2019/12/12 08:00
 「どうして落さんは、鳥公園について書く時に、演出家の私のことばかり書くですか。もっと俳優のことを見てほしいのに」というよう、西尾佳織さんに不服を申し立てられたことがある。「え、それは」と言葉につまってだって、当時の鳥公園の作風が「西尾佳織の考えたことを世に表出する場」であった色が強かった(気がしたのです)として、そして私も西尾さんも相対的に今より若かったとして、まあいろんなことを差し引いてですよ、とにかくそれ以降、演劇について書く時には、彼女のその指摘を、私はずっと御守りのように胸の奥に持ってき。私が演劇を観てものを書く際のくせ……劇作家の書く戯曲への偏重傾向があり、俳優やに施された演出について深く洞察できなかった状態彼女にするどく見抜かれた気がしたのだったそういう意味では西尾さんは、私の「劇評」スタイルをディレクションしてくれた一種の恩人になる。

 過去に私が鳥公園について書いた劇評は今でもこのアーカイブで読める。(https://www.wonderlands.jp/archives/category/a/ochi-makiko/『蒸発』(2013年)、『緑子の部屋』(2014年)について鼎談をしたし、劇評と戯曲の雑誌「紙背創刊号2017年)では『ヨブ呼んでるよ』の劇評を執筆した。そして私が主宰した演劇人によるメールマガジン「ガーデン・パーティーhttps://www.mag2.com/archives/0001678567/でも連載を持ってもらい、彼女の深い思想の一端に触れなんとまあ生涯かけても味わいつくせず語りつくせぬ深い湖をたたえた書き手であることよ、毎回惚れ惚れしていた。そういう「生涯」みたいなものを頭の中に想定はしているけど想定同時に「仮定だから、もっと先のこと常に考えよう途中で死ぬかもしれないけど、というビジョンが彼女の中にあることもわかってきた。

 そんな2019年のある日。西尾佳織が、和田ながら、蜂巣もも、三浦雨林との共同演出体制を発表した日のことは忘れない。集団をサステナブルに運営していくため、人生のある局面で選択された形。これしかないよ、さすがだよ、西尾さんその手があったか! と膝を打った。

 主にあいちトリエンナーレの騒動をめぐって、公的な「助成金」の意義が大きく揺らいだ2019彼女たちは、作り手と支え手で相互的に見つめおう、ともに時代を走ろう、と提案してきたのだと私は理解した。「伴走」とは、今回のクラウドファウンディングのキーワードであると思う。リターンであると同時に、彼女たち自身がもっとも求めているものなのである

  鳥公園は、一人でいて、それでいて人と一緒にいられるための場所です。
  出入り自由です。

 西尾さんが書いた、かつての鳥公園の団体紹介の一部だ。それによると、彼女は三人以上の集団は苦手で、二人はぎりぎり好きらしい。でも私は思う。彼女は、ひとりでは絶対に演劇をしなかったはずだ絶対に誰かが見ていてくれると信じているから、できること、踏み出せる場所が、ある。


 世界が終わる時も、作家たちが死ぬ時も、俳優たちが死んだあとのこともいつも必ず見ていくれる観客が、演劇には必要人が長い歴史の中で繰り返してきたこと。それは、上演と観賞創作と伴走。劇作家ひとりの視野でなく、批評家ひとりの視野でもなく、ともに目をひらきあって、私は鳥公園のことを見て約束したい

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