦がGT-Rを破った。」
その瞬間、トヨタ1600GTは新鋭GT-Rを退けてトップでゴールしました。
ところがレース後、高橋には走路妨害によるペナルティが科され、順位が降格。GT-Rが繰り上がる結果となりました。
この判定については、当時、新聞や一般週刊誌でも大きく取り上げ社会問題化し、その後もモータースポーツファンの間で語り継がれることになります。
公式記録だけでは伝えることのできない、まさに「記録」と「記憶」双方に残る名勝負でした。

1973年、雨の富士1000kmで見事優勝(トヨタセリカLBターボ)
そして世界へ
高橋晴邦の挑戦はツーリングカーだけではありません。
日本メーカーが世界水準のレーシングカー開発を目指した時代を象徴するプロトタイプレーシングカー、トヨタ7にも乗り、日本のモータースポーツ技術が急速に進化していく時代を、ドライバーとして経験しました。
さらに活動の舞台は日本だけにとどまらず、海外レース、そして世界最高峰の耐久レースであるル・マン24時間にも挑戦していきます。

怪物トヨタ7を操る高橋晴邦
1974年ル・マンに参戦したシグマMC74・マツダ(右から岡本安弘、高橋晴邦、寺田陽次郎)
レーシングドライバーだけではない、高橋晴邦
高橋晴邦という人物の魅力は、レーシングドライバーとしての実績だけではありません。
工学を学び、マシンを「運転する」だけでなく「理解する」ドライバーであり、時代のファッションや文化にも敏感な存在でした。
そしてレーシングドライバーとして第一線を離れた後は、経営者として新しい道へ進みます。
自動車用高級フロアマットブランド「KARO」を育てるなど、その後も自動車文化と深く関わり続けてきました。
レーシングドライバー、工学士、経営者、そして時代のトレンドセッター。
高橋晴邦の80年を振り返ることは、一人のレーシングドライバーの人生を振り返るだけではありません。
そこには、日本の自動車産業が成長し、若者がクルマに憧れ、サーキットに熱狂した時代そのものが映し出されています。

『anan』1973年11月20日号 レース界に留まらず、幅広い層から人気を集めていた高橋晴邦
ドライバー引退後レーシングチームを運営
1979~1982にかけて、ウォルター・ウルフやマルティーニのスポンサーを得て、レーシングチームを結成し、富士GCレース、鈴鹿F2レース、全日本FP選手権などに、桑島正美、関谷正德、鈴木利男、ケケ・ロズベルグ(1982年にF-1世界チャンピオンになる)、ティオ・ファビ、マイク・サックウェルらを起用し好成績を挙げた。若き頃の関谷正德や鈴木利男を起用したが彼らは後にトップドライバーとなった。
80歳、そしてデビュー60周年。
2027年、高橋晴邦は80歳、そしてレーシングドライバーとしてデビュー60周年という大きな節目を迎えます。
だからこそ、今、残したいものがあります。
当時の新聞。
雑誌。
レース写真。
ポスター。
そして、これまで記事には書かれることのなかった本人の記憶。
半世紀以上の時間が経過し、貴重な資料は少しずつ散逸し、当時を知る人々も少なくなっています。
本プロジェクトでは、それらの「記録」を集め、高橋晴邦本人の「記憶」と重ね合わせ、一冊の本として未来へ残します。
これは、高橋晴邦80歳を祝うためだけの記念出版ではありません。
一人のレジェンドレーシングドライバーを通して、日本モータースポーツ黄金時代を未来へ伝える「文化アーカイブ」をつくるプロジェクトです。
レースは終わっても、歴史は終わらない。
高橋晴邦が走った時代の熱気を、次の世代へ。
このプロジェクトを応援する人々

特別協力
レースカメラマン 若松俊雄さん
高橋晴邦を長年撮影してきたレースカメラマン・若松俊雄さんの全面協力により、本プロジェクト限定の写真作品をリターンとしてご用意します。

高橋晴邦が駆け抜けた時代を、ファインダー越しに見つめ続けてきた写真家。
1948年東京生まれ。
