はじめに・ご挨拶

まず、先般の新型コロナウイルス感染症拡大により心身的および経済的に影響を受けられております皆様につきましては心よりお見舞い申し上げます。
私たち市川三郷町ふるさと夏まつり実行委員会は山梨県下最大規模の花火大会である「神明の花火大会」の運営・実施を行っています。
また、本プロジェクトの共同企画者である「神明の花火倶楽部」は町内花火業者の同業団体として、神明の花火大会はもちろんのこと市川花火の伝統保存活動に努めています。
「神明の花火大会」は地場産業である花火と和紙製造業を盛り上げ、もう一度「市川花火」の伝統を取り戻そうと、かつて神明宮で打ち上げられていた花火にあやかって、「神明」を冠した花火大会として平成元年に復活しました。開催当初は人出も10万人ほどでしたが、地域住民をはじめとした関係者の長年の努力によって今では約20万人が足を運ぶ山梨県下最大級の花火大会へと成長を遂げました。


「神明の花火応援企画」へお越しの皆様へ

今回サイトへお越しいただいた皆様にも「市川花火」と「神明の花火大会」の歴史や魅力を知っていただければと思います。少し長くなりますが、ぜひご覧ください。市川三郷レンジャー




〇花火の町市川三郷町のご紹介

市川三郷町を空より見る

市川三郷町は、甲府盆地の南西、富士川に面した場所に位置し、四季の移り変わりが美しい四尾連湖や芦川渓谷、牡丹や多くの桜の名所などがある自然豊かな町です。古くから栄えた市川三郷町は、花火、和紙、印章など伝統工芸が営まれ、大塚にんじんや甘々娘(とうもろこし)、シャインマスカットに代表される葡萄、桃、枯露柿など多くの農産物が栽培される農業の盛んな町でもあります。その中でも「神明の花火大会」はそうした町の産業・文化の結晶ともいうべきものです。これからも変わることなく、そして情熱と誇りをもって次代に受け継いでいくために、この花火大会が日本を代表し、世界に誇れる大会となるよう目指しています。


〇市川花火の歴史と神明の花火大会のはじまり

市川三郷町の市川大門地区は、全国でも有数の花火の産地として栄え、古来より「市川花火」と呼ばれています。
その起源は古く、戦国時代までさかのぼります。武田信玄が戦の際に用いた狼煙を起源とし、「武田流」と呼ばれる製法と打上げ技術をもった煙火師、火術師の集団「狼煙衆」(のろししゅう)にはじまるといわれています。
武田氏滅亡後、狼煙衆の一部は甲斐の国に残り、他は徳川御三家に仕え、花火づくりに専念しました。
火薬の使用は武士階級によって行われましたが、鑑賞遊戯の花火は「町人の技」として発達し、庶民の夏の娯楽として打ち上げられました。こうして地域に浸透し発達した「市川花火」は、江戸時代には、「常陸の水戸」「三河の吉田」とともに「甲斐の市川」と称され、「日本三大花火」の一つとして興隆を誇りました。

町内での花火打上の様子(江戸時代)
当時は町人でも許可を得れば打ち上げができた。 

 木製の打ち上げ筒(江戸時代)


また花火とともに「和紙」の産地としても栄え、その起源は甲斐源氏の祖・新羅三郎義光の三男義清が市川へ移り住んだ時、家臣であった紙工の甚左衛門が優れた紙漉きの技術を伝授したことにはじまると言われています。市川和紙は美人の素肌のように美しいことから「肌吉紙」と呼ばれ、武田家や徳川幕府の御用紙として献上されました。
この「市川和紙」こそ「市川花火」の生産、発展には欠かせないものでした。和紙で出来た半球に火薬を詰め、二つ合わせた球に帯状に切った和紙を繰り返し重ねて貼っていく。花火の美しさは和紙の質と絶妙な重ね貼りによって決まります。

現役唯一の手すき和紙職人 
豊川秀雄氏
洋紙にはない独特の風合いと色味を持つ手すき和紙
各方面に多くの愛好家を持つ






  


 

卓越した紙漉きの技術を伝え、町民の生活を豊かにしてくれた紙工「甚左衛門」が没すると、住民たちは生前の功績を称え、紙の神を祀る「神明宮」に祀り、命日である7月20日に祭礼を行って盛大に花火を打ち上げるようになりました。これが「神明の花火」の起源と言われています。そして全盛期には山梨県下の花火師の約半数が市川にいたともいわれ、町内の約1割の世帯が花火づくりに携わっていました。

 しかし、その後「火薬取締規制」による花火の製造・販売の許可制などの影響により花火産業も衰退し、しばらくの間大々的に花火を打ち上げる行事は行われることはありませんでした。

