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ケニアの孤児院に養鶏を委託して『寄付に頼らない孤児院』を作りたい‼︎

【 僕に力を貸してください‼︎ 】ケニアの孤児院スクールの生徒たちと一緒にニワトリを育て回収した卵を『レストランやホテルに卸すビジネス』をはじめ、その売り上げをスクール運営資金にする『自走型孤児院』に挑戦します!そのための資金をどうかご支援いただけないでしょうか!

現在の支援総額

1,091,611

72%

目標金額は1,500,000円

支援者数

106

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2019/04/12に募集を開始し、 106人の支援により 1,091,611円の資金を集め、 2019/05/30に募集を終了しました

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現在の支援総額

1,091,611

72%達成

終了

目標金額1,500,000

支援者数106

このプロジェクトは、2019/04/12に募集を開始し、 106人の支援により 1,091,611円の資金を集め、 2019/05/30に募集を終了しました

【 僕に力を貸してください‼︎ 】ケニアの孤児院スクールの生徒たちと一緒にニワトリを育て回収した卵を『レストランやホテルに卸すビジネス』をはじめ、その売り上げをスクール運営資金にする『自走型孤児院』に挑戦します!そのための資金をどうかご支援いただけないでしょうか!

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みなさんこんにちは!

支援額も順調に集まってきています。いつも応援ありがとうございます!!

今日はある質問に対し答えていこうと思います。

クラウドファンディングをリリースしてからありがたいことの沢山の応援メッセージやご質問をいただくようになりました。

その中でも圧倒的に多いのが、、。

「総司くんはヤンキーだったんですか?」

です。

ケニアに行く前のSOJI

クラウドファンディングの文章の中の『悪役ライダー』という表現が暴走族を連想させるものであったと思います。

なぜ元暴走族がケニアでソーシャルビジネス?と頭にハテナが出現した方もさぞ多かったのではと思います。

バイクを乗りはじめたのは15歳の時です。

中学を卒業してからすぐにJFEという製鉄所で修理工として働いていました。

働いていたとはいえ、給料をもらっては使いもらっては使いを繰り返していたので

バイクを購入する際に人生で初めて50万の借金をしました。(4ヶ月で全額返済しました)


バイクを持ってからの生活は激変し、毎日の夜遊びが暴走行為になりました。

三色ご飯はグリンピースに卵にソボロ…

信号は青と…三色もあったけ?という具合です。

チーム名は軍団SG。僕が付けました。

※SGの意味はとても卑猥なため個人でメッセージいただいても返答しかねます。


そんな散々な生活を2年続け母が倒れ、ケニアへ渡りました。

ケニアで生活をしていた時に起業しようと思ったことは一切ありません。

そんな僕がケニアで起業しようと思うようになったのは帰国後です。

帰国後のSOJI

鳴り響いた携帯電話、やな予感が胸をよぎる~

なんてことはなくケニアの友達からワッツアップの通知が鳴り響いていました。(現代感)

『総司いつ帰ってくるんだ』『みんなお前を待ってる』

ここまで自分の存在を必要としてくれていることに心底感動しました。


せっかく生きるんなら自分を必要としてくれる人のそばで生きていたい!

自分の幸せの価値軸が『必要とされること』に変わった瞬間でした。

当時、就活をしていましたがそれらを全て辞め、ケニアに引っ越すことを決め今に至ります。

ここまで駆け足でお話しました。

僕にとって地元で過ごした12年間はとても大切な思い出です。

過去が憎く後ろめたい時期も長くありました。たくさんの友達をを傷つけました。

それらの過去にあった事実は変えれません。

しかし過去の解釈を変えた時、ものすごく愛おしい過去になりました。


昔の自分が今を創っている。

今の自分が未来を創ってる。


そんな僕はケニアで子供達の未来を創りに行ってきます。

明るい未来に乾杯!


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