1964年、『オートスポーツ』創刊号を目にしたことをきっかけにモータースポーツの世界に魅了され、すぐにカメラを購入。以来、半世紀以上にわたって日本のモータースポーツを撮影し続けてきました。
(高橋晴邦は… 1966年4月 船橋サーキットにて「第2回ゴールデンビーチトロフィーレース シルバーカップGT・ゴールドカップスポーツレース (SG2) リザルト」でレースデビュー)
1972年から本格的にレースカメラマンとして活動し、1976年から2000年まで富士スピードウェイのポスターやプログラムなどに写真を提供。
そして、日本のモータースポーツ黄金時代を駆け抜ける高橋晴邦の数々の姿も、若松氏は撮影し続けてきました。
現在も自身のスタジオ「studio-wi-y」を拠点に活動し、Legend Racing Drivers Clubのレース撮影などを通じて、日本モータースポーツ文化の記録に携わっています。
今回の出版プロジェクトでは、若松氏が長年にわたって撮影・保存してきた貴重な写真をご提供いただき、リターンには、若松氏自らプリントした写真もご用意します。
若松さんからのコメント
高橋晴邦さんは、一つの事を多角的に見てくれる人、友人としての見方、男としての見方、営業マンとしての見方、経営者としての見方、そしてレーサーとしての見方、それぞれをを真剣に考えて意見を述べてくれる人、私はレーサーの晴邦さんしか知りませんが専門的に多方面から見てくれるプロフェッショナルな晴邦さんを尊敬しています。

1972年5月 日本グランプリ・ツーリング部門にてトヨタ・カローラレビンをポールポジションからスタートし、ドライブする71番高橋晴邦 (62番北野元 67番舘信秀 その後ろは、68番竹下憲一)
高橋晴邦氏本人の「記憶」。
当時の雑誌や新聞に残された「記録」。
そして、その瞬間を目の前で見てシャッターを切った写真家の「写真」。
半世紀前の一瞬を、半世紀後の未来へ。
若松俊雄氏も、このプロジェクトを支える大切な一人です。
出版物の状況
現在、2027年2月の完成を目指し、書籍『時代の寵児 高橋晴邦』(仮題)の制作を進めています。
本書は全250ページ程度を予定。高橋晴邦氏本人へのロングインタビューを軸に、当時の新聞・雑誌記事、貴重なレース写真、関係者の証言などを組み合わせ、高橋晴邦氏の80年と日本モータースポーツ黄金時代を一冊にまとめます。
現在の台割では、主に以下の内容を予定しています。
-
高橋晴邦 80歳ロングインタビュー
レーシングドライバーになったきっかけから、黄金時代の舞台裏、そして今だから語れる思いまで。 - 1968〜74年、日本モータースポーツ黄金時代
トヨタ・ワークス時代、1969年JAFグランプリ「1600GT vs GT-R」、トヨタ7、セリカLBターボなど、数々のレースを当時の記録と本人の記憶から振り返ります。 -
横山剣さん、鳥塚しげきさん、寺田陽次郎さんとの特別対談
クルマ、音楽、ファッション、レースなど、それぞれの視点から当時の時代と高橋晴邦氏を語ります。 - ヨーロッパ、F1、ル・マンへの挑戦
若き日にヨーロッパで目にしたレーシングドライバーの社会的地位、1974年ル・マンへの挑戦、海外レースの記録を収録します。 -
写真家が見た高橋晴邦
レースカメラマン・若松俊雄氏が撮影した貴重な写真を通じて、サーキットでの高橋晴邦氏と日本モータースポーツ黄金時代を伝えます。 -
レーシングドライバーから経営者へ
第一線を離れた後、レーシングチームの運営、KAROを生み育てた経営者としての高橋晴邦氏のもう一つの人生を紹介します。 -
資料として残す「THE ARCHIVE」
レース戦績、海外戦績、搭乗車両、掲載誌、新聞・広告などを整理し、後世に残す資料として収録する予定です。
現在、台割・基本構成は作成済みで、これから高橋晴邦氏および関係者への取材、写真・資料の収集、掲載許諾、原稿制作を本格的に進めていきます。
単なる80歳の記念本ではなく、「記録」と「記憶」を重ね合わせ、日本モータースポーツ黄金時代そのものを後世に残す一冊を目指しています。
