quazero – カゼロウ
今沢カゲロウ ルワンダ滞在目撃録3
「体調、大丈夫ですか?」
「全く問題ないです。なんか、元気です」
ルワンダ到着から3日目。
あまりにも毎日全力で過ごしている様子を傍目で見ているので、本来起こるはずの時差ボケのことや、ひいては日本から31時間もかけてやってきたということをふと忘れてしまう瞬間がある。
違う環境への浸透が異様に速い。
街を歩いていても何年も前から住んでいたかのように、すいすいと進み違和を感じさせない。
むしろ彼の周りに彼自身による環境を創出しているようにも見える。それは演奏中に顕著に現れる。
周囲の違いに馴染んでいくというものではなく、違いを超えるさらなる違いを生み出してしまうので、もともとあった違いは吹き飛んでしまう。
彼にとってアウェイというシーンはあり得るんだろうか。
「すぐお腹空いちゃうんですよ」
カフェでの打ち合わせ時に選んだのはアフリカンティー。茶葉と生姜を牛乳でぐつぐつ煮込んだ濃厚なルワンダ定番ドリンク。
そりゃそうだ、あれだけのエネルギーを発するパフォーマンスをすれば、摂取量などすぐに消耗する。
このお茶とサーターアンダギーのような揚げドーナッツ「マンダジ」で朝食を済ませるルワンダ人も多く、お腹にずっしり溜まる。
今日は収録が2件。
1件目はINYARWANDA TVというオンライン動画メディアだ。
ルワンダをテーマにアルバム制作をすることになったきっかけ、ルワンダの音楽とベースでどのようにコラボレーションするのか、ルワンダの文化と日本の文化に共通性はあるか、そもそもなぜベースを選んだのか、などの質問が飛ぶ。
「フィールドレコーディングを行うことも考えています」
“フィールドレコーディングって何ですか?”
「自然の音を録音するんです。鳥の声とか、虫の声とか、風の音とか」
“ふむ。自然の音、、、”
インタビュアーの顔に「?」が浮かんだまま、演奏の収録に切り変わった。
こじんまりとした自社スタジオにいっぱいに響く爆発力のある演奏。助走なしでなんでこんなに跳べるんだろうといつも不思議だ。
最初の音が出る1,2秒前からそれはもう始まっている。
昆虫の研究もしているため、日本各地の昆虫の鳴き声を携帯に入れて持ち歩いている。その鳴き声とベースの音で共演するのだ。
この日の出演は、コエゾゼミ、カンタン、ケラの皆さん。
鳴き声だけでなく、その昆虫がどんな姿をしているのか描いた画用紙まで登場する。
しかも自筆。
昆虫画家としても活動している。
演奏が終わるとインタビュアーの顔がぱぁっと明るくなり
「やっと分かったよ〜!フィールドレコーディングの意味!こういうことか!こういう音を集めて使うのね!」
と、興味深そうに画用紙を何度もめくっていた。
外を歩いている時も
「あ〜これは多分ケラの一種ですね」
「あのチーチキチ チーチキチっていう鳴き声はエゾツユムシ似の何かでしょうね」
などと特定をしていく。
少し聞き取りづらい鳴き声がするとその方向におもむろに手をパーにして伸ばしている。
なんのポーズだろう、、、?と思っていると
「あ、これ、音の方向がよく分かるんですよ!どこから出てるどんな音か、手のひらで受けられるんです!」
と弾む声で答えてくれた。
山に入って昆虫の声を録音する時はよく行う方法らしい。聴覚は耳だけにあるとも限らないのかもしれない。
2件目はIGIHEというルワンダで最も歴史の長いウェブメディアでの取材。
カゲロウさん到着前に「日本からこういうベーシストが来る!」とすでに記事を書いていたメディアだ。
(概要:日本の有名なベーシストがいよいよルワンダ・キガリに来ます。21枚目のアルバム制作のためです。滞在中のスケジュールはまだ分かっていませんが、ルワンダ人アーティストとのコラボレーションイベントにも期待がかかっています。36年もの経歴、年間250回のライブを行いベースニンジャの通称も。海外イベントへの招聘も多く、今回のルワンダエッセンスとのコラボレーションを楽しみにしています)
そこに居合わせる人はわぁっ!と盛り上がったり、呆然としたり、ため息をついたり、混乱した顔をしたり、ひたすら頷いたり、様々な反応が見られる。
見る者の状態が、彼を通して、見る者に跳ね返ってくる。
同じものを映さないタイプの鏡があるとしたら、こういうことなのだろう。
演奏の時とは別人のような顔で
「お腹空きましたね〜〜!」と今日も一日が終わる。
(文・写真:masako kato)