この絵本はノディラさんのおじいさんと命の恩人の日本兵との友情の物語です。ついに完成した絵本だが、前回のクラファンで目標額に至らず、自己資金で制作。しかし、一人でも多くの皆さんにお届けするため再度チャレンジします!日本中の皆さんに読んでもらい、平和の大切さを感じてもらいたい!是非力をお貸しください。

プロジェクト本文

こんにちは、山田製作所代表山田径子と申します。
つくば市でプロモーションとクリエイティブの仕事をしております。

友人でウズベキスタン出身の女性、ノディラ アミノヴァさんと共に、絵本「アミノフと兵隊さん」の制作プロジェクトを発足し、前回クラウドファンディングに挑戦しましたが、私たちの力不足により目標を達成することができず、やむなく自己資金で何とか本を制作しました。

      ▲絵本「アミノフと兵隊さん」表紙

出来上がった本は、手に取ってくださった皆様にたいへん高い評価をいただきました。
この本を一人でも多くの方にお届けしたいと思っています。

      ▲兵隊さんがアミノフに折り鶴をプレゼントするシーン

 

この物語は、ノディラさんの祖父が実際に体験した、抑留日本兵との友情を描いたものです。

    ▲ノディラ アミノヴァさん

      ▲ノディラさんと撮った一枚

タシケント市民に親しまれている「ナヴォイ劇場」は、抑留日本兵たちとノディラさんのおじいさんら、ウズベキスタンの方々が力をあわせて作り上げた美しいオペラハウスです。
この建造物は、現地のほとんどの建物が倒壊した大地震にも耐え、その建築技術と、抑留と言う身でありながら丹誠込めて仕事をした日本兵たちへの尊敬の象徴となっています。

     ▲ナヴォイ劇場

     ▲劇場の建設に日本人が参加したことが刻まれたプレート。

ノディラさんのおじいさん(アミノフさん)は、このナヴォイ劇場の建設工事のさなか事故に遭い命に関わる大怪我をしますが、彼を救ったのは一人の日本兵でした。

    ▲おじいさんと幼いノディラさん(中央)


おじいさんは、幼いノディラさんに「大きくなったら日本に行き、自分の命を救ってくれた、しかし帰国が叶わず今もタシケントのお墓で眠っているウスタさんの家族を見つけてお礼を言ってほしい、そして日本とウズベキスタンの架け橋になりなさい」と言う遺言を残して亡くなりました。

    ▲タシケントに眠るウスタさんら日本人の墓地


その時から彼女は、日本とウズベキスタンの架け橋になるために日本語を学び、
日本に留学のため来日。

各地で講演やイベントを行なうなど、おじいさんの体験を
人々に伝える活動を続けて来ました。

この絵本「アミノフと兵隊さん」は、
ノディラさんの長年の夢を、初めて形にするものです。

おじいさんの命を助けてくれた、そして今もタシケントに眠る
ウスタさんへの心からの感謝と、その家族にお礼をしたいと言う想い。
そして日本とウズベキスタンの友情と、ウスタさんたちの様な
悲しい想いをする人がいない平和な世界を実現するため。

日本中の子どもたちとかつて子供だったみなさんに、
国境を越えた友情と世界平和への想いを伝えたいと願っています。

 

ノディラアミノヴァ プロフィール
祖父の意思を引き継ぎ子供の時から家庭教師で日本語を学んで、2001年東洋学大学高校に入学、その後2004年東洋学大学、大学院でも日本語教育・日本文学を学び、日本の関西大学、東京外国語大学、筑波大学修士博士課程にも留学し、日本文化、日本語教育、日本文学も研修し、身に付きました。日本とウズベキスタンの架け橋になりたいという夢を実現するために日本の会社で働きながら日本の社会を理解しようと思い、2013年(株)神星コンサルタントのJICAプロジェクト設計・測量国際部でウズベキスタン担当として勤めました。2013年夏目漱石の『こゝろ』をウズベク語に翻訳し、出版しました。当翻訳の本はウズベキスタンで最初の文学のスタートを切りました。2015年(株)H&Nコスメティックス国際部長、中央アジア・ウズベキスタン中心に担当しました。日本とウズベキスタンの架け橋になりつつ、世界平和の為に役に立つことを目標に活動しています。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
▶︎プロジェクトの概要


