(写真はロケ地にもなった中之条町六合(くに)地区の「ねどふみの里」初めて行った時の写真です。2016年の春でした)
私は大学在学中、つまり12年ほど前からドキュメンタリー映画を作ってきました。はじめは秘宝館(日本の性の博物館)のドキュメンタリー映画、蝋人形職人のドキュメンタリー映画、バイブ(性玩具)のドキュメンタリー映画など、サブカルチャーの路線をひた走っていました。
しかし、2011年の東日本大震災、原発事故の衝撃から、もう少し地に足のついたものを撮りたいと思い、日本の馬文化のドキュメンタリー映画制作に着手します。
(6年かけてなんとか完成し、この度、晴れて「馬ありて」という映画は11月30日11:00より渋谷のシアターイメージフォーラムにて上映を開始します。詳しくはこちら。予告編はこちら。)
「馬ありて」の制作途中の2015年、この馬のドキュメンタリーのコンセプトや、進め方に右往左往しすぎ、映画そのものが八方塞がりになりました。「自分はあまりに映画を知らない」と滅多打ちにされたようでもありました。私は映画、映像の勉強はしてきませんでした。大学も文学部でした。
もう一度映画を勉強し直そう、やるならシナリオを書こうと一念発起し、赤坂の「シナリオ講座」に通い始めました。私は故・新藤兼人監督作品が大大大好きなので、シナリオ作家協会の一択でした。なぜドキュメンタリーでなくてフィクションを学ぼうと思ったのか・・・やりたかったのに壁が高すぎて目をつぶっていたから。。。かも知れません。
もう一つは、私が撮りたいものがことごとく古く、もう完全に消えていることが多い、という理由もあります。サンカもそうでした。現代ではもういないのですから。なので、自分で書くしかない、ということを日頃から感じていました。
前にも書きましたが、講座に通っている時から私が書いたシナリオは全てサンカに関してでした。
なぜこんなにも固執してしまうのか、自分でもわかりません。しかし、このモチーフで、まず自分が納得のいくものを書きたい、という気持ちはずっと持っていました。
数本習作で書き、2015年の冬、いさまスタジオ映画祭の存在を知りました。
「シナリオが評価されればその映画が撮れる。ただしロケ地は中之条町にて」
私はこの映画祭に飛びつきました。そしてまず、シナリオハンティングのために中之条町へ出かけました。サンカがモチーフなのは決まっているので、中之条の奥、草津温泉の手前、六合(くに)地区にまず向かいました。今思うと勘が鋭いです。
そこで、やはり力強い自然に心を打たれました。ここを舞台に書いて応募しよう!と心に決めたのでした。(つづく)(下の写真は六合地区の「殺人(さつうぜん)の滝」本当に殺人があったからこの名前になったんだとか)