【皆様へのごあいさつ】

 はじめまして。元読売新聞中国総局長で北海道大学名誉教授の藤野彰と申します。私は現代中国文学者、劉燕子さんと共訳で2009年10月に『殺劫(シャーチエ)――チベットの文化大革命』という本を福岡市の集広舎(川端幸夫代表)から出版いたしました。同書は、中国統治下のチベットにおけるプロレタリア文化大革命(文革、1966~1976年)の写真・証言集で、北京在住の著名なチベット人女性作家、ツェリン・オーセル(茨仁唯色、Tsering Woeser)さんが、父親のツェリン・ドルジェ(澤仁多吉)さん(故人)によって撮影されたチベット文革の現場写真と自らの取材を基に、執筆・編集したルポルタージュ作品です。

 中国共産党が「内乱」と総括している文革に関しては、これまでに多くの歴史書や研究書が書かれ、当事者の回想録なども多数出版されてきました。紅衛兵や造反派による武闘、あるいは当局による粛清などで110万~160万人ともいわれる膨大な死者を出した文革運動は史上空前の惨劇でした。しかし、北京、上海など大都市部の状況はともかく、辺境の少数民族地域における文革の実態については、長い間、情報が厳しく統制されてきたこともあって、これまでよくわかっていませんでした。

 特に、ヒマラヤの北側に位置する「雪の国」チベットは地理的に中国中心部から遠く離れた山岳地帯ということもあって情報面では文字通りの秘境でした。チベットは1950年からの中国人民解放軍の侵攻によって占領された後、1959年のダライ・ラマ14世のインド亡命など緊迫した政治情勢が続き、国際社会から隔絶されていました。そこに降ってわいたように外部から押し寄せたのが1966年の文革の嵐です。

 チベット人の大多数は敬虔な仏教徒ですが、共産主義イデオロギーによって宗教が全否定される中、彼らの信仰の拠り所だった寺院は大半が破壊され、仏像、経典など貴重な文化財も軒並み壊されたり略奪されたりしました。僧侶や旧チベット政府関係者らは階級闘争の対象として迫害され、地獄の苦しみをなめさせられました。母語のチベット語も「遅れた言語」として漢人から侮蔑され、チベット人の名前の漢人名への「創氏改名」さえ行われました。チベット人の伝統的な民族アイデンティティーと人権は中国発の漢人主導の政治運動によって容赦なく蹂躙されたのです。当時、チベットがこうした惨状に陥ったことは中国の多くの一般国民は知らされておらず、ましてや国外においてはほとんど想像すらできなかった出来事でした。

 しかし、事実上の「鎖国」状態にあった文革下のチベット・ラサで、紅衛兵による寺院破壊、僧侶のつるし上げ、批判闘争、集会、デモなどの生々しい現場をカメラに収めたチベット人がいました。オーセルさんの父、ツェリン・ドルジェさんです。彼は中国のチベット駐屯軍の士官という特殊な立場にあったことから、これらの現場を撮影することが可能でした。ただ、これらの記録が発表されることはなく、ドルジェさんが1991年に他界した後、数百枚の写真とネガがオーセルさんの手元に残されました。1999年、彼女は当時まだ面識のなかった作家の王力雄さんに写真とネガを送り、活用方法を相談しました。奇跡的とも言える記録の貴重性に驚いた王さんはそれらを形にして世に送り出すよう彼女を激励し、『殺劫』刊行への取材の第一歩が始まったのです。こうした縁から、二人は後に結婚することになります。

 名著『黄禍』などの作品で知られる王力雄さんは「文革研究においても、資料収集においても、長い間ずっと一つの空白が存在していた。それはチベットの文革であった。……文革は共産党の一つの不都合な出来事であり、チベットはもう一つの不都合な問題である。したがって、チベット文革は二重のタブーとなり、なおさら触れてはならないものになっている」と語っています。そうした二重のタブーの壁に大きな穴をうがったのがオーセルさんの『殺劫』でした。

