自己紹介

はじめまして、七尾市で昭和28年創業の喫茶店・中央茶廊の窪 丈雄と申します。3代目の店主として平成23年(2012)より妻と一緒にお店を切り盛りしています。


このプロジェクトで実現したいこと

地元の皆様のためにも、「君ソム」ファンの皆様のためにも、一日も早く必ずお店を再開して、100年続く喫茶店を皆様と一緒に笑顔でお迎えしたいです!


プロジェクト立ち上げの背景

地元の老舗喫茶店として

僕の店は創業当時から昭和50年代までは七尾のまちなかに活気があり、歩いていると肩と肩がぶつかるくらいに人があふれていたそうです。僕の喫茶店もウェイトレスさんを数人雇うほどの繁盛店だったと聞いています。(私の幼い時の記憶にもあります)しかしモータリゼーションにより、次第にまちなかが寂れていきました。頻繁に改装をしていたウチの喫茶店も、昭和51年に行った改装を最後に現在に至りました。

(昭和38年~昭和42年ころの当店)

七尾まちあるきの代表としてまちづくりに携わる

喫茶店に携わって数年して、僕のまちづくりの師匠である北林昌之さんから、まちづくりの手伝いをしてくれと頼まれました。地域で商売をしている人たちを中心に、まちなかの活性化に繋がる活動に10年ほど携わらせていただいています。その活動には、まちなかのマップ作成、プチマルシェの開催、落語会の開催、そして毎日Facebookにアップする七尾のまちなかの情報があります。

中央茶廊への想い

母が2代目として切り盛りしてきたこの喫茶店、86歳で亡くなる二日前まで仕事をしていました。ゴルフと仕事しか興味のない人でした。人付き合いも、子育ても不器用な人でしたが、人一倍面倒見の良い母でした。亡くなってから少しして、僕も母と同じ年齢まで喫茶店をすれば、100年続く喫茶店になるなぁと気づき、何時しかそれが僕の目標となりました。

しかし、40歳を過ぎてからコーヒー業界に飛び込んだので、コーヒーの資格という資格を取得して少しでも先人に技術はともかく知識だけでも追いつこうと思い、日本スペシャルティコーヒー協会認定のアドバンスド・コーヒーマイスターや全日本コーヒー商工組合連合会認定のコーヒーインストラクター1級などの資格を取得しました。今もまださらに上を目指して勉強しております。

君は放課後インソムニア

平成31年(2019)5月に七尾が舞台の漫画「君は放課後インソムニア」(以下 君ソム)の連載が始まりました。週刊ビッグコミックスピリッツは僕が20歳のころから毎週購入してきた週刊誌。まちなかに登場する場所を特定してその場所をFacebookに掲載しました。結果としてその活動が作者・出版社と交流を持つことにつながりました。

その後君ソムは人気を博し、アニメ化・映画化が決定。この漫画に携わらせていただいたことがご縁で、アニメ・映画のロケ地として当店が使っていただけました。

(アニメ 君は放課後インソムニア ⓒポニーキャニオン)

ファンが集う場所として

アニメ放映後からファンが沢山訪れるようになりました。ファンの交流の場として、地元の情報をお伝えする場として利用していただけるようになりました。日本各地はおろか、海外からのお客様も見えるようになりました。

病気を乗り越えて

2020年2月に僕は急性骨髄性白血病を発症しました。当時担当医に見せられた資料で5年後の生存率が当時20パーセント。死ぬということに向き合うことができました。。色んな絶望感が頭をよぎりました。しかし、そこで覚悟もできました。身体は病んでも心まで病む必要はないと。この経験が今の震災に対しても向き合えるモチベーションにもなっています。

(白血病入院当時)

母の死

令和4年(2022)9月6日母が急死しました。母は86歳で亡くなる二日前まで仕事をしていました。ゴルフと仕事しか興味のない、人付き合いも、子育ても不器用な人でしたが、人一倍面倒見の良い母でした。亡くなってから少しして、僕も母と同じ年齢まで喫茶店をすれば、100年続く喫茶店になるなぁと気づき、何時しかそれが僕の目標となりました。

(亡くなる二日前までお店で仕事をしていた僕の母の遺影)

喫茶店の今後

ご縁のあった大手建築会社の東北沖震災に災害対策チームとして建物診断をされた方に、ウチの店の診断をしてもらいました。建物の形はしているものの、結果は「全壊扱い」でした。