●製作する絵本の仕様 サイズA4 上製本仕上げ 本文28ページ(全ページ32ページ) オールカラー

●対象年齢 読み聞かせなら4 歳〜 自分で読むなら 小学校1年〜

●制作総部数 2,000冊

●目標額 50,000円
※絵本の制作、印刷・製本、皆様へのお届け作業と送料に使用します。

●東京都・茨城県の公立図書館等に寄贈 目標 1,000冊
※東京都内幼稚園・保育園・小学校等にも配布を検討中

●支援募集の締め切り10月31日 本のお届け、2018年11月頃予定。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
▶︎リターンのご案内

 

■リターン 3,000円

絵本「アミノフと兵隊さん」を1冊進呈致します、
また、お礼状等を進呈致します。

更に、絵本「アミノフと兵隊さん」1冊を、東京都か茨城県の図書館に寄贈します。

 

■リターン2 10,000円【数量限定】

絵本「アミノフと兵隊さん」を3冊進呈致します、
また、ノディラさん厳選のウズベキスタンからのお土産とお礼状等を進呈致します。

お土産は、ウズベキスタン特産のストールやポーチ等どれか一点です。

※お土産の種類は選べません。

 

更に、絵本「アミノフと兵隊さん」3冊を、東京都か茨城県の図書館に寄贈します。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
▶︎ストーリーの紹介

アミノフと兵隊さん ーウズベキスタンであった本当のお話ー

私はノディラと言います、
ウズベキスタンと言う国のタシケントと言う街で生まれました。
わたしには、心のやさしい大好きなおじいさんがいます。
名前はアミノフと言います。
今日はそのおじいさんが昔体験したことをお話しします。

80年ぐらい昔、世界中で戦争がありました。
日本からもたくさんの兵隊さんが、いろいろな国で戦いました。
戦争が終わる頃、たくさんの日本の兵隊さんたちがソビエトと言う国に捉えられ、
日本に帰る事が出来なくなりました。

その兵隊さんたちはソビエトのいろいろな土地で仕事をさせられ、
アミノフが住むタシケントの街にも
建物をつくる仕事のために連れて来られたのでした。

アミノフはその建物をつくる仕事のリーダーでした。
とてもせまい部屋に暮らし、いつもお腹を空かせて、
毎日毎日たいへんな仕事している兵隊さんたちを
気の毒に思ったおじいさんは、毎日こっそり家に招いて
ごちそうを食べさせてあげたのでした。

その中に「ウスタさん」と呼ばれた兵隊さんがいました。
「ウスタさん」は親切なおじいさんと言葉は通じなくてもとても仲良くなりました。

彼はいつも明るく振る舞っていましたが、日本に残して来た家族の事を思い出すのか、
時々とても寂しそうな顔をするのでした。

ある日いつもの様に建物をつくる仕事をしていた時
アミノフの身体に熱く煮えたぎった薬剤が飛んで来て胸を大やけどしてしまいました。

これはたいへんな事になった!
「ウスタさん」や他の兵隊さんたちは急いで家族やお医者さんを
呼んできましたが、お医者さんは
「これはひどいやけどだ、もう助からないだろう」と言うだけでした。

その時「ウスタさん」がこう言いました
「日本に住む私の父は医者です、ですから私もやけどを直す方法を知っています、
必ずアミノフさんを助けてみせます、
どうぞ心を強く持ってあきらめないでください!」

そしてその日から「ウスタさん」は
毎日朝から晩まで寝る間もなく手当てし続けました。
そして20日後、生死をさまよったアミノフはついに目を覚まし、
どんどん回復していきました。

アミノフはすっかり元気になり、
日本の兵隊さん達と力を合わせてつくった建物は立派に完成しました。

ところが「ウスタさん」はとうとう家族が待つ日本に帰る事が出来ないまま
病気になり、死んでしまったのでした。

あの時建てられた建物は「ナヴォイ劇場」と呼ばれ、
今もタシケントの人たちにとても愛されています。

そしてウズベキスタンのタシケントの街には、
「ウスタさん」やその他の兵隊さんたちが眠るお墓があり、
街の人たちが今も大切に守っています。

そのお墓のまわりには、日本から送られた桜の木が植えられていて、
春にはきれいな花を咲かせます。
「ウスタさん」と兵隊さんたちは、きっと天国からこの桜の花を見て、
懐かしい日本を思い出している事でしょう。

これで私のおじいさんのお話はおしまいです。

私はおじいさんの命の恩人「ウスタさん」の家族にお礼を言いたくて、
日本にやってきました。
だれか「ウスタさん」やその家族を知っていたら、
どうぞ教えてください。

そして、戦争が世界から無くなり、
悲しい人生を送る人が居なくなります様に、心からお祈りします。

このプロジェクトの問題報告やご取材はこちらよりお問い合わせください