 オーセルさんは父親が残した写真を手掛かりに、そこに写っている人々を探し出して訪ね歩き、文革時の状況や体験についてインタビューしました。記録としての写真に、生身の人間の怒りや悲しみ、悔恨や嘆息といった感情が吹き込まれ、数十年の時を超えて文革の生々しさがよみがえったのです。

 同書は中国国内の政治的理由により、長い間、秘密のベールに覆われていたチベット文革の実態を、歴史上初めて写真と取材によって明らかにした画期的な作品として国際的に大きな反響を呼び、邦訳本は初版、2版ともに完売し、すでに品切れとなりました。邦訳初版の発行から早や15年の歳月が流れ、現在は古書市場にごく少部数が高値で出回っているほかは入手困難となっています。

 こうした中、原著中国語版の版元である台湾・台北の大塊文化出版股份有限公司から2023年4月に『殺劫』全新修訂版(増補改訂新版、全328頁)が発行されました。オーセルさんはこの最新版の日本での出版を強く望んでおり、私たち(藤野、劉)は増補改訂版として新たな邦訳本を出すことを決意しました。原著は過去2度にわたって改訂されたことで、より密度の高い作品に生まれ変わっており、オーセルさんと私たちは同書の新版がこれまで以上に幅広い読者の目に触れることを切望しております。

今回、翻訳出版する『殺劫』原著(2023年全新修訂版)


 ただ、歴史的記録としての価値の大きさはそれとして、テーマの性格上、大部数の発行は望めず、また長引く出版不況の影響もあって集広舎からの通常の商業出版での発行は断念せざるをえませんでした。もろもろ検討した結果、クラウドファンディングによって広く社会からご支援をいただき、限定的な少部数(1,000部)での刊行を目指すことといたしました。

 ご支援金の総額の多寡にかかわらず、発行すること自体はすでに確定しております。ご支援いただいた方々には出版後、別記のリターンをお送りし、御礼申し上げるつもりです。本書刊行の意義と目的(後述)についてぜひともご理解をたまわり、ご協力をいただけますよう心からお願いする次第です。

【「殺劫」の意味について】

 ここで、聞きなれない言葉だと思いますので、原著の題名「殺劫(シャーチエ)」の意味について少し説明させていただきます。「殺劫」の「劫」には、「強奪する」「脅す」「極めて長い時間」などの意味があります。仏教語には「永遠」を意味する「劫波(劫簸=こうは)」という言葉があり、これは梵語「kalpa」の音訳です。また、「万劫不復(まんごうふふく=永遠に回復できない)」や「劫数(こうすう=厄運、避けられない運命)」という熟語もあります。さらに、「劫灰(ごうかい)」という言葉がありますが、「戦いによって灰になること」「劫火の時に生ずる灰」「灰となって消え滅びる」といった意味です。例えば、唐詩の中に「劫灰飛尽古今平(劫灰飛び尽くして古今平らかなり)」(李賀「秦王飲酒」)という詩句がありますが、全世界を焼き滅ぼした劫火の余灰が飛び散り、昔と今とが時間を超越して一つになっているといったありさまを形容しています。

 オーセルさんによれば、「殺劫(シャーチエ)」はチベット語の「サルジェ(革命)」と似た発音で、拼音(ピンイン=標準中国語のローマ字表記)は「shajie」です。そもそも「革命」という言葉は伝統的なチベット語の中には存在していませんでした。1950年代に、中国共産党の軍隊がチベットに進軍したとき、チベット語の「革命」という言葉をつくるために、それまでのチベット語の「新しい」と「取り替える」という二つの言葉を組み合わせました。これによって誕生したのが「サルジェ」という言葉です。これは、新たな時代の訪れに伴って生まれた無数の新語の中で、最も的確に翻訳されたものの一つだといわれています。

 チベット語の「サルジェ」に当たる「shajie」については、中国語にたくさんの同音漢字があります。その中で、オーセルさんが「殺劫」を選んだのは、1950年代以降の「革命」がチベットにもたらした災禍を明確に示すためでした。1966年、文化大革命と称するもう一つの「革命」がチベットを席巻しました。「殺劫」の前に「リンネー(文化)」が付け加えられたのです。

