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社会問題と向き合う人のクラウドファンディング

震災伝承を目的とした盆踊りを創作し、東日本大震災を千年後まで伝えたい!

現在の支援総額
798,000円
パトロン数
44人
募集終了まで残り
終了

現在39%/ 目標金額2,000,000円

このプロジェクトは、2019-07-11に募集を開始し、44人の支援により798,000円の資金を集め、2019-08-28に募集を終了しました

盆踊りという日本文化を通して東日本大震災を風化させずに次世代へ伝え続ける事が一番の目的です。東北随一の歴史都市である宮城県多賀城市から東北地方の想い・願いを「ひとつなぎ」(人繋ぎ)一つに繋げる為に、新たに創作した「奥羽綿津見盆踊」を根付かせたい。

はじめに・ご挨拶

はじめまして!
わたしたちは奥羽綿津見盆踊(おううわたつみぼんよう)実行委員会と申します。
東北出身の日本舞踊家(中川 雅寛)、津軽三味線奏者(浅野 祥)、和太鼓奏者(Atoa.)そして世界で活躍する和楽器奏者である(吉井 盛悟)を音楽監督に迎え、宮城県多賀城市の協力のもとに東日本大震災を「千年後の未来へ」伝え続ける事を目的として発足しました。

このプロジェクトで実現したいこと

盆踊りの文化には、災害・飢饉・戦争が起きた際に、犠牲になった祖先や愛する方々を決して忘れる事なく供養する意味・想いが込められております。
盆踊りという古来より伝わる日本文化を通して、千年に一度の大災害と言われている東日本大震災を風化させずに次世代へ伝え続ける事が一番の目的です。
東北随一の歴史都市である多賀城に「震災伝承」を目的として新たに創作した「奥羽綿津見盆踊」を根付かせ、そこから東北地方の想い・願いを「ひとつなぎ」(人繋ぎ)一つに繋げる為に皆様のご支援をお願い致します。


奥羽=東北六県、綿津見=海の神、海・海原そのもの、盆踊=故人を供養する為の行事


私たちの地域のご紹介

古代日本における「北の都」

多賀城は、奈良・平安時代に陸奥国(むつのくに)の国府が置かれたところで、奈良時代には鎮守府(ちんじゅふ)も併せ置かれました。神亀元年(724年)、大野東人(おおののあずまひと)によって創建され、11世紀の中頃まで、古代東北の政治・文化・軍事の中心地としての役割を果たしました。多賀城跡と多賀城廃寺跡は国の特別史跡に指定されており、奈良の平城宮跡、九州の大宰府跡とともに日本三大史跡に数えられています。特別史跡内には奈良時代に建てられた多賀城碑があり、平成10年6月に重要文化財に指定されました。

多賀城の周辺地域からは、古代日本における「北の都」であったことを示す痕跡(遺跡)が見つかっています。その一つが多賀城廃寺跡です。東に塔、西に東面する金堂があり、その北には講堂が置かれ、中門から延びた築地塀が塔と金堂を取り囲み講堂に取り付くという伽藍(がらん)配置は、大宰府付属の観世音寺(かんぜおんじ)と共通しています。
多賀城と同時期に創建された多賀城の付属寺院跡と考えられています。また、多賀城の南面一帯には、東西・南北の道路によって区画された古代都市というべきまち並みが広がっていました。さらにまち並みのメインストリート沿いには、国守館や遣り水を設けた庭を持つ国司館など、高級官人の邸宅が軒を並べていたことが確認されています。
このように、多賀城は東北地方の拠点であったことから、万葉集の編者といわれる大伴家持をはじめ、教養豊かな官人が赴任し、みちのくの風景を歌に詠みました。
そのため今も多賀城には「壺碑」「浮島」「末の松山」「沖の井」といった一級の歌枕が残されており、古代東北の文化交流拠点であった名残を今も確認することができます。


現在の多賀城市ですが、千三百年の悠久の歴史を礎に「東北随一の文化交流拠点」を目指した取り組みを進めています。多賀城市立図書館と大型書店併設による45万冊の書籍が集積する「知の拠点」を整備し、本市のアイデンティティーともいえる歴史遺産の数々、更には国内屈指の音響性能を有する文化センターの音楽ホールや東北歴史博物館などの文化資源を結びつけ、幅広い年代の人々がそこに集い、交流し、新たな価値を発見・創造できるよう文化芸術を視座に置いたまちづくりに取り組んでいます。

プロジェクトを立ち上げた背景

東日本大震災の発生から8年以上の歳月が経過しましたが、将来に向けた減災や次世代の命を守っていくためにも、今回の経験を後世へ、千年先までも伝えていかなければなりません。
そして多様な手段で震災伝承をしていくことで、末永く多くの方々の心に記憶として定着していくことと思います。
このたび私たちは、盆踊りという日本文化を通して東日本大震災を風化させずに次世代へ伝え続けたいとの思いから、このプロジェクトを立ち上げました。
東北随一の歴史都市であり、減災都市でもある多賀城という場所から、若き伝統芸能継承者が力を合わせ新たに創作した「奥羽綿津見盆踊」を根付かせ、発信していきたいと思います。画像出典:東北地方整備局 305392/305394 宮城県 多賀城市

