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現在の支援総額
821,000円
目標金額は700,000円
支援者数
82人
募集終了まで残り
終了
このプロジェクトは、2020/01/17に募集を開始し、 82人の支援により 821,000円の資金を集め、 2020/02/28に募集を終了しました





現在の支援総額
821,000円
117%達成
目標金額700,000円
支援者数82人
このプロジェクトは、2020/01/17に募集を開始し、 82人の支援により 821,000円の資金を集め、 2020/02/28に募集を終了しました
もう少しですね\(^-^)/
2014年から17年にかけて何度かマンダレーに滞在し、ザガインの慰霊塔を見て、おびただしい数の日本人名に驚きました。帰国後ミャンマーでの日本軍に関する本をたくさん読みました。清水さんがミャンマーでたいへん意義深い奉仕活動をされており、その上、今回のプロジェクトの立ち上げは純粋なお気持ちからのことで、熱意をもって取り組んでおられることがよく分かり敬服しています。しかし私にはあの慰霊塔が「日本とミャンマーの懸け橋」になるものとは思えないのです。ご承知のように戦時中の日本は、英国のミャンマー占領を終わらせるために、独立と称してミャンマー人を友軍として戦わせ、インパール作戦では補給を無視し、ミャンマー人から徴発や略奪をしながらの無茶な作戦でした。東部の中国国境での悲惨な戦争も同じようなことだったようです。そして最後にはミャンマーは日本を敵国として反撃し、3月27日の国軍記念日はその反抗の日です。つまり慰霊塔は日本人にとっては慰霊であっても、ミャンマー人にとっては本来そのような気持ちにはなれないのではでしょうか。しかしこのような旧日本軍隊の人たちが建てた慰霊塔は、日本軍最後の戦闘地となったメッティーラでも、インパールから退散したミッチーナでも見られるのは、ミャンマー人の過去に拘らない広い心によるもので、私たち日本人はそれに甘えているのではないかと思います。もし仮に逆の立場であれば、日本は他の占領国に対してそのようなことを許すでしょうか。実際、中国はもとよりマレーシアでもシンガポールでも多くの日本人が亡くなったでしょうが、それらの国では抗日の記念碑はたくさんありますが、日本人の慰霊碑なんて作らせてもらえません。また敗戦国日本政府が、東南アジアの国々への戦後補償交渉が難航する中、ミャンマーがいち早く承諾してくれ、それによって各国への補償額の基準が定まり、以後の交渉が進捗したとのことで、ここでも日本はミャンマーの寛大さに大変な恩を受けたようです。 ミャンマー人の80歳代の人とお話したとき、私が日本人なので気を遣われたのか、「戦時中、日本人は良かったが、日本軍の中にいた朝鮮人や台湾人は乱暴だった」と言われました。当時日本人として徴用された朝鮮半島の人や台湾の人たちも軍属として大勢最前線で戦わされたはずです。しかしそれらの人の名前はあの慰霊塔に刻まれているでしょうか。私は全部を見たわけではありませんので分かりません。さらに軍隊に物資を提供する民間人もたくさんいたはずで、敗戦時には多くが川に流されたりジャングルで息絶えたでしょうが、慰霊塔に刻まれた名前とは無関係でしょう。 慰霊塔は日本人には多くのことを語ってくれますが、ミャンマー人にとってはどうなのでしょう。ご承知かと思いますがマンダレーの62st、31&32stの日本人が建てた日緬山竪琴寺はミャンマー人の僧侶が管理し、近在の人たちがお参りしてお寺を守っています。マンダレーの北にあるYenatha村には日本のハンセン病患者の方が寄贈された小学校があります。こうしたものはミヤンマーの人たちに喜ばれ生かされ、真に日本との懸け橋となるもので、それなりに適切な維持管理もされます。 慰霊塔は間違いなく日本人有志の熱意と努力で建てられたものですが、ミャンマーの人たちに喜んでもらえるというものではなく、また当初から維持管理のことが十分に考えられていなかったので、今のようなことになったのでしょう。今回のプロジェクトは初期の目的は達せられるでしょうが、今後数10年後にも同じことにならなけれな良いですが。勝手なことを言いまして申し訳ありません。