 チベット語の「リンネー」の発音は、拼音で綴れば「renlei」となり、これは中国語の「人類(レンレイ)」の発音と似通っています。このため、チベット語の「リンネー(文化)・サルジェ(革命)・チェンボ(大きい)=文化大革命」という言葉を中国語で表現すると、チベット民族にとっては「人類殺劫」ということになります。

【著者のオーセルさんについて】

 オーセルさんは1966年、文革下のチベット・ラサに生まれました。原籍はチベット東部カムのデルゲ(徳格)です。1988年、四川省成都の西南民族学院(現・西南民族大学)漢語文(中国語・中国文学)学部を卒業し、ラサで雑誌『西蔵文学』の編集に携わりました。


 チベット関連の作品に詩集『西蔵在上』(青海人民出版社、1999年)、散文集『名為西蔵的詩』(2003年に『西蔵筆記』の書名で花城出版社から出版後、発禁処分となり、2006年に台北の大塊文化出版股份有限公司から再発行)、旅行記『西蔵――絳紅色的地図』(台湾・時英出版社、2003年)のほか、『看不見的西蔵』(大塊文化出版股份有限公司、2007年)、『西蔵火鳳凰』(同、2015年)、『疫年記西蔵』(同、2022年)などがあります。2006年、大塊文化出版股份有限公司から、本書『殺劫』(増補改訂版2016年、増補改訂新版2023年)と、チベット文革体験者のインタビュー集『西蔵記憶』を出版し、中国当局によって封印されてきた歴史のタブーを明らかにした衝撃作として国際的に注目を浴びました。2013年、米国務省の「国際勇気ある女性賞」を受賞するなど、独裁権力に屈しないその作家精神は高く評価されています。


【オーセルさんからのメッセージ】

 以下、オーセルさんによる日本の読者の皆様へのメッセージ(増補改訂版「序」)を紹介いたします。

 本書『殺劫』は毛沢東の文化大革命によるチベット高原の蹂躙を目撃者の目で証明した写真ルポルタージュである。2006年の文革開始40周年に台湾で中国語版を出版してからすでに17年の歳月が流れた。この17年は一本の木が成長する過程のようなものだった。チベットには「如意樹」という名前の、仏教信仰と関連したシンボルマークがある。青々と生い茂った大樹が満開の花を咲かせ、宝物をいっぱいつけているさまを描いたもので、何でも願いをかなえてくれ、無尽蔵の富を与えてくれると考えられている。だが、私がここで言う木とは災難の実をたわわにつけた記憶の木であり、今ではこの木には以下の刊行本をはじめとした果実が実っている。

日本語版:2009年10月、日本で出版。

チベット語版:2009年11月、インドで出版。チベット語の電子書籍も制作され、2013年にインターネットで公開。

 中国語版の改訂版は2016年の文革開始50周年の時に台湾で出版された。その中には、私が父のカメラを使って彼がかつて撮影した現場で改めて撮影した写真と、私がデジタルカメラで撮った写真および現在の「ポストチベット文革」時代に関する私の考えをまとめた文章を収録してある。

 英語版《Forbidden Memory: Tibet during the Cultural Revolution》は2020年、アメリカで紙の書籍と電子書籍の二つの形で発行され、西側のチベット研究者からはこのように論評された。

「毛沢東時代の暴力の下でチベット人とその他の少数民族が現代の中華民族の記憶の中にいかに無理やり組み込まれたかについて理解したいと望む読者はすべからく『殺劫』を必読書に挙げるべきである」

「現代チベットと中国史研究、人種による迫害の研究、記憶についての研究、さらにその他の関連の学問分野にとっては、明らかに格別貴重な資料と言うに値する」

 また、韓国語にも翻訳され、近い将来、韓国で出版される予定である(訳者注:2024年6月に刊行された)。

 中国語版の2回目の改訂版は2023年に台湾で発行された。それ以前に出版されたすべての訳本における修正箇所や、さらに多岐にわたる細部の加筆に基づいて、多くの昔の写真を追加したほか、初版の一部の写真を別のものに差し替えたが、いずれも父が文革期に撮影した、初公開の写真である。

