quazero – カゼロウ今沢カゲロウ ルワンダ滞在目撃録2雨季真っ只中のルワンダは気まぐれなリズムで雨が降る。ほとんど終日しとしとと降ることもあれば、ザッと降って上がってを一日のうちに何度も繰り返すこともある。この日の午前中、目の前が真っ白になる程の降雨があった。トタン屋根は方々に音を響かせ打ち合わせのない共演をはじめる。跳ね返る飛沫は風の流れを可視化してくれ、この日は渦を巻くような吹き方ばかりだった。午後一番で学校校庭での演奏のアポイントが入っていたため、普段の生活ではあまり気にしない空模様にそわそわしていた。きっとカゲロウさん着陸時もタイミング良く晴れたから大丈夫だろう、と彼の天気運に密かに期待しながら。そして、やはり期待を裏切らなかった。「やー、大丈夫でしたねー」とカラッとした声で現れる。この日は学芸発表会で、子供達が練習した催しを親御さんに披露する日だ。小学校1年生から6年生。家庭の事情で数年学校を抜けたり、経済的な状況で学校に行けなくなってしまったり、ということがあるため 6歳から15歳くらいまでの子が通っている。日本からの特別ゲストとして特設の席に案内していただいた。子供達のパフォーマンスを見守るドラムのパフォーマンスを聞きながら、膝でリズムを取っている。ただドラムと同じように拍を刻むのではなく、何かを数えながら打っているように見えた。座ったまま姿勢を変えず、ピンっと張った革から弾ける音の粒を目で捉えているようだった。生徒の発表がひと段落すると、本日のスペシャルゲストとして校長先生から紹介を受ける。子供達の眼差しは、興味と怪訝と好奇心と不審などがあれこれ入り混じったようなものだった。それは、校長先生以外の先生の眼差しも同じだった。この人はこれから何をするんだろう、、、喧騒のさなかに一瞬の静寂が訪れた。校長先生からの紹介中 子供達の眼差しの数々それをザッと切り裂いたのは彼のヴォイス・パーカッション。ベースを持ちながらも全く弾かず、南インドの古典リズムにインスパイアされたタ行やカ行メインの早口フレーズ(コナッコル)が散りばめられる。ムという顔をしていた子供達がどわぁっと一気に盛り上がった。手を叩いて喜ぶ子や、隣の子の肩を叩いて、ねぇ!あれ!と目を見合わせる子、きゃっきゃと声をあげる子など、一瞬で場の空気が変わった。笑い声で空気が揺れるそんなことを気にも止めない様子でひたすら全力でパフォーマンスをする。お客さんが盛り上がっていようがいまいが関係ないんじゃないかと感じさせる彼の姿は、ただただ表現が溢れている。いちいち小さな反応に惑わされることは無いのだろう、豪速で過ぎ抜けてカラッとした顔でまた別のところに現れる。朝の雨飛沫の渦はこのシーンの予知だったのだろうか。1970年代ルワンダの切手に蝉が登場 今はあまり鳴き声を耳にしない「みんなコナッコル(ヴォイス・パーカッション)が好きなんですね〜」と演奏後の移動中にぽろりと。盛り上がりのうちに幕を閉じた今沢色に満ちた一連のパフォーマンスだったが「音楽が好きなんですね〜」や「ベースが好きなんですね〜」や「楽器が好きなんですね〜」ではない発言が、彼をますますベーシストからぼやけさせる。確かにベーシストさんなんだが、ベーシストということばでは表しきれない何かがある。ルワンダ側で様々なアポイントを取る際に、最も的確に彼を描写できる文言を編み出せず歯痒い思いをしていた。何者なんだろうか。それは今も模索している。翌日、挨拶をしに学校に立ち寄ると校長先生自らベースを弾くモノマネをして迎えてくれた。「もう、あのあと大変だったんだから!子供たちも先生も親御さんもみーんなベース演奏の真似して!来てくれて本当にありがとうね!ああいう将来の道もあるって示せてよかったわ」フォトショップやイラストレーターを自在に使いこなすルワンダ人にどこで勉強したのか聞くとYouTube、中国語がペラペラなルワンダ人にどこで勉強したのかを聞くとYouTube、インターネットの恩恵により学びへのアクセスは容易になっている中でもなお、直接の体験のインパクトは色褪せない。YouTubeで演奏を見るのと、生で見るのでは大違いなのは明らかで、特に彼のスタイルはその違いが如実すぎる。しばらくしたらまた子供達に会いに行ってみよう。明日もベース一本アンプ一台を携え、mind-blowingの旅は続く(文・写真:masako kato)
