みなさん今晩は
おかげさまで「第8回いちばん星フェスタin南相馬」が無事、多くのお客様を迎えることができ終了しました。
本日から、本腰を入れて本プロジェクトへの想いを私なりにみなさんにお伝えし、ご協力をお願いしたいと考えております。想いのみが先行するかと思いますが、ご理解を ・・・
本日は、まずもって、「いちばん星」の名の由来を・・・みなさん、私の名前が「星巖」なので、星さんだから「いちばん星」なんですねと言いますが、実はそうではないのです。話すと長くなってしまうので ・・ そんなもんです ・・ と多くの方に言っていますが、親しい方々へはこの「いちばん星」の由来を話ししています。
私が市職員時代(8年前)避難所運営に携わっていた時に遡ります。東日本大震災発災の年の11月の夕刻、私を含め15名程度の被災者、支援者等で、明日の避難所の運営の打ち合わせをしている時に、何故か話題が「容易でない南相馬市の状況の中、南相馬市のために我々で何かてきないものか?」との話になり、何故か「我々で微力であっても、南相馬市の復興の一助になるような組織をつくろう」となりました。その時は、何を基軸に組織活動するか等、まったく白紙で組織をまずは創ろうと確認したのみでしたが、組織を創るにあたっては組織名前だけは決めようとなりました。
今思うと、色々な候補があったなと振り返りますが、これと言った名前が見当たりませんでした。行き詰った感があり、ふと事務所の窓を開けた時、11月下旬の18時頃でした。非常に天気のいい日で、夜空にほぼ満月の月があり、宵の明星(いちばん星)がピカッと光っていたのでした。これを見てメンバーの一人が これだと言ったのでした。
お月様を南相馬市になぞらえ、そこで「ピカッ」と光る活動をする。
これが「一般社団法人いちばん星南相馬プロジェクト」の誕生の由来です。
この時は、私は市職員として組織の一員として協力していこうとの思いでした。募る想いと置かれる立場のギャプ等から、勢い余って市職員を退職したことから、役所を辞めたんだから、組織の代表をやれよとの声から、私が代表となったのです。
前段で言いましたが、たまたま私の性が星であり、いちばん星の星と被ってしまったというお話です。
本日から、可能な限り本プロジェクトに寄せる想いなどを投稿していきますので、長文となるかも知れませんが、よろしくお付き合いをいただき、ご協力をいただきたくよろしくお願いいたします。
本日は、この辺で ・・・