 そして、この日本語の最新改訂版もまた、『殺劫』という記憶の木を彩るいちばん新しい果実である。この記憶の木を育て上げてくれたすべての訳者、編集者、出版者に感謝申し上げたい。

 もちろん、私はしばしばこんなふうに思いもする。人々、とりわけ異国の人々が、はるかかなたのチベットで起きた様々な政治的暴力の物語に関心を抱くだろうか、と。さらには、似たような境遇――奴隷のごとく酷使され、自由を失い、今なお昔の傷跡にまみれ、相変わらず暴力にさらされるという経験――に苦しめられたことがあるのだろうか、と。それは私の考えすぎかもしれず、実際にはどうしても理由を探し出さなければならないという必要もないことだ。歴史的事件の明らかな証拠に基づいており、なおかつ無数の人々の運命にかかわっているということでありさえすれば、多くの言語で翻訳出版される価値がある。それによって世の人々は理解を深め、警戒を強めることになるのだ。『殺劫』が記録したものは50数年前の歴史であるが、中共当局の強力な隠蔽と抹殺の企てにより、遠い昔と言うほどではない過去の中にしだいに沈潜してしまい、ほとんどの人は忘却し、何も感じなくなっている。しかし、私の著述は、根本的に、強権による強制的な忘却に抵抗するためのものであり、自分一人の著述をもって、国家および国家主義者、強権および強権が植民者に授けた「記憶を消し去る呪い」を力の限り打ち破りたいと願っている。私が言いたいのは、現場証拠としての意義を持つノンフィクション作品の価値は、使命を帯びている文筆家にとっては、すべてに優先するということだ。

 それ以上に重要な意義があるのは、私が本書の出版に際して日本の読者に伝えたいと思っているメッセージである。時間の経過とともに、かつて私の取材に応じてくれた70数名の体験者たちは次々に他界し、すでに半数を超えている。私の母もそのうちの一人であり、昨年夏、当局が新型コロナウイルスの感染拡大を理由に、ラサを4ヵ月間のロックダウンにする直前に病気で亡くなった。目撃者たちの死去は悲しみを誘うだけでなく、記録することの緊急性を感じさせる。近年、現実の中で起きている諸々の出来事を前に、私はしばしばあっけにとられてものが言えなくなってしまう。なぜなら、体験者たち全員がまだ健在だったころ、一つひとつの過去が野蛮な権力によっておおっぴらに書き換えられるのを、私たちは目にしているからである。しかし、白い紙に書かれた黒い文字は明々白々なのであって、始めから終わりまで証拠なのだ。そうでなければ、ジョージ・オーウェルが小説『一九八四』の中で描いた廃棄と改竄は起きるはずがないのである。

 日本の読者各位に感謝したい。

2023年10月24日

【訳者紹介】

藤野 彰(ふじの・あきら)

中国問題ジャーナリスト、北海道大学名誉教授。1955年、東京生まれ。78年、早稲田大学政治経済学部卒。同年、読売新聞社入社。86~87年、中国・山東大学留学。上海特派員、北京特派員、シンガポール支局長、国際部次長、中国総局長などを歴任。中国駐在は通算11年。東京本社編集委員(中国問題担当)を経て2012~2019年、北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院教授。主な著書に『客家と毛沢東革命――井岡山闘争に見る「民族」問題の政治学』(日本評論社)、『嘆きの中国報道――改革・開放を問う』(亜紀書房)、『現代中国の苦悩』(日中出版)、『臨界点の中国――コラムで読む胡錦濤時代』(集広舎)、『「嫌中」時代の中国論――異質な隣人といかに向きあうか』(柏艪舎)、『現代中国を知るための54章【第7版】』(明石書店、編著)、『客家と中国革命――「多元的国家」への視座』(東方書店、共著)など。訳書に『わが父・鄧小平「文革」歳月(上下)』(中央公論新社、共訳)ほか。