quazero – カゼロウ今沢カゲロウ ルワンダ滞在目撃録1QR1387便その名前を彷彿とさせるフライトと共に今沢カゲロウ (Quagero Imazawa) はルワンダの地に降り立った。前回に比べほんの少しだけ、ほんのほんの少しだけ柔和に見える表情は2回目の訪問ゆえか。長期の滞在になるはずなのに、小ぶりのスーツケースにそのほとんどをまとめ、ベースと共に歩いてきた。本当にこの人は身軽でひゅうっと風のようだが、通った後には「いま、通ったよね」と誰もが分かる体感を残していく。そして気づいた時にはもう過ぎ去っている。強くも弱くも自由自在、まっすぐもうねりも思いのまま、立ちはだかるオブジェクトの輪郭どおりに吹き抜けることもあれば、オブジェクトを吹き倒すこともできる。この地にどんな温度をはこび、そして持ち帰るのか。21枚目のアルバム制作がはじまる。彼と知り合ったのは9月17日、渋谷のライブハウスでのトークイベントで共演させていただいた。ルワンダに在住して2年になるが、さすがにベーシストさんとの共通の話題が全く思い浮かばず、本番まで完全に無防備だった。渋谷のライブハウス SANKAKUでのトークイベント「ルワンダ、行ってみます、全く発掘されていない音楽性が眠っているので」そう聞いたのはイベントのたった数日後。「ルワンダをテーマにアルバム作ります」そう聞いたのもそれからたった数日後。「アルバム制作のためにクラウドファンディングやります」そう聞いたのもそれからたった数日後。速い絶対bpm (絶対リズム感) を持つ人物だとは聞いていたが、これは錘を下げ切った208を超えているだろう。たまたまルワンダにてガイド業を行なっていたこともあり、今滞在のお手伝いをさせていただけることになった。前々からルワンダにお客様をお迎えするたびに、彼らの反応に惹きつけられていた。お客様を通して、毎度新しいルワンダを私も発見できるからだ。いつかその目をジャックして、そのこころに成り代わり、ルワンダを共に見つめてみたいとおもっていた。今回ご本人の許可をいただき、密着取材が可能に。我ながらガイド兼密着取材はなんとマッチ度の高い仕事だろうと感じている。今沢カゲロウの目撃録としてガイドmasako katoがここから数回に渡ってお届けする。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<到着初日>メディア関係者もカゲロウさんに挨拶をしたいとのことで一緒に空港でお出迎えを。軽く打ち合わせののち、二度目の街に出て行く。直前まで大スコールに見舞われていたが、彼の到着と共にからりと晴れた。首都キガリ随一のルワンダ料理店にて21:00からライブが行われるため、31時間フライト直後にもかかわらずゲスト出演へ。普段の生活リズムを知らないが、有り余る体力を見るにつけ肉体が無いんじゃないかと錯覚する。何を源に生きているんだろうか。何種類もの機材と何本ものケーブルを組み合わせてセッティングを行う。素人ながら手伝おうとすると「いや、大丈夫なんで」とはっきり制された。一人で黙々と準備をする背中を見て、これまでプロ活動歴29年間、4,400公演をこうやって戦ってきたのだと片鱗が見える。幼稚園から老人ホームまで。150万人の聴衆から0人まで。あらゆるところに一人で現れて一人で去っていく。ただし一人ではあるが単体ではない。そういう印象を受けた。スタンダードなジャズバンドに混ざりカゲロウ色を差していく。ハイクラスレストランの床に散らばる昆虫の絵。それをさらにジャケットで風を起こして吹き上げる。違和の連続に、観に来ていた女子グループは始終wow…wow….! と吐息交じりに連呼する。パフォーマンス後、ルワンダ人奏者が駆け寄ってきて「あれはなんだ!?日本の伝統芸なのか!?」と興奮気味に尋ねてきた。明らかに何かの滴を落としている。その瞬間を見てしまった。実は、出番待ちの間、ずっと歩き回りながらウォーミングアップをしていたが、ある瞬間に突然隅の椅子に座り込んだ。「何も起こらなさすぎて、イライラしてきた」と、文字通り頭を抱えていた。至極真っ当なバンド演奏は彼にとっては揺らぎが少なかったのだろう。そういうことを経ての、あの色だった。黙々とまた一人で片付けをする。今滞在中、一体いくつの差し色を目にするだろうか。カゲロウ - 四億年前から存在し地球上で初めて獲得したその羽のように、全ての色を見尽くしてもなお透明かもしれない。(文・写真 : masako kato)
