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社会問題と向き合う人のクラウドファンディング

震災から8年経った福島の今を考える映像作品を作りたい

現在の支援総額
145,000円
パトロン数
20人
募集終了まで残り
終了

現在28%/ 目標金額500,000円

このプロジェクトは、2019-08-01に募集を開始し、20人の支援により145,000円の資金を集め、2019-09-30に募集を終了しました

東京で活動するアートチーム anoが福島をテーマにした映像作品の制作のため、現地で取材する資金を募ります。

はじめに・ご挨拶

はじめまして、東京で活動しているアートチーム anoと申します。

このページを開いてくださりありがとうございます。
今回我々は被災地の復興をテーマに、現代に生きる一人一人が被災地や被災者とどう向き合うことができるか考えるきっかけとなるような作品を作りたいと思っています。
その理由やこの作品に掛ける思いを出来る限りの言葉を尽くして書かせていただきました。
どうか最後まで読んでいただければ幸いです。

まず簡単に我々ano、メンバーの大橋悠太、吉次匠生について自己紹介させていただきます。


ano

2018年に大橋悠太と吉次匠生によって結成された集団。様々なアートとの境界線を往還して新たな芸術の価値を生み出すことを目的として活動を始める。また、ひとりひとりが独立したアーテイストとして存在し、互いの分野を吸収しながら常に新しいアートの表現と可能性を追求している。anoにとってアートは劇場だけに留まらず、路上や公園、オフィス、あなたの家にも届けられるものあり、その場を人と芸術が、人と人が出会うことが出来る場に変貌させる力を持つもの、変えられるものである。


大橋悠太(演出家/俳優)

1994年に埼玉県富士見市に生まれる。
日本大学芸術学部演劇学科を卒業。 学生時代に観たサイモン・マクバーニーの舞台に衝撃を受ける。
以後、創作において戯曲に頼らない舞台を創造する方法を模索している。
 主な出演作品は、演劇系大学連盟vol.3『カノン』・大橋可也&ダンサーズ『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』・岩澤哲野演出『青い鳥』『呉将軍の足の爪』他多数。


吉次匠生(脚本家/俳優)

1992年に福岡県北九州市に生まれる。
日本大学芸術学部演劇学科を卒業。学生時代に美術館に通いつめ現代アートにどっぷりハマる。
2012年度日本空間デザイン賞 大賞作品『霧はれて光きたる春』に衝撃を受けその場に起こる「現象」としての演劇に興味を持つ。
主な出演作品は、演劇系大学連盟Vol.3『カノン』・『日仏共同主催ワークショップ作品発表』・篠田千晴作品『非劇』他多数。

ano公式HPより引用


このプロジェクトで実現したいこと

東日本大震災から8年が経ち、私たち一人一人が持つ「震災」というものへの捉え方に、多様性が出て来た様に感じます。ある程度復興したという見方、全く復興は進んでいないという見方、未だ震災は終わっていないのだという見方。本当に一人一人多様な「震災」と「復興」がそこには存在しています。我々anoは被災地を訪れ、現地を撮影し、震災後の復興の中で生まれた多様な価値観について見直し、考えられる様な映像作品を作りたいと思っています。そのための活動費を募らせていただきます。ご支援よろしくお願いします。


プロジェクトをやろうと思った理由

僕はこれまで表現活動の中で、自分の中のコンプレックスや生活している中で生じる些細な心のトゲの様なものに焦点を当て、それを可視化できる様な作品作りを心がけて来ました。その中で、自分の心に東日本大震災の記憶というものが根強くあったのです。
少し自分の話をさせてください。僕は震災当時18歳でした。当時は福岡県の北九州市に住んでいました。震災の直接的な被害もなく、親戚に東北に住んでいる人もいなかったので、被災地は僕にとってすごく遠くの存在でした。まだ子供だった自分には、被災地へボランティアに行く力もありませんでした。唯一現地のためにできることといえば少しの募金や節電に協力する程度でした。
東京に出て来ても、大学の同期が語っている当時の揺れや生活の話をしていると、いまいちついていけない自分がいました。
そんな当時の被災地、被災者の方々によりそうことができないもどかしさ、当事者として捉えられないもどかしさを抱えて8年の時が経ちました。今26歳になった自分は当時より少し、行動力やものを判断する力がついた様に思えます。そこで、今まで8年間つかめなかった震災との距離を埋めるために相方の大橋と東北を自分の目で見に行くことにしました。実際現地に行き現地の方々とお話しさせていただくと、今までテレビやネットで見ていた情報とのギャップに言葉を失いました。
僕はただ情報を漠然と受け取るのではなく、一人一人が被災や復興についてともに話したり考えたりできる時間や空間を作りたいなと思いました。そのためのきっかけになる様な映像を作りたいです。ご支援をよろしくお願いします。         