劉燕子(リュウ・イェンヅ)

現代中国文学者。博士(学術)。中国湖南省出身。大学で教鞭を執りつつ、日中バイリンガルで著述・翻訳。藤原書店から『天安門事件から「〇八憲章」へ』(共著)、『「私には敵はいない」の思想』(共著)、『中国が世界を動かした「1968」』(共著)。『「友好」のエレジー』(共著)。集広舎から『「〇八憲章」で学ぶ教養中国語』(共著)、『永遠の時の流れに』(共訳)、『中国低層訪談録――インタビューどん底の世界』(編著訳)、『殺劫――チベットの文化大革命』(共訳)、『チベットの秘密』(編著訳)、『劉暁波伝』(編訳)、『牛鬼蛇神録――獄中の精霊たち』(共編訳)、『マオイズム革命』(編訳)、『私の西域、君の東トルキスタン』(監修・解説)、『不死の亡命者』(単著)。書肆侃侃房から『劉暁波詩集――独り大海原に向かって』(共訳)、『劉霞詩集――毒薬』(共訳)、『テンジン・ツゥンドゥ詩集――独りの偵察隊』(共訳)等。中国語の著訳書に『這条河、流過誰的前生與后生?』、『11封信――関於劉暁波的至情書簡』(共訳)等。


【旧版と新版の異同について】

 中国語版の『殺劫』はこれまでに初版(2006年)、増補改訂版(2016年)、増補改訂新版(2023年)の3種類の版が刊行されています(発行元はいずれも台北・大塊文化出版股份有限公司)。本書(日本語版)は原著の最新版である増補改訂新版(2023年)を底本としています。内容的には本書も増補改訂新版と銘打つべきですが、2006年版原著を底本とした、2009年刊行の日本語版初版(2012年に2版[重版]発行)に次ぐ改訂版であることから、「増補改訂版」としました。

 原著の2016年版は2006年版と比べると、全体の構成・内容に根本的な変更はないものの、新たに第6章「補記――『殺劫』その後」が書き加えられたほか、旧来の第1章~第5章の本文と写真説明に多岐にわたる加筆・修正が施され、写真も22点追加されました。2023年版ではさらに多くの加筆・修正が行われ、新たな写真が補充されています。

文革で破壊されたラサのシデ・タツァンの廃墟

 2023年版の翻訳に当たっては、初版の翻訳時と同様に、藤野彰と劉燕子が分担して作業を行い、最終的に藤野が全体の訳文・訳注を点検・修正し、定稿としました。また、藤野彰の解説「チベットの文化大革命――現在を照射する歴史の闇」を、邦訳初版発行後の情勢変化などを踏まえて全面的に加筆・修正しました。本文と併せて解説をお読みいただくことによって、文革期の状況をはじめとする現代チベット問題の多様な側面を複層的にご理解いただけるのではないかと思います。このほか、新版には新たに索引を付けます。なお、増補改訂版の判型はB5判で、サイズが初版よりも一回り大きく、読みやすい形となります。


紅衛兵によって破壊された仏像などが散乱するラサのジョカン寺

毛沢東の肖像画を掲げて行進するラサ市民


【増補改訂版の内容】

 以下、増補改訂版の目次を紹介します。

                     ◇

序――ツェリン・オーセル

序――王力雄

写真について――ツェリン・オーセル

日本の読者へ――日本語版(初版)序

日本の読者へ――日本語版(増補改訂版)序

第一章 「古いチベット」を破壊せよ――荒れ狂う文化大革命

1 やがて革命が押し寄せてくる

2 ジョカン寺の破壊

「四旧」のシンボル/ラサ紅衛兵の第一次行動/ジョカン寺はいかに壊されたか/中国各地からチベット入りした紅衛兵/ジョカン寺はどれだけ破壊されたか/いったい誰に罪があるのか/破壊後のジョカン寺