確かに僕の店は明治時代に建てられた家屋と土蔵が一続きになっている建物です。特に土蔵の部分は損傷がひどく、建物に斜めになり、床がゆがみ、天井も一部下がっています。この建物を改築するよりも、一度解体した方が総合的に見て良いのではないかとの診断でした。しかし僕の望みとしては今の喫茶店の雰囲気を少しでも残したい。そう思っています。

(震災当日の店内)

被災して

被災してから、しばらくはお店の中を片付けることができませんでした。理由は建物前面にあるシャッターを開けると建物が崩壊する危険性があると思ったからです。建築屋さんに確認してもらって、余震が収まった災害2週間後にようやくシャッターを半分だけ開けて少しづつ物を運び出しています。

しかし幸いなことに、コーヒー焙煎機は無傷でした。おかげさまで今現在、コーヒーを焙煎してコーヒー豆の販売やドリップバッグコーヒーの原料の豆を焙煎することができています。


 (震災当日の厨房の中)

また、炊き出しのボランティアにも参加させていただきました。僕は料理は素人、コーヒーの焙煎と抽出が仕事でしたから、ボランティアさん向けにコーヒーの提供をさせていただく事にしました。それは自分の日常を取り戻すのに良いきっかけとなりました。

同級生の応援メッセージ 辻口博啓氏(パティシエ)

窪丈雄氏は聖母幼稚園からの幼馴染だ、窪くんの淹れるコーヒーに癒され七尾市にくるファンはかなり多い、もちろん私もその1人である。 私の幼少期から窪くんのお母さんがやっていた中央茶廊は大人が集う社交場であり、なんとなく憧れの場所だった、生前窪くんのお母さんの卵焼きサンドを食べさせて貰ったが、その美味しさは流石の一言 そんな母の後ろ姿を見て窪は育ったんだなと、お亡くなりになってから私なりに彼の母の卵焼きサンドを回想しながら今の窪くんの世界と照らし合わせてみた、中央茶廊は七尾市の社交場であり、七尾市民が自慢したくなるセンスがあった、七尾市にもイカしたカフェがある、コーヒー豆にこだわり全ての商品に創業時の想いがこもっている、一つ一つに母から息子に伝わった愛がある、私にはそう感じるのだ、七尾市に行くと窪丈雄氏の世界にひたりたくなるそんな中央茶廊を私は心待ちにしている。 幼馴染として伝えたい、絶対に復活しろよ!って

リターンについて

地元のお客様・当店にぜひ来てみたいと思う方にはコーヒーチケットを、当店のコーヒーを飲んでみたいという方にはドリップバッグコーヒーをリターンします。

スケジュール

2月 建物最終調査(終了)

3月 解体前に現設備の利用できるものの運び出し
3月 屋台村などで仮営業
4月 クラウドファンディングの終了・建物解体
5月 建築開始
5月 仮設店舗に移動して営業(七尾市提供)

  

資金の使い道

全額を建物の新築費用に使います。総額3000万円を想定しています。
基本的に今お店で使用しているもので使えるものは極力再利用したいと思います。設備もできるだけ今までの雰囲気を残すように、なおかつあまり高額にならないようにしたいと考えています。


最後に

「お店を再び再開します!」

あと30年はお店をやりたいと思っています。創業100年の喫茶店を目指します。
人と人とをつなぐ場として、地元民にこれからも愛される店として、君ソムファンの集う場所として。
お店は一度解体して、新たな建物にしなければこのまま商売は難しいと思います。製氷機と食器以外は今のものを使えると思います。
少しでも今のお店の雰囲気を残すためにも椅子・テーブルも今使っているモノを利用したいと思います。


<募集方式について>
本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。

  • 2024/04/06 16:06

    本日の朝日新聞に掲載していただきました。石川県では北國新聞が圧倒的なシェアを誇りますが、全国に紹介していただきました。記者の中安さんは1月からずっと能登にいち早く広島から入られて取材していました。ありがとうございます!

  • 2024/04/02 10:18

    たった今、七尾市役所に行って仮設店舗の説明を受けてきました。結論から言えば「保留」です。理由は中小機構の支援パッケージが今回の震災には適応しにくいと感じたからです。私の想いだけではなく、街のにぎわいや七尾市にとっても良いと思う考えを熱く語ってきました。同じ支援をしていただくにしても、互いに良か...

  • 2024/03/28 08:35

    おはようございます。昨日で26%達成しました!ゆっくりではありますが、毎日支援いただき感謝の毎日です。昨日は地方紙でしたが、今朝の東京新聞にも掲載されました。ありがとうございます。

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