2019/11/11 22:28

クラウドファンディングの挑戦もあと19日になりました。これまで応援してくださったり拡散してくださった皆様、誠にありがとうございます。

ここで、異言語Lab.代表理事菊永ふみから異言語脱出ゲームにかける思いをお伝えしたいと思っています。非常に長い文章ですが、お時間がある時にぜひ読んでいただければ嬉しいです。


異言語脱出ゲームが生まれたきっかけは、菊永が働いていた福祉型障害児入所施設の子どものろう者たちと大手金融会社の社員との手話交流会でした。

手話交流会では手話学習会と手話を使っての発表会を行っていました。そこには普段は関わることの少ないろう者と聴者が手話を通して交流する、温かい時間が流れていました。しかし毎回、手話学習会後のランチタイムになるとその状況は一変します。ろう者はろう者同士手話で、聴者は聴者同士音声で話すという、社会の縮図ともいえる二つの世界が出来ていました。同じ言語を話す集団で集まることは人として自然なことです。異なる言語を持つ者同士が向き合うのは、大きなエネルギーが必要だと理解はしていたものの残念に感じたことを覚えています。

ろう者が聴者中心の社会で、「自分らしさ」を出して生きていくことは簡単ではありません。これまでろう者は、聴者が話し合ったことの結果だけを説明されて動くことを無意識に強いられてきました。私は、ろう者がリーダーになりにくい現状を目にしたり、夢を持てない子どものろう者と話したりして、変わらない社会に歯がゆい思いを抱えていました。その根源は、手話と日本語は「言語が異なること」と社会構造的に「ろう者がマイノリティであること」から来ていると考えています。

私自身ろう者に生まれ、ろう者の世界、聴者の世界、二つの世界を行き来する人生を送っていました。聴者の世界では、すぐ近くの相手のことを知りたいという想いがあっても、言語が異なる為に諦めなければならないこともありました。悔しい気持ちが私の心を覆い、何度も絶望の淵に落ちました。一方で、手話や身振り、筆談でコミュニケーションを取ってくれた友人、先輩後輩に救われたことも何度もありました。私のとても大切な繋がりです。

「異なる言語を持つ者と、どのようにコミュニケーションをとるか。言語が異なっても、楽しい繋がりを創るにはどうしたらいいか?」

これは私自身の永遠の課題であり、誤解を恐れずに言うなら、長年、ろう者と聴者の間にある重く大きな課題であると思っています。

何か月か経ったある日、大学時代の聴者の友人から突然連絡が入り謎解きゲームに誘われました。仕事終わりの夜、渋谷の街を興奮気味に駆け抜け、人気アニメの謎解きゲームに参加したことを覚えています。初対面の聴者の男性2人に、手話がちょっとできる位の友人とチームを組みました。アニメをそのまま再現した世界観に圧倒されつつ、友人のつたない手話を読み取りながら、説明を一生懸命に聞き、自分の考えを聴者に試行錯誤しながら伝え、相手の口や手の動きを見て……と必死に動いた中で、自分の力で謎が解けたときの感動はずっと忘れません。「なんて素敵な非日常空間があるんだ!」、その興奮はしばらく続き、職場で「謎解きゲームがすごかった」と園長に話したら、「あら、それを交流会でやればいいじゃない」と……。

あの夜、大きな興奮と感動を覚えた某社の謎解きゲームを参考にしつつ作ったのが「ろうの国からの脱出」――手話を言語にしているろう者の子ども達の状況を活かして、「聴者の社員さんが旅人になり、ろうの国に入国し、現地の人(=ろう者の子ども)と仲良くなり出国する」というストーリー――でした。交流会では、社員さんも子ども達も制限時間の中で、必死になってコミュニケーションして謎を解く風景がそこにはありました。