3 「牛鬼蛇神」のつるし上げ

「遊闘」の隊列が進む/糾弾される転生僧/人倫の崩壊/チベットの「牛鬼蛇神」/十人十色の積極分子/恐るべき居民委員会

4 改名の嵐

「封建的」とされたチベット名/パルコルは「立新大街」に/「人民公園」になったノルブ・リンカ/チャクポ・リ変じて「勝利峰」

第二章 造反者の内戦――「仲の良し悪しは派閥で決まる」

 二大造反派

「造総」か「大連指」か/両派は実のところ似た者同士/血と炎の対決/事件の結末

第三章 「雪の国」の龍――解放軍による統制とチベット

1 軍事管制

社会秩序の回復/チベットにおける解放軍/軍隊内部の闘争/威風堂々たる「軍宣隊」

2 国民皆兵

第四章 毛沢東の新チベット――「革命」すなわち「殺劫」

1 革命委員会

2 人民公社

3 新たな神の創出

第五章 エピローグ――二〇年の輪廻

神界の輪廻

第六章 補記――『殺劫』その後

参考文献

解説 チベットの文化大革命――現在を照射する歴史の闇[全面改訂稿]  藤野彰

訳者あとがき

増補改訂版の訳者あとがき

索引


【本プロジェクトの意義と目的】

 オーセルさんは原著第1版刊行後もチベット文革に関する取材を続け、多くの新しい情報を得て、改訂の際に必要な加筆・修正を施し、記述の精度を高めてきました。将来、新たな歴史事実が発掘される可能性もあるため、作品としての『殺劫』はこれで最終完成版というわけではありませんが、現時点では2度の改訂を経て内容的に最も充実した決定版と言えます。

 本書の意義は、歴史的に埋もれていた、そして政治的に封印されていたチベット文革の真実を、いかなる隠蔽も否定も許さない、生々しい現場写真と、当事者たちへの直接取材という、勇気と根気のいる粘り強い作業によって、初めて明らかにした点にあります。もし、オーセルさんが王力雄さんの助言と支援を得て、父親が撮った数々の写真を手掛かりに、困難を恐れることなく、チベット文革の真相を探る旅に赴く決断を下さなかったならば、おそらくこの極めて貴重な記録は世に出ることなく、今も眠り続けていたことでしょう。

三角帽子をかぶせられ、ラサの通りを引き回される僧侶

批判闘争で糾弾される旧チベット政府の大臣

 日本人の多くの方には、約60年も昔の、遠いチベットの文革と言っても、あまりピンとこないかもしれません。しかし、私たちは、この出来事は特殊なことのように見えて実はある種の普遍性を持つ事件であると考えています。なぜかと言うと、独裁体制下で絶対的権力を握る為政者が政治の舵取りを大きく誤ったとき、どれだけの規模の、想像を絶するカオスが社会を覆うことになるのか、カオスの熱狂に飲み込まれて理性を失った人間はどこまで暴力的で残虐な行動に走ることになるのか、一つの自立した民族の誇り、そして文化や宗教、言語を蹂躙する暴風はその社会と人々の心の中にどれだけの深い傷跡を残すことになるのか――こうした重い現実と教訓が本書には数々の証拠を基に赤裸々に記録されているからです。

 さらに、少数民族の伝統、文化、宗教、言語、自治などのアイデンティティーに関わる諸矛盾は歴史的にもたらされたものであり、まさに現在進行中の未解決の問題でもあります。一言に要約すれば、この本に書かれていることは、私たちにとっても「見知らぬ遠国の、関係のない過去の出来事」では決してない、ということです。

闘争集会で虐待される旧チベット政府高官


 本書の邦訳版を増補改訂版として装いを新たに刊行する目的は二つあります。

 第一は、世の中にほとんど知られていない歴史事実や体験者の記憶は何らかの形にして社会に残さない限り、いずれ流れゆく時間の闇の中に消え失せる運命にあるため、しっかりとチャンスをとらえて継続的に世に問うていく必要があるということです。現にオーセルさんがかつて取材したチベット人の多くがその後亡くなっています。チベット文革の現場を直接体験しておらず、その意味では部外者である私たちにも、20世紀の同時代をともに生きた人間として、忘却させてはならない人類の歴史の記憶を後世へ伝えていく責務があります。