吉次匠生


僕の母の実家は福島県白河市にあり、小さい頃はよくおばあちゃんの家に通っていました。農家だったため周りは田んぼだらけでしたが、夏休みに虫取りや雑木林を探検したりして遊んだ田舎の風景や匂いは今でも心の中に残っています。そのため東日本大震災の時にはまず田舎のことが頭をよぎりました。震災当時高校の職員室に集まって観たテレビ映像は、真っ黒な波が瞬く間に大地を飲み込む様子でした。田舎は内陸にありましたが倒壊した家々と同じような状態になってやしないかと焦りがあったのを覚えています。
そして数日のうちに福島第一原子力発電所で爆発があり、直接的な被害はなかったにしても福島の田舎にはしばらくの間行かない方がいいかもしれないと両親から話されました。
それから8年、進学などで忙しかったこともあり、田舎に行く機会もありませんでした。しかし心の中では震災後のニュースなどで聞く情報や、幼いころ過ごした福島という土地に起こったことがずっと気になっていてもどかしく感じていました。
大学を卒業し、そこで学んだ演劇を生業にしようと決め、埼玉・千葉・富山・鳥取・島根などの地域で活動していく内にようやく、自分がやってきたことを使って福島で何かできるかもしれないという思いが生まれてきました。
吉次と話す中で福島をテーマにする話が出たとき、今ならば自分なりに向き合えるのではと思い挑戦しようと思いました。そして実際に被災地と呼ばれる土地を見て、その現状が思い描いていた復興とは全く違っていたこと、そして見て感傷に浸るだけではなく何かをこの場所に残したり還したりすることが必要だと感じました。その為に様々な人や知識人・アーティストが溢れる東京にこの現状を伝え、共にできることを考える人が必要だと思いました。その第一歩の為に皆様の力をお借りしたいです。ご支援よろしくお願い致します。

大橋悠太

これまでの活動

2019年2月7日~11日 旗揚げ公演「いたす」@新宿眼科画廊スペース地下


anoの旗揚げ公演である『いたす』は3本の短編作品を上演しました。
人間の愛についての問いを追いかける少年を描くファンタジー作品

『ある少年の伝記』  作・演出 大橋悠太

『ある少年の伝記』


個人の病になった経験やコンプレックスを描いたドキュメント作品

『傷を愛せるか』   作・演出 吉次匠生

『傷を愛せるか』


人類が生まれてから平成の終わりまでを一気に描き抜くパフォーマンス作品

『コント「美しき星地球」』 作 吉次匠生 演出 大橋悠太

『コント「美しき星地球」』



2019年4月~現在まで 映像作品「distance(仮題)」制作中

6月に我々anoは初めて被災地を訪れ、自分たちの目で生の現場を見て来ました。
訪れた場所は福島県南相馬市・浪江町・双葉町・大熊町・東京電力廃炉資料館など。

南相馬市原ノ町駅前

小高の海岸 津波対策の真っ白な堤防が印象的
初めて目にした南相馬の海
野原に突然現れるガードレール

震災前は沢山の家が建っていたそうです。津波の大きさと凄まじさに言葉が出ませんでした。

※取材レポートを今後も定期的に配信していく予定です。  


実施スケジュール

2019年6月3日~5日 福島県南相馬市・浪江町・双葉町・大熊町を取材
2019年7月27日~29日 福島県南相馬市を中心に撮影とインタビューを計画中
2019年8月~9月 撮影した映像編集作業および完成+完成した映像を用いて「福島について考えるWS (仮)」を実施しその様子を撮影
2019年9月 撮影した全ての映像を編集して一つの作品として発表
2020年3月以降 東京都・福島県南相馬市にて完成した映像作品の上映会を企画予定

必要経費と資金の使い道

今回ご支援いただいた資金は主に現地への交通費、レンタカー代、映像作品に使用する動画の許諾費用、撮影スタッフへのギャランティー、上映会の施設利用費として利用させていただきます。
残った資金は再取材の為の積立金として残す他、作品完成後には全額を復興資金としてしかるべき機関・団体へ寄付いたします。

必要経費内訳

【①取材1回につき掛かるおおよその必要経費】

・深夜バス 東京⇔仙台間 往復 ¥16,000
・レンタカー代 3日間の取材の場合 おおよそ ¥17,805
・宿泊代 ¥0~¥8000(車中泊もしくは南相馬市のビジネスホテルに宿泊した場合の想定)

    合計おおよそ ¥33,805~¥41,805(大橋・吉次の二人での取材の合計金額)

【②震災当時のTV映像・ニュースなどの許諾費】

・動画(60秒)×5本の場合
    検索料 ¥5,000
    メディア別基本料金 ¥25,000
    素材使用料 ¥135,000
    複製料 おおよそ¥25,000円

