八岐大蛇(やまたのおろち)を退治する神楽の代表的な演目
神能「八重垣(やえがき)」は、出雲に天降ったスサノオノミコトが、八岐大蛇を退治してアメノムラクモノツルギを得るという神話で、日本全国の神楽で舞われている代表的な演目のひとつです。
こういった神話劇のような演目のことを「神能(しんのう)」と呼び、打立(うったて)から猿田彦大神の舞までの神事舞と区別されています。
大山三宝荒神社大神楽では、鳥取県日野郡江府町の下蚊屋(さがりかや)荒神神楽保存会明神社さが、この八重垣を舞いました。
高天原より出雲の鳥髪山に天降ったスサノオノミコトは、嘆き悲しむアシナヅチ・テナヅチの老夫婦と出会います。嘆きの理由を尋ねると、八岐大蛇に雨を降らしてもらう代わりに娘を差し出す約束をしていて、八人の娘のうち七人までが喰われ、残すところは末娘のクシイナタヒメのみになってしまって泣いているのだと答えました。
スサノオノミコトは神といえども無益な殺生はできないので、クシイナタヒメを妻として娶ることで八岐大蛇を姉の仇として討とうと提案し、アシナヅチ・テナヅチは同意します。
クシイナタヒメはスサノオノミコトの詠んだ「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を」の和歌の情深さに触れ、祝言を挙げます。このときクシイナタヒメは、華やかな打ち掛けを着せられます。
スサノオノミコトは毒酒八千石で八岐大蛇を酔わせて退治する謀のため、出雲から酒造りの神様、松尾明神を呼び寄せます。
神楽の常識を打ち破る荒神神楽の茶利
荒神神楽をはじめて観た人がみな驚くのが、神能の中に必ずある「茶利(ちゃり)」の部分です。古めかしく難解なイメージのある神楽ですが、この松尾明神(通称まっつあん)は、現代語でしゃべり、おもしろおかしい小咄をしたり演歌や民謡を歌って観客を沸かせるのです。
「出雲の国から色男がやってきたよーい!」
面もおもしろい顔をしていて、動きも滑稽です。出雲から電車でやってきたなどの道中話や、手拍子を求めての歌など、神楽のイメージをくつがえす瞬間が続きます。
この場面は30分から1時間もあり、神能の中でも一番長い場面となります。
てごにん(手伝い人)の木名玉明神(通称きなやん)と一緒に面白おかしく酒造りをします。
八岐大蛇との闘い
松尾明神とてごにんが酒を造ると、面をはずして戦装束になったスサノオノミコトが舞い出します。
太鼓も舞も荒神神楽の中でもっとも激しく荒々しいもので「山踏み」「幕がかり」「荒舞」などと呼ばれています。下蚊屋荒神神楽保存会の舞の特徴として、足をあまり開かないで腰もあまり落とさないで直立するというものがありますが、この舞では足をしっかりと開き、腰を落としてどっしりと舞います。
この舞は闘いの前の準備運動であり、舞終わると八岐大蛇が出てきます。
煙を吐きながら現れてひとしきり暴れ、酒を飲んで酔って寝てしまいます。そこにスサノオノミコトが現れて激しい闘いとなり、十握(とつか)の剣で首を斬り落とします。
八岐大蛇を退治する神楽では、これでスサノオノミコトが喜びの舞を舞って終わる場合が多いのですが、下蚊屋荒神神楽保存会ではなんと続きがあります。
大蛇の霊魂は荒神神楽の古い形である
八岐大蛇を退治したと思ったら、幕の後ろから恐ろしい形相の鬼が現れます。
これは大蛇の霊魂で「蛇亡魂(じゃぼうこん)」と呼ばれるもので、奪った宝剣を返せとスサノオノミコトに闘いを挑みます。
すると、スサノオノミコトと同じ格好をした「随神(ずいしん)」が二柱舞い出して、三対一の闘いになります。
さすがに多勢に無勢で蛇亡魂は鎮められて祀られ、神能「八重垣」の幕となります。
下蚊屋荒神神楽は、江戸時代に備中地方から伝わったとされますが、山奥の集落でひっそりと伝えてきたため、古い形を残しているのが特徴です。
衣裳や道具も独特で、とても見応えのある神楽となっています。