 第二は、本書を通じて、中国で抑圧されている「真実の声」を日本の人々に広く受け止めていただくことです。メディア報道などでもよく知られているように、近年の中国の言論弾圧には異常なほどの過酷さがあります。とりわけ、2012年に習近平政権が登場して以降は、当局にとって不都合な情報を厳格に統制したり、あらゆる体制批判を強権で封じ込めたりする動きが一段と加速しています。中国憲法第35条で保障されているはずの「言論・出版の自由」は完全に空文化しています。

 チベットでは当局による「宗教の中国化」政策が進められ、チベット仏教に対する統制管理が徹底されています。また、他の少数民族地域も同様ですが、中国語による教育が最優先され、「漢化(漢人への同化)」も進行しています。かつて国際社会が中国の目覚ましい改革開放に期待して実現を望んだ多元化や自由化とは真逆の方向へ現在の中国は向かっているようです。自らの良心を拠り所として、誠実で真摯な言論活動によって「真実の声」を発しようとする中国の知識人たちは、傲岸不遜で理不尽な権力の圧力に常時さらされています。

 オーセルさんも当局からパスポートの発給を拒否され、日常的に言動を監視されています。当然ながら、彼女の作品は中国国内では発行することを許されず、中国語圏においては唯一、民主主義が定着している台湾でのみ出版が可能となっています。同じく、オーセルさんの夫、王力雄さんも当局に批判的な作家活動を理由に海外渡航を禁じられています。中国国内にとどまって、当局におもねらない言論活動に挑み続けることがどれだけの勇気を必要とし、多大なリスクを覚悟しなければならないか、多言を要しないでしょう。

 私たちにできることは限られているかもしれませんが、「責任ある大国」「法治国家」を自任する隣国の不条理な言論・人権弾圧をただ傍観していることはできません。今回のような出版活動によって、中国にも確実に存在する「真実の声」を伝えることで、中国の言論空間の閉塞状況に、たとえわずかであっても風穴を開けることができればと考えています。

チベット・ラサの街頭で取材中のオーセルさん

 オーセルさんが一貫して追い求めているものは体制を批判することではなく、「真実を明らかにし、記録し、伝える」ことです。それは、力こそが正義とばかりに、主権者であるはずの国民の前で真実を歪曲・隠蔽しても恬として恥じない独裁者や強権政府が内心最も恐れている自由精神に裏打ちされた営為です。オーセルさんの、権力の横暴にも心を曲げることのない作家としての矜持、研ぎ澄まされた問題意識、しなやかな行動力、そしてそれらが紡ぎ出す生きた言葉の数々は、チベットが背負わされている苦難や矛盾――それはグローバルな民族・宗教問題の裂け目でもあります――について、私たちがより深く理解し、思いを巡らす上で確かな道標になると信じています。


【クラウドファンディングを必要とする理由】

 冒頭のあいさつで触れましたように、本書のテーマの性格もあって、出版社がすべての費用を負担する形での発行はあきらめざるをえませんでした。ただ、集広舎代表の川端幸夫さんには本書刊行の意義をよく理解していただいており、クラウドファンディングで出版に必要な費用を調達してもらえるのであれば、増補改訂版を発行するとの確約をいただきました。本書は掲載する写真の数が非常に多く、半分は写真集でもあるため、印刷費が通常の書籍よりも多くかかる見通しです。もとより、営利目的のプロジェクトではありません。私たちとしては社会的にも学術的にも重要な意義を持つ非営利活動として位置付けていますので、チベット・中国問題に関心を寄せる方々のみならず、趣旨にご賛同いただける幅広い方々のサポートを念願しております。

【募集方式】

 本プロジェクトは「購入型クラウドファンディング」であり、「All-in」方式で実施いたします。募集期間内に目標金額に達しなかった場合も、予定通りプロジェクトを推進して出版し、ご支援してくださった皆様方にリターンをお届けいたします。