交流会後しばらくして、社員のボランティア活動を推進していた方から社内研修で謎解きゲームを依頼したいと話があり、本業の合間を縫って制作したのが「現代のバベルの塔を作れ」でした。この時「異言語脱出ゲーム」という名前を作り、初めて使用しました。2015年以降、異言語脱出ゲームを実験的に取り組めるチャンスを何度もいただきました。

こうして開催していくうちに、異言語脱出ゲームに興味を持ち、手伝ってくれるスタッフが増えました。

2017年に映画作家の牧原依里さん(現:異言語Lab.メンバー)の目に止まり、「このゲームはもっと広く社会に発信していく価値がある」「あなたがやらなくてどうするの?」「ボケーっとしてたら誰かに盗まれるよ」と田町の居酒屋で説得されました。

そして気が付いたら100BANCHに応募し、採択され、あれよあれよという間に一般社団法人を立ち上げていました。「一般社団法人」が何なのかよくわかっていなかったのに、一人で法務局に行き、筆談でやり取りをしながら手続きをしてしまったのです。やればできるじゃん、人間って。

異言語脱出ゲームはたくさんの方々のお力をいただき、背中を押されて、ここまで来ました。まさに幸運の連鎖で生まれたゲームだと思っています。

ところで、異言語脱出ゲームにはどんな力があるのでしょうか。

私が施設の指導員になってまだひよこだった頃、異言語脱出ゲームを推してくださった方から「自分の弱さを強みに変えなさい」と、施設の園長からは「ろう者だからこそできることがあるはず。聴者が嫉妬するくらいの社会を創りなさい」と事あるごとに言われてきました。「ろう者の強みとは?」「ろう者だからこそできる力とは?」をずっと考えていました。異言語脱出ゲームを制作していく中で、ろう者と聴者が脱出を成功させるため、必死にコミュニケーションを取り合う姿から分かったことが一つあります。

それは、「ろう者は『自分と異なる言語・文化を持つ者に向き合う力』が優れていること」です。ろう者は、日常の長い時間を、自身のそれとは異なる言語・文化で構成される聴者社会で過ごしています。反対に、普段聴者は社会でろう者と向き合うことはなかなかありません。異なる言語・文化との交流で困ることも、諸外国ではなく日本であればなおのこと少ないのかもしれません。異言語脱出ゲームでは、聴者もろう者も対等な条件で向き合うことになります。そこにはマイノリティもマジョリティもなく、社会の中心は聴者でもろう者でもありません。そうした環境では、ろう者が聴者社会でたくさん体験してきた「伝わらない・通じない経験」と「ろう者のコミュニケーション力」――アイコンタクト、身体表現、表情、口形、筆談、空文字など、音声が使えない代わりに様々な視覚的な方法――が十二分に発揮されます。異なる言語・文化と向き合うときに見える、相手に伝える力、相手の言いたいことを掴む力、ここにろう者の強みがあると私は思っています。

これまで異言語脱出ゲームを通して、参加者のいろいろな姿を見ることが出来ました。伝える方法に困惑する背中、伝わらなくて見せるもどかしさと悔しさの入り混じった表情、身振りや筆談,覚えたての手話を使う腕と体、分かった,伝わった瞬間に喜び合う人たち。ゲーム終盤では誰がろう者で誰が聴者だかわからなくなります。

異なる言語を持つ者に向き合うのはエネルギーが必要で疲れるけれど、ゲームを終えてみれば一歩踏み出せた新たな自分に出会えることでしょう。それもたった一時間という短い時間の中で。ただただ脱出したいという一心で。それが異言語脱出ゲームの持つ力なのかもしれません。

「あなたに伝えたい、あなたのことを分かりたい」

長年積もり積もったこの想いが、私の新たな異言語脱出ゲームを創るエネルギーになっています。そして多くの方々に異なる言語を持つ者同士が向き合う面白さをもっともっと体感していただきたいと思っています。

「異」を楽しむ世界、共に創りましょう。

一般社団法人 異言語Lab.

代表理事 菊永ふみ

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