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福井県鯖江市に開設するクリエイティブセンターに新しい仲間を