時は経ち、平成元年(1989年)。当時の活気を取り戻そうと地場産業である花火と和紙製造業を生かし、かつて神明宮で打ち上げられていた花火にあやかって、「神明」を冠した花火大会、「神明の花火大会」が復活しました。開催当初は人出も10万人ほどでしたが、地域住民をはじめとした関係者の長年の努力によって今では約20万人が足を運ぶ山梨県下最大級の花火大会へと成長を遂げました。

花火大会の成功を祈願し、大会当日神明宮へ
今でも紙工「甚左衛門」への感謝と敬意は忘れない

〇神明の花火大会の魅力

・花火を間近で感じられる環境と2尺玉

約2万発の花火が夏の夜空を彩る神明の花火大会は、全国の名だたる花火大会と比較しても遜色ない内容です。それを保安距離ぎりぎりで観ることが出来る好立地にあり、他にはない迫力があります。また、花火大会というと混雑するイメージが強いと思いますが、神明の花火大会は広々とした河川敷で開催しますので都市部で行われる花火大会と比較してもゆったりと花火を鑑賞することができます。それを都心から約2時間と意外に近い場所で見ることが出来るのはとても魅力的です。

保安距離ぎりぎりで打ちあがる花火
観覧客も思わず見上げてしまうほどの近距離
中でも、全国でも打ち上げ場所が限られる「2尺玉」は、地上500メートルまで打ち上がり、直径500メートルの大輪の花火が開きます。神明の花火会場では保安距離ぎりぎりの間近で見ることが出来るため、その迫力は観る者の心を魅了してやみません。都市部の花火大会にはない魅力です。ちなみに隅田川の花火大会では地上200メートル、直径170メートル開く5号玉が最大サイズですので、その大きさ、迫力がいかに大きいか想像に難くないかと思います。

直径約60センチ、重さ70キロにもなる

 











・日本を代表する地元の花火師

打ち上げを担当する業者にも大きな魅力があります。神明の花火大会では地元花火業者である株式会社齊木煙火本店株式会社マルゴーが打ち上げを担当していますが、両社ともコンピューターを駆使し音楽と連動した最先端の花火ショーを出演しています。齊木煙火本店は明治34年創業の老舗で、隅田川の両国花火大会をはじめ、大曲や土浦の競技花火で毎年入賞を果たし、マルゴーも長崎のハウステンボスで開催された第6回世界花火師競技会で優勝するなど全国各地で好評を博しています。そして両社とも地元ということで、持てる技術をすべて使って打ち上げる神明の花火大会は花火ファンの中でも注目の的となっています。
日本を代表する花火師の最新技術を用いながらも、日本の伝統的な花火の格式を踏襲した花火の競演という今も昔も変わらぬ技術力の高さ、「花火の質」こそが神明の花火大会の最大の魅力です。
フィナーレの劇的な演出と相まって、約2時間に及ぶ競演に多くの人が感動し、花火の音と人々のどよめきが遥か遠くの町々にまで鳴り響きます。


◆株式会社齊木煙火本店 
 ~甲州花火の元祖~

「神明の花火には強い想い入れがあります。この日を楽しみにしてくれている人が本当にたくさんいますから。その年の一番を見せる大会でもあり、気合が入ります」

明治34年に創業し、隅田川の両国花火大会をはじめ数々の大会で輝かしい成果をあげてきている「齊木煙火本店」の四代目齊木克司さんも、毎年特別な思いを持って神明の花火大会に臨んでいます。
神明の花火大会は、地元花火業者、齊木煙火本店とマルゴーが毎年交互に仕切っていますが、「それぞれの個性が色濃く出る大会で、まさに日本一の花火を見せる場。市川三郷町の名を甲州の名を背負っているという自負があります」と胸を張ります。


◆株式会社マルゴー
 ~この時 この場所でしか、見ることのできない驚きと感動を~ 


「同時にこれだけ多くの人に、遠く離れた人にまで見てもらえて、一瞬で何十万人の人を魅了してしまうのは花火だけです。ほかにはない仕事だと思っています」

市川三郷町で戦後まもなくから続く煙火店「マルゴー」の五代目齊木智さんの言葉に、花火師としての誇りを感じます。
「マルゴー」の花火は世界花火師競技会など数々の大会で優勝に輝くなど、鮮やかさとエンターテイメント性の高い演出力で世界から注目されています。
花火師は若い世代からベテランまで幅広く、一発一発がまさに職人それぞれの技と想いの集大成。「伝統と新しいものを開発する努力、このふたつがマルゴーの花火をつくりだしています」と自信を見せます。


↑戦国・江戸時代より連綿と続く市川花火職人の伝統。
 打ち上げでは、(株)齊木煙火本店、(株)マルゴー、玩具花火販売では(有)タチカワ、(有)マルモの4社が市川花火の伝統を守り続けている。


お付き合いいただき、ありがとうございました。こうして脈々と受け継がれてきた市川花火と神明の花火大会の歴史ですが、ここにも昨今の新型コロナウイルスの影響が…
市川花火と神明の花火大会に支援の手をお願いいたします!