※企画は、都合により予告なしに変更する場合があります。
リターンについて
本プロジェクトでは、「高橋晴邦と日本モータースポーツ黄金時代の記録を未来へ残す」という趣旨に合わせ、1,000円から700,000円までのリターンをご用意しました。
書籍だけでなく、高橋晴邦からのお礼メッセージ、写真家・若松俊雄さんによる貴重な写真作品、クラウドファンディング限定写真集、そして高橋晴邦本人と直接語らう機会まで、このプロジェクトだからこそ実現できる内容です。
1,000円|高橋晴邦からのお礼メッセージ
高橋晴邦のサインを入れた特製お礼メッセージ画像を、メールでお届けします。
「記録を未来へ残したい」という本プロジェクトの趣旨に賛同し、気軽に応援していただけるコースです。
3,000円|お名前入り・完成記念デジタルパネル
本プロジェクトの完成を記念した、支援者のお名前入り特製デジタルパネルを制作し、メールでお届けします。
完成した書籍の表紙画像、高橋晴邦からのメッセージとサイン、そしてご支援いただいた皆さまのお名前をレイアウトした、3,000円コース限定の記念品です。
5,000円|写真家・若松俊雄さんによる写真作品
高橋晴邦を撮影してきた写真家・若松俊雄さんが撮影し、自らプリントする2Lサイズの写真作品をお届けします。若松俊雄さん本人による生プリント・印入りです。
- 1973年7月「全日本富士1000kmレース」の一枚
当時を知る写真家自身の手によってプリントされる、特別な写真作品です。
5,000円|1969年JAF GPのトヨタ1600GT(CAR GRAPHIC 協力)
スカイラインGT-Rを抑え、激走する高橋晴邦の写真です。
10,000円|完成書籍+お名前掲載
※表紙は、イメージです。
本プロジェクトで制作する書籍『時代の寵児 高橋晴邦』(仮題)1冊をお届けします。
さらに、本書にご支援者のお名前(またはイニシャル)を掲載します。
この本を一緒につくり、歴史を未来へ残してくださった方のお名前を、書籍そのものに記録として残します。
15,000円|高橋晴邦直筆サイン入り書籍+お名前掲載
※表紙は、イメージです。
完成した『時代の寵児 高橋晴邦』(仮題)1冊に、高橋晴邦本人が直筆でサインを入れてお届けします。
さらに、ご支援者のお名前(またはイニシャル)を本書に掲載します。
高橋晴邦本人のサインとともに、支援者としてご自身のお名前も一冊の中に残る特別仕様です。
20,000円|高橋晴邦の直筆サイン入り! 1969年トヨタ7 A2サイズプリント
高橋晴邦を長年撮影してきた写真家・若松俊雄さんが撮影し、自ら生プリントしたA2サイズの写真作品をお届けします。
高橋晴邦の直筆サインと若松俊雄さん本人による生プリント・印入りです。
20,000円|テリー佐原「富士GC Legend Race」特製A4プリント【クラウドファンディング限定】
2010年「スロットカーレース:富士GC Legend Race」での、高橋晴邦氏と長谷見昌弘氏の何気ない会話から生まれた、テリー佐原さんのイラストをA4サイズの特製プリントにしてお届けします。
当日、テリー佐原さんが、高橋晴邦氏と長谷見昌弘氏が交わしていた何気ない会話を耳にし、その場面をイラストにしました。
二人の表情とともに描かれているのが、その時の言葉のやり取り。
この作品を見た人からは、「言葉のやり取りが、長谷見さんと晴邦さんの性格を表していて何とも微笑ましい。本当にこういう話をしていたんでしょうね!」と思わず納得してしまうような、二人の人柄と関係性が伝わってくる作品です。
レースで競い合ってきた二人だからこその距離感と、何気ない会話の一瞬を、テリー佐原さんがユーモアたっぷりに切り取った味わい深い一枚です。
サイズ:A4(210mm × 297mm)
高橋晴邦と長谷見昌弘。二人の何気ない会話から生まれた、テリー佐原さんならではの一枚をお楽しみください。