こんにちは。目標金額50%超を連休明けの0時ジャストに知り、喜んでいるところです。皆さん、ありがとうございます!引き続き、ルワンダにて、音楽探究の旅を続けていきたいと思います。今回は、ルワンダの古典楽器でありながら、現役の演奏家が極めて稀少なイナンガという楽器について。その奏者、Deoさん(写真右)と会合しました。ジャムセッション後、イナンガの構造や弾き方についてレクチャーを受けました。木製のボディに張られた11弦は、繋がった1本の糸で構成されています。6弦ベースでもこの技術、応用できないかな・・・。現在は靴を作るための糸が弦として使われているようです。王政時代に、王様やその家族が寝る前に聴く音楽として、あるいは朝起きた時の音楽の演奏として使われていた楽器です。チルアウト専門楽器といった感じでしょうか?それででしょうか?他のエリアのアフリカ古典音楽とは違う、独特のドローン感があったんですよね。ちなみにこの楽器をインスト楽器として使っていたのは、ブルンジで、ルワンダでは歌の伴奏楽器として使われているそうです。この楽器の演奏、技巧を受け継ぐべき存在は、25年前のジェノサイドでほとんどが亡くなってしまい、現在の継承者は非常に稀少な楽器でもあります。そんな稀少な演奏家の一人、Deoさんにお会い出来て、音を出せて、楽しい時間でした。(photo by masako kato)
今沢カゲロウです。あれから支援は41%に達しました。まだ始まったばかりであるにもかかわらず、熱いメッセージのこもったご支援、ありがとうございます!前回のルワンダ・キガリ空港に到着時からの続きです。ルワンダ首都・キガリに到着するやいなやテレビ出演を直前に控えた国民的歌手・マニ・マーティン氏サイドから連絡が。早速関連事務所で会談しました。実はマニは今年来日しており、日本各地を数カ所ツアーしておりました。それについて話したのち私が21枚目のアルバムの制作をルワンダで開始したい旨を伝えるとルワンダの音楽事情について貴重なパワーワードが続出気がついたら音を出していました。私のソロ後デュオトリオのセッションが。なぜか私はベースを弾いていない(笑)。ルワンダの典型的なリズムを教わりつつ、そちらにはまっていきました。その後、マニはTV番組生出演へ・・・・。(続く)(photo by masako kato)
2019年10月21日(月)0時。【アフリカ・ルワンダ 未知のリズムと音楽探究の旅】クラウドファンディングがスタートしました。”現地で未知の世界を吸収し、これから一緒に未知の音楽を切り拓いていく方向で考えています。”という未知数あふれる私のたくらみに賛同いただいた皆さんのおかげで、初日は目標額の23%のご支援をいただきました。未知なるものは不安でいっぱいです。リスクもたくさんかかえている。にもかかわらず、皆さんのポジティヴな支援の気持ち、エネルギーのこもったメッセージをたくさんいただきました。本当にありがとうございます!ここから一緒にネクストステップへ。新しい景色をともに見ていきましょう。気がつけば私は、22日(火)深夜にドーハ経由で、アフリカ・ルワンダの首都、キガリに向かって旅立っていました。トップ写真はキガリの空港に23日(水)についた直後の写真。その後、フレンドリーな町の子ども達と挨拶をしながら解放感とこれから地球唯一のものを生み出していくワクワク感と共に街を歩いていました。そんな中、テレビ出演を直前に控えた国民的歌手・マニ・マーティン氏サイドから連絡が・・・。(続く) 引き続き、応援よろしくお願いいたします。(photo by masako kato)