【リターンについて】

*3,000円以上のご支援をいただいたすべての方々に以下の①、②、③をお送りいたします。

①オーセルさんからの礼状

②オーセルさん撮影のチベット写真5点セット(はがきサイズ)

③小冊子『十六年後の思索』1部。今回のプロジェクトのために特別に制作するもので、オーセルさんの夫、王力雄さんの著作です(『我的西域,你的東土』増補版〔2023年〕に追加された「十六年後続篇」の邦訳)。

*10,000円のご支援をいただいた方々には上記の①、②、③に加えて、以下の④をお送りいたします。

④新刊の『殺劫――チベットの文化大革命』増補改訂版(予価5,940円〔税込〕)1冊。

*20,000円のご支援をいただいた方々には①、②、③、④に加えて以下の⑤をお送りいたします。

⑤既刊の『私の西域、君の東トルキスタン』(馬場裕之訳・劉燕子監修、集広舎、2011年、定価3652円〔税込〕)1冊。新疆ウイグルの民族・社会の内実を深く掘り下げた王力雄さんの傑作ルポルタージュ『我的西域,你的東土』の邦訳本です。

*30,000円ないし50,000円のご支援をいただいた方々には上記の①、②、③、④(30,000円の方は2冊、50,000円の方は3冊)と⑤に加えて、オーセルさん撮影のチベット写真(四つ切サイズ、マット額装)1点(②の5点セットの中からご希望のものを選択)をお送りいたします。


【支援金の具体的な用途】

 目標金額は「220万円」に設定させていただきました。目標額を達成した場合、クラウドファンディングの手数料は「220万円×0.17×1.1(税)=41万1400円」となり、これを差し引いた入金額は178万8600円となります。集広舎にお支払いする出版費用(編集制作、印刷、装幀など)は165万円(税込)です。残金は13万8600円ですが、これでリターンに要する諸費用の一部を賄う予定です。


【実施スケジュール】

 2024年6月 完成した原稿を基に編集作業がスタート(編集実務は福岡市のスタジオカタチ・玉川祐治さんがご担当)

同年7月上旬 クラウドファンディング開始

同年7月~10月 初校、再校等の作業

同年9月中旬 クラウドファンディング終了

同年12月中旬頃 集広舎から増補改訂版を刊行

2025年1月頃 リターン発送


【最後に】

 プロジェクトの進捗状況についてはこのプロジェクトページにて随時報告いたします。中国の心ある作家や知識人の方々が困難な環境にくじけることなく、創作活動や学術研究に前向きに取り組んでおられることに敬意を表し、エールを送るプロジェクトでもあります。重ねてご支援のほどお願い申し上げます。



支援金の使い道

集まった支援金は以下に使用する予定です。

  • 人件費

  • 広報/宣伝費

  • リターン仕入れ費

  • 制作・編集・デザイン・印刷費

※目標金額を超えた場合はプロジェクトの運営費に充てさせていただきます。

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  • 2024/07/17 19:49

    おかげさまで、プロジェクト公開から2週間が過ぎた本日、目標額のちょうど三分の一、33%を達成しました。ひとえに皆様のご支援のたまものであり、改めて心より感謝申し上げます。引き続き目標達成に向けて、様々な機会をとらえてサポートをお願いしていく所存です。

  • 2024/07/12 20:32

    『殺劫 チベットの文化大革命』は英語版も2020年にアメリカで発行されています。題名は Forbidden Memory:  Tibet during the Cultural Revolution(Potomac Books)。これは『殺劫』中国語版の2006年初版を基に英訳されたものです。...

  • 2024/07/10 19:05

    『殺劫』プロジェクトの公式のチラシが出来上がりました。クラファン公開当初は暫定的に製作したチラシを配布していたのですが、今回は専門家の方にデザインをお願いし、簡潔でスマートなものに仕上がりました。今後、集会、勉強会など様々な機会をとらえて皆様に配布させていただくつもりです。会合などでのチラシの...

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