※掲載画像は作品イメージです。実際のプリントとは色味が若干異なる場合があります。
25,000円|テリー佐原「第11回全日本クラブマンレース」特製A4プリント【クラウドファンディング限定】
1969年4月20日、富士スピードウェイ。
第11回全日本クラブマンレース優勝の一場面を描いた、テリー佐原さんのイラストをA4サイズの特製プリントにしてお届けします。日本モータースポーツ黄金時代の熱気と、高橋晴邦が駆け抜けたレースの一瞬を、テリー佐原さんならではのタッチで描いた作品です。1969年という時代のサーキットの空気、マシン、そしてレーシングドライバーたちの姿を、一枚のアートとしてお楽しみいただけます。
サイズ:A4(210mm × 297mm)
※掲載画像は完成イメージです。実際の商品とは、色味や細部の仕様が若干異なる場合があります。
日本モータースポーツの記憶を、一枚のアートとして未来へ。このクラウドファンディングでしか手に入らない限定プリントです。
テリー佐原 プロフィール
1952年、長野県松本市生まれ。武蔵野美術大学で商業デザインを学び、デザイン会社勤務を経てフリーのイラストレーターに。
自動車やモータースポーツを中心に、オートバイ、アウトドア、模型など幅広い分野で活動。写実的な表現からコミカルなタッチまで、多彩な作風で雑誌や書籍のイラストを手がけ、エッセイも執筆する。
2001年にはトヨタ博物館で「佐原輝夫の世界」展を開催。著書に『STRADA〜星野一義』『ROUTE66 ART BOOK〜あこがれのマザーロード〜』など。AAFオートモビル・アート連盟会員。
30,000円|直筆サイン入り書籍+クラウドファンディング限定写真集

※表紙は、それぞれイメージです。
高橋晴邦の直筆サイン入り『時代の寵児 高橋晴邦』(仮題)1冊に加え、一般販売を予定していないクラウドファンディング限定写真集(26ページ予定)をお届けします。
さらに、ご支援者のお名前(またはイニシャル)を本書に掲載します。(写真集には、記載されません)
本編とは別に高橋晴邦の姿を「写真」で楽しんでいただく、クラウドファンディングならではの特別セットです。
50,000円|高橋晴邦とのTea Time【限定30名】
高橋晴邦本人とTea Timeを過ごす、限定30名の特別イベントへご招待します。
高橋晴邦が、レーシングドライバーとして駆け抜けた時代、当時のレースやライバルたち、記事には残されていない出来事などを、参加者の皆さまに直接お話しします。
当日は、高橋晴邦の直筆サイン入り完成書籍1冊をお渡しします。
本を読むだけでは知ることのできない「本人の記憶」に触れていただく、特別な時間です。
・日時:2027年3月ごろ開催予定
・場所:東京都新宿区西新宿を予定
・支援者様の交通費や滞在費:支援者様の交通費や滞在費は各自でご負担ください。
・支援者様との連絡方法:詳細はメールで連絡します。
250,000円|Arai社製 高橋晴邦モデル レプリカヘルメット【限定1点】
高橋晴邦が実際に使用しているヘルメットのデザインをもとに、ARAI社製ヘルメット「高橋晴邦モデル」のレプリカを1点製作します。
カラーリングやデザインを再現するとともに、当時の雰囲気をできる限り忠実に伝えるため、スポンサーのステッカー等についても再現を予定しています。
高橋晴邦のレーシングドライバーとしての歴史を象徴するヘルメットを、このクラウドファンディングのために特別に製作する限定1点のスペシャルリターンです。
※サイズは、Lサイズとなります。
※本品は高橋晴邦本人が実際に使用したヘルメットではなく、レプリカとして新たに製作するものです。
※スポンサー名・ロゴ・ステッカー等については、権利者への確認・許諾状況により、一部を再現できない場合があります。あらかじめご了承ください。
※実際の仕上がりは、掲載イメージと一部異なる場合があります。
700,000円|高橋晴邦 実使用レーシングスーツ【限定1点】
(着用したブリジストンのCMは、市川崑監督が撮影!!)
