ご賛同くださっている皆さま、本当にありがとうございます。
クラウドファンディングの方式が苦手だという方、やったことがなかったので悪戦苦闘された方が多くいらっしゃると思います。
そんな状況下の中こうして賛同してくださいました皆様の思いは、後世にずっと伝わっていくのだなあと思うと、あらためてたくさんの方々とこうして一つの映画を作ることはすごいことだなあと感じます。
さて今日は安武 信吾監督の
『弁当の日』映画製作にいたるまでのエピソードをお伝えいたします。
安武監督は映画『はなちゃんのみそ汁』の原作者です。
『はなちゃんのみそ汁』から『弁当の日』に馳せる思いとは。
どうぞご一読くださいませ。
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「竹下先生に恩返しがしたい」。僕が経験したこともない映画監督を無謀にも引き受けてしまったのは、極めて個人的な理由からでした。
あれは3年前。娘のはなが中学1年生の頃でした。娘は学校で一部の生徒たちから「“みそ汁”が歩きよる」と指を差されていました。机の中には「うざい、死ね」のメモ。いじめを受けていたのです。部活では無視をされ、いつもひとりぼっちでした。学校も休みがちになり、自分の部屋に閉じこもる毎日が続きました。
そんなとき、たまたま、講演で福岡市を訪れた竹下先生と食事をご一緒する機会がありました。僕は、部活をやめたがっている娘の近況を竹下先生に報告し、「親子で乗り越えるつもりです。やめさせるべきではないですよね」と同意を求めたところ、「無理に部活を続けさせる必要はありませんよ。やめさせてください」。竹下先生の回答は、まったくの想定外でしたが、助言に従って、部活を退部。しばらくして、娘は以前の明るさを取り戻すことができたのです。
当時、竹下先生からいただいた手紙にも、娘は勇気付けられました。
以下、手紙の一部を紹介します。
私は66歳。はなちゃんは12歳。同じレベルで納得するはずがないんだけれど、「折角、親からもらって今日まで生きてくることができた命は、自分を理解してくれる人たちに喜んでもらえることに使いたい」と私は考えています。「自分の生き方を快く思ってない人に、自分の日々の気分を、かき回されない強さを持ちたい」と自分に言い聞かせています。支えは「自分の生き方を理解してくれる仲間がいる」ということです。おじさんは、「はなちゃんの仲間」です。
手紙を読んだ娘は目を潤ませながら、こう言いました。
「竹下先生ぐらいの人でも、くじけそうになることがあるっちゃね。こんなこと言ってくれる校長先生、なかなかおらんよ」。うんうん、と2人でうなずき合いました。
そして昨年。プロデューサーの江森浩子さんから「『弁当の日』を映画化したい。力を貸してくれませんか」と相談を受け、いても立ってもいられなくなったわけです。
「弁当の日」を経験した子どもたちは、身近な人に感謝されることで自分の生を肯定できるようになります。他者を思いやる心が育ちます。映画を通して「弁当の日」への理解がより深まれば、いじめのない平和な世の中に少しでも近づくのではないか。そんな日が訪れることを願いつつ、今春、撮影に臨みます。
安武信吾
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ここからは私個人の意見ですが
『いじめ』は理不尽な暴力です。
理不尽な暴力を甘んじて受ける必要などないと、私は思います。
しかし同時に、理不尽な暴力を振るう人は「理不尽な暴力を振るうようになってしまった理由」が必ずあります。
私は『弁当の日』にはその「理不尽な暴力に走る気持ち」を溶かす要素がたくさん詰まっていると思っています。
子どもたちの気持ちというのは、とても柔らかいものです。
自分の力で一から作ったお弁当はきっと自らを成長させてくれる。
そんな子どもの変化を私自身『弁当の日』を通して経験しています。
竹下和男先生が提唱しておられる思いが、安武監督のカメラを通して、たくさんの方々に届きますようにとの願いを込めて、クラウドファンディング終了の日まで安武監督のサポートができたらと思います。
映画弁当の日広報
土岐山協子