    合計おおよそ(消費税別)¥190,000 円
※NHKエンタープライズNEPフッテージ提供 料金シミュレーションにて計算

【③撮影スタッフへのギャラ】

・一日1万5千円×2日間×3名 ¥90,000
※撮影スタッフへのギャラはあくまで目安でまだ未定のため、今後交渉した上で決定します。そのため人数と金額に多少の誤差が出る可能性があります。

【④上映会の施設利用費(概算)】

・東京都(例)
新宿眼科画廊スペース地下にて準備日(金曜日)と本番日(土曜日)の2日間の想定の場合
準備日¥35,000+本番日¥50,000=¥85,000

・南相馬市民文化会館ゆめはっとにて、東京都と同じ日程での想定の場合
交通費¥16,000
準備日¥8,800+本番日¥16,000
=¥24,800

・施設附帯機材費
プロジェクター¥1,000(一区分)×6(二日間分)=¥6,000
基本照明装置¥750×6=¥4,500
基本音響装置¥800×6=4,800
移動式小型音響卓¥1,100×6=¥6,600
=¥21,900

・上映会スタッフ人件費(想定1人)
東京・南相馬1日¥10,000=¥40,000
東京⇔南相馬間の深夜バス+電車代¥9,317
=¥49,317

二都市開催費の合計¥197,017

①+②+③+④(総額)=¥494,822

我々anoは現段階では大橋・吉次の二人で運営する団体で、活動資金は二人の生活費から捻出している状態です。そのため取材経費とギャラだけでもかなり厳しい状態になっております。そして何より大きいのが映像使用の許諾費です。これに関しては各方面(福島県、南相馬市役所、知り合いからの伝手etc...)へご提供いただけないか打診していいるところですが、この場をお借りしてご覧になっている皆様にもご協力をお願いしたく存じます。

東日本大震災当時の提供可能な映像をお持ちの方がいらっしゃいましたら、
ano.amanouzume@gmail.com までご連絡をお願いいたします。


※本プロジェクトは〈All-in方式〉で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。


 6月初週に行ったリサーチで見た光景は僕らの中で非常に衝撃的でした。津波で何もなくなった土地や堤防で見えなくなった海、未だ立ち入ることができず震災当時のまま残された街並み、新たに開発されるソーラーパネルや風車など、頭にこびりついていた2011.3.11の風景から8年という時間の経過を実感するとともに、その途方もない爪痕に圧倒されるばかりでした。

 地元に住む方々の話を聞いて印象的だったのが、「ここへ来て、みんな涙を流して帰ってくれる。それだけでありがたいが、そのあと何かを返してくれる人はとても少ない」と仰っていたことでした。僕らは福島県に生まれてはいないし、実際に現地で被災した訳でもない。だから被災地に入って作品を作るということに、ある種の引け目を感じる部分もありました。ですが実際に訪れて、ここにはアートが必要だと肌で感じました。

 勿論、帰還困難区域が一部解除されたばかりの大熊町や、未だほぼ全域が帰還困難区域となっている双葉町などにはアートよりも一早くの復興が求められています。しかし人が戻りつつある地域には病院やスーパーと同じように芸術に触れられる環境が必要です。ただでさえ東京にアートや文化が集中している今、東京から離れれば離れるほど文化に触れる機会そのものが減っていき(もちろん地域にはそこに根差した文化があります。しかし分母としての量は地方のほうが少ないように感じます。)経済的格差がそのまま文化的格差につながりかねない状況になっています。被災地と呼ばれる場所ではその格差がさらに深刻になりつつあると感じました。

 生きるためにアートは必ずしも必要はありませんし、復興という中では優先順位が低いことも分かります。ですがこの先日本は確実に外国人が増え高齢化が進んでいきます。その変化の中で、異文化を受け入れ世の中全体が柔軟に変化できる豊かな社会の維持は、より困難になっていくでしょう。その中で日々起こる様々な問題や軋轢を、アートこそが意識化し問題提起する場を創り出し、解決していくことができるのだと考えます。そしてその力はいま育まれつつある子どもたちにこそ必要なのです。

 たとえ将来的に震災前と変わらない水準まで復旧が進んだとしても、その時代に耐えうる多様性と、それを受け入れる文化的土壌が形成されていなければ、人は戻ってはこないでしょう。つまりどんなにインフラが整っても、そこに住む人々の文化や生活に潤いがなければ復興とは言えないのではないでしょうか。すべてがアートで解決できるわけではありませんが、できるだけ早く文化・芸術が機能する環境を整える必要があると僕らは感じています。

 その為に僕らができることは残念ながら現時点では非常に少ないです。しかし僕らだけでなく多くの人がこの事を考えてくれれば、多少なりとも前に進めると思うのです。その力が集まる場所を創り出すことが僕らの目的です。どうか皆さんの力を貸してください。

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