〇プロジェクトを立ち上げた背景

私たちの町にとって花火は「神明の花火大会」の開催はもちろんのこと、夏になれば毎週町内のどこかで花火が上がるほど暮らしに根付いています。私自身も子供のころは町内の花火業者が作る玩具花火を購入してよく遊んでいたことを思い出します。
そんな花火の町は今回の新型コロナウイルスにより大きな影響を受けています。今年の神明の花火大会が中止となったのを始めとして、全国各地の花火大会やイベントが中止となってしまい、これから最盛期を迎える花火の需要が大幅に減少してしまったのです。それに伴い、市川三郷町の伝統ある花火産業を受け継ぎ、守り続けてきた花火業者が苦境に立たされています。

このままでは「神明の花火大会」はもちろんのこと、市川三郷町の花火産業、さらには町内花火業者が参加している全国の花火大会の存続も危なくなってしまいます!

そんなことは何としてでも避けたい!来年も多くの人に市川三郷町の素晴らしい花火を見てほしい!

そのためにも、今回神明の花火大会を運営する「市川三郷町ふるさと夏まつり実行委員会」と町内花火業者・団体の同業団体である「神明の花火倶楽部」が協力し、本プロジェクトを立ち上げました。
皆さまにご支援いただければ、「市川花火の伝統」・「神明の花火」を守ることができます。
このプロジェクトを成功させるため、どうか皆様のお力添え、ご支援を賜りたく存じます。

匠の技!玉込作業(上)と重ね張り作業(下)
小さな職人技の積み重ねが大きな花火大会を支えています。








〇このプロジェクトで実現したいこと

・コロナの影響を受けている「市川花火の伝統」・「神明の花火」を守り続けたい!
 そのためにも町内花火業者・花火団体を支援したい!

資金の使い道・実施スケジュール

町内の花火業者である(株)齊木煙火本店、(株)マルゴーは神明の花火大会はじめ、大曲の花火や土浦の花火でも実績のある花火業者です。両社とも年間200か所ほどで花火を打ち上げるため、一年を通じて準備をしなければなりません。
しかし、新型コロナウイルスで花火大会やイベントが続々と中止となる中、各地で打ち上げられるはずだった花火玉が大量在庫となってしまっています。花火は大変デリケートなので、次回使うということができず廃棄となってしまうものがたくさんあります。
また、身近な玩具花火を扱う町内業者も山梨県外からの来客が激減した今、需要が減少し以前と比べ厳しい状況となっています。
ご支援いただいた資金は、花火業者の救済や町内花火産業の存続活動に使用させていただきます。


神明の花火ロゴについて

神明の花火大会では、「より多くの年齢層の方に神明の花火の魅力を伝えたい!」「神明の花火をより身近に感じてほしい!」という思いから、オリジナルロゴを作成し、オリジナルグッズへ使用するなど、各方面での知名度向上に努めています。

◆87ロゴ

数字はよくTシャツ等のロゴで使用されているため、親しみを受けやすいのではないかと考え、神明の花火大会の開催日である8月7日から「87」というロゴにしました。
また、ロゴから花火というイメージを持ってもらいたい!けど花火のイラストではありきたりになってしまう…
そんな思いから、8の上の〇に花火玉をイメージしたイラストをデザインし、花火の開催日と花火を一目でイメージできるロゴにしました。

◆2020ロゴ

第32回「神明の花火大会」の開催日であった2020年10月10日が一目でわかるよう、数字を基調としたデザインとしました。
左の〇内は神明の花火会場から見える花火とそのバックに広がる雄大な南アルプスの山々を、右の〇は花火会場となる笛吹川の水面に映る花火を表し、花火と花火会場から見える自然豊かな景色をロゴから感じてもらえるようなデザインとなっています。


最後に

戦国時代の狼煙からはじまった市川花火は「神明の花火大会」として平成元年に復活し現在に至ります。長い歴史と文化に裏打ちされた「神明の花火大会」は、規模でこそ長岡、大曲といった全国屈指の大会と比べると小さいですが、花火の「歴史」や「質」ではどの大会にも劣らない魅力があります。
かつて日本三大花火の一つに数えられた市川花火。その伝統を受け継いだ「神明の花火大会」を日本を代表し、世界に誇れる花火大会にしていきたいと思っています。そのために、
「たとえ新型コロナウイルスという前例のない脅威にさらされようとも私たちの代で市川花火の伝統、神明の花火大会の伝統を終わらせてはならない!」
そう感じています。
小さな町の小さなプロジェクトですが、支援の輪が広がり大きな輪となればと思っております。
何かと至らぬ点もありますが、ご支援、ご協力いただけましたら幸いです。

2020年7月1日
市川三郷町ふるさと夏まつり実行委員会
神明の花火倶楽部

※「神明の花火応援企画」はAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、各花火業者の救済や町内花火産業の保存活動に使用させていただき 、リターンをお届けします。

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