このプロジェクトは多賀城市からの協力もいただいており、多賀城市から次のようなコメントも寄せられております。
「多賀城は、古代奈良時代から平安時代にかけて、東北の中心地であった場所で、特別史跡多賀城跡や多賀城碑をはじめとする数多くの歴史的遺産があります。
この歴史に彩られたまち「史都・多賀城」を東日本大震災による津波が襲い、市域の約3分の1が浸水し、188名もの尊い命が失われ、家屋等にも甚大な被害が生じました。

この経験を後世へ、千年先までも伝えていくことが、古くは※貞観地震をも経験した悠久の歴史のまちとしての使命であると考えております。
そのため、東北大学災害科学国際研究所と連携して「史都・多賀城 防災・減災アーカイブス たがじょう見聞憶 伝えよう千年後の未来へ。」を立ち上げ、東日本大震災の記録と記憶を世界に発信し、後世に伝えていくことにも注力しております。
そして、今回の、「奥羽綿津見盆踊」プロジェクトは、文字や映像の伝承だけではなく「盆踊り」という日本文化を通して震災伝承を行っていく非常に素晴らしい取り組みであり、本市としましても、ここ多賀城から、盆踊りを通した震災記憶を広く発信していきたいと思います。」

貞観地震
貞観11年(西暦869年)に陸奥国(東北地方の太平洋側)を襲った地震。
『日本三大実録』には、陸奥国で大地震があり、多賀城の城下まで津波が押し寄せ、甚大な被害があったことが記されていることから、東日本大震災の千年前の地震といわれている。


これまでの活動

このプロジェクトは今回新たに立ち上げたものですが、このプロジェクトの趣旨に賛同し参加する若き伝統芸能継承者は、これまでも日本文化を通した様々な活動を展開してきております。
今回のプロジェクトは、そんな若き伝統芸能継承者の想いや経験を結集して実施するものであり、参加者のこれまでの主な活動を紹介いたします。

中川 雅寛
宮城県仙台市出身
日本舞踊家/中川流家元
歌舞伎俳優であり人間国宝の坂東玉三郎丈の私塾に最年少で合格し8歳で上京。
日本舞踊を中心に舞台全般を学ぶ。日本舞踊を坂東玉三郎丈・藤間勘そめ師に師事する。
東日本大震災後に故郷を想い帰郷し様々なテレビ・舞台に出演。

奥羽綿津見盆踊では振付を担当する。


吉井 盛悟
佐渡に渡り10年間「鼓童」に参加。
シディ・ラルビ・シェルカウイ、ダミアン・ジャレ振付 の「Babel -words」に参加。
同作品は英国オリビエ賞始め、数々の賞に輝き坂本龍一氏の提案ににより札幌芸術祭にて日本初演。
「和楽奏伝」を主宰し日本音楽の可能性拓く。 シディラルビの作品「FractusV」にて世界公演中。

奥羽綿津見盆踊では作詞・作曲と篠笛・胡弓の演奏を担当する。


浅野 祥
宮城県仙台市出身
三絃小田島流 二代目小田島徳旺氏に師事。
7歳で津軽三味線全国大会に最年少出場し 、翌年から各級の最年少優勝記録を次々と塗り替える。
2004 年 津軽三味線全国大会 最高峰のA級で最年少優勝。 (当時14歳) 2006年まで連続優勝し3連覇を達成。 同大会の規定により、殿堂入り。

奥羽綿津見盆踊では歌と津軽三味線の演奏を担当する。


Atoa.
東日本大震災を受け、太鼓の原点を重んじながら地元仙台にて活動を続ける。
【人から人へ】=【A to A】を掲げ 「Atoa.」(アトア)を結成。
演出家 野田秀樹のもと、宮沢りえ・東京スカパラダイスオーケストラらとも共演。
結成9年目を迎え、更なる活躍を期待されている。

奥羽綿津見盆踊では和太鼓・鳴物を担当する。


奥羽綿津見盆踊の構成と説明

寄せ太鼓

盆踊りの始まりを告げる、知らせの囃子 「どんと来い、どんと来い」の拍子が打ち込まれています。

綿津見音頭

ゆったりとしたこの曲のリズムは三味線のチャチャン、チャチャンという拍子を基調としています。
そのルーツは南の沖縄カチャーシー、奄美の六調、九州のハイヤ節、四国の阿波踊り、日本海を北上し佐渡おけさ、津軽あいや節などと同系統のノリです。
騒き踊りの代表であるこの音楽のノリは日本の海洋民族のものだとされ、船上で浪を乗り越える時に培われる身体感覚から生まれたものだと言われています。
「綿津見の浪を越える」という意味を込めこの拍子を基調と致しました。
旋律や音楽的進行は日本各地の民謡を参考にしコラージュを試み、日本の古の響きを失わないようにまとめております。
また多賀城の個性を加える意味でも古代笛を取り入れ、胡弓との陰旋法のアンサンブルを作りました。