ブリヂストンが当時、6人のトップドライバーと契約し制作した、ブリヂストンオリジナルデザインのレーシングスーツです。
高橋晴邦が富士GC(富士グランチャンピオンレース)で実際に着用した本人使用のレーシングスーツで、ブルーの生地に赤と黄色の矢印を大胆に配した、当時を象徴するデザインです。
当時、このBSデザインのレーシングスーツには白地とブルー地の2着があり、高橋晴邦は1年間にわたり富士GCレースで着用していました。今回リターンとしてお届けするのは、ブルー地の実物です。
胸には「高橋晴邦」のネームをはじめ、「ブリヂストン」「三菱石油」など、当時のワッペンがそのまま残されています。
さらに、レースカメラマン・若松俊雄氏が当時のピットで、このレーシングスーツを実際に着用する高橋晴邦の姿を撮影していました。
半世紀前のレースの記憶を伝える写真と、現在まで残された実物のレーシングスーツ。
単なる記念品ではなく、日本モータースポーツ黄金時代を伝える貴重な一着です。
高橋晴邦本人が実際に着用したレーシングスーツを、限定1点の特別リターンとしてお届けします。
※経年による色褪せ・汚れ・傷み等があります。現状でのお渡しとなります。
ご支援の金額にかかわらず、皆さまお一人おひとりの応援が、この貴重な記録を未来へ残す力になります。
スケジュール
本プロジェクトは、以下のスケジュールで進行する予定です。
2026年10月
・書籍企画・構成の確定
・クラウドファンディング開始(10月1日)
2026年10月〜2027年1月
・高橋晴邦氏への取材
・関係者への取材
・新聞・雑誌・写真などの資料収集・整理
・掲載許諾の確認
・書籍の編集・制作
2027年1月末
・クラウドファンディング終了
2027年2月
・書籍の最終編集
・校正・印刷
・『時代の寵児 高橋晴邦』(仮題)完成予定
2027年2月末〜
・完成した書籍および各リターンを順次発送・お届け予定
なお、取材・資料収集・掲載許諾等の進行状況により、制作および発送時期が前後する場合があります。その際は、活動報告を通じて随時お知らせいたします。
最後に 高橋晴邦から皆さまへ
かつて、レーシングドライバーはかっこよくて、世間の憧れの存在でした。
私たちが走っていた時代、レーシングドライバーやモータースポーツは専門誌の中だけの存在ではありませんでした。
レースの結果やレーシングドライバーの生き方が、新聞や一般誌、ファッション誌、情報誌など、さまざまなメディアで取り上げられ、モータースポーツそのものが一つの社会現象のように注目されていました。
レーシングドライバーの名前や顔を、レースファンだけではなく、一般の人たちも知っている。そんな時代が確かにありました。
もちろん、現在のモータースポーツも大きく発展しています。
しかし一方で、モータースポーツが一つの専門的なカテゴリーとして捉えられることが多くなり、レーシングドライバー自身がその世界を越えて、広く社会に知られる機会は以前より少なくなったように感じています。
だからこそ、この本をつくりたいと思いました。
この本に収める新聞や雑誌の記事、写真、そして当時を知る人たちの記憶を通じて、かつて日本のモータースポーツがどれほどの賑わいを見せ、レーシングドライバーたちがどのように社会から見られていたのか。
その時代の空気に、少しでも触れていただけたら嬉しく思います。
そしてこれは、昔を懐かしむためだけの本ではありません。
今を走る若いレーシングドライバーたちが、モータースポーツの世界の中だけにとどまらず、もっと広く社会から知られ、子どもたちや若者から憧れられる存在になってほしい。
レーシングドライバーが、社会の中に当たり前にいる存在になってほしい。
この本が、そんな未来をつくる次の世代へのメッセージになれば、これほど嬉しいことはありません。
気がつけば、私も80歳を迎える年になりました。
今だからこそ残せる記録があり、今だからこそ伝えられることがあると思っています。
私たちが夢中になって走った時代の記録を、これから走る人たちの未来へつなげたい。
そのために、皆さまの力を少しだけ貸してください。
一緒に、日本のモータースポーツの歴史を未来へ残しましょう。
高橋晴邦






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