神楽音頭

この奥羽綿津見盆踊には、後世に震災の悲嘆を伝えるのみならず、現代に生きる我々が未来に希望を持ち、恙なく平和が続くことの願いを込めています。
神楽音頭はみんなの平和への願い、そして個々人の憂いと希望を噛み締めて踊れるようにしたいと考え作曲を致しました。

松に頼まん

拾遺和歌集に残る大中臣能宣の「わたつみの浪にも濡れぬ浮島の松に心を寄せて頼まん」という和歌に旋律をつけ、皆で唱和することで未来への平和の願いを込め、前向きな気持ちの決意を表します。

踊躍音頭(ゆやくおんど)

盆踊りの開祖ともされる一遍上人の踊り念仏は「歓喜踊躍(かんぎゆやく:おどりはねること。往生を得ることをよろこぶ心のきわまりないすがた)」に由来していると言われています。
みんなで一緒に踊ることで感じ合い、響き合い、繋がっていくことを目指しています。
人の輪が和になり、力強く自然と生きていくことの願いを込めています。

踊ろう!叫ぼう!笑顔をつなげ!


綿津見音頭  歌詞 
平成三十一年 三月十一日
作詞作曲 吉井盛悟


あなた一緒に
うちを出で
あなた天まで
わしゃ此処に

わたし此処おり
日を送る
あとに残りし
寂しさよ

寂し寂しと
日を送り
お天道様に
手を合わす

お天道様の
その色は
紅葉を染めて
風に舞う

風に舞い散る
その紅葉
月浜の海
寄り遊ぶ

悔やみ悔やんで
日を過ごす
何を悔やんで
良いのやら

涙なみだの
あの日のごどを
忘れたいけど
忘れまい

あなた想えば
顔見える
笑い笑った
顔見える

加瀬沼に咲く
桜ばな
咲い咲って
風に舞う

風に舞い散る
その先に
松島湾の
昇る月


資金の使い道

集まった資金は盆踊り制作費・盆踊り動画制作費・関連舞台制作費・クラウドファンディング手数料に当てられます。
また集まった資金の一部は、東日本大震災孤児基金と宮城県多賀城市で行われる万葉まつりの衣装制作費に寄付します。

実施スケジュール

2019年

2019年7月9日奥羽綿津見盆踊レコーディング実施
2019年8月に多賀城市の子供達に奥羽綿津見盆踊を伝承するためのワークショップ開催
2019年8月28日までクラウドファンディング実施
2019年10月6日に多賀城市民会館大ホールで行われる震災伝承を目的とした舞台、
新作和楽劇「黒白の浦島 多賀・永遠の祈り」のフィナーレで奥羽綿津見盆踊を初披露

2020年
奥羽綿津見盆踊・動画制作開始。音楽映像作品はYouTubeを通じて世界に発信し、一人でも多くの人々に震災伝承に関心を持っていただけることを目指しています。
多賀城市内の多賀城跡周辺で奥羽綿津見盆踊を開催予定。
次年度以後も継続的に各地で盆踊を開催し、奥羽綿津見盆踊を根づかせ、盆踊りを通じた震災伝承を行って参ります。


最後に

東日本大震災の発生から8年以上の歳月が経過し、道路や施設等のインフラ・ライフラインの復旧は目に見える形で進み、復興は順調に進んでいると錯覚してしまいます。
そもそも「復興とは何か」という問いの答えはいくら考えても定義する事は出来ません。
完璧な復興があるとすれば時間を巻き戻す事しか手段がないからです。

時間を巻き戻す事は出来ませんが、東日本大震災の記録と記憶・経験を次世代へ伝え続ける事は可能です。

プロジェクトチームと打ち合わせを重ねていく過程で、「震災を忘れたい人もいる」「このプロジェクトや舞台をやる必要があるのか」といった意見の対立もありました。
しかし、家族や大切な人を忘れる事は出来ないですし、忘れたくはありません。
忘れる事が出来ないのであれば、しっかりと現実を受け止め、想いを継承し強く生きていかなければいけません。

これから先の時代は時が経つごとに急速にデジタル化が進み、現実的な人と人との繋がりが薄くなってい行く事を容易に予測する事ができます。
そんな時代だからこそ盆踊りという古来より伝わる日本文化を通して、人の温かみのある輪を(和)を作り、東北地方の想い・願いを「ひとつなぎ」(人繋ぎ)一つに繋げる為に皆様のご支援をお願い致します。


実行委員会 代表  中川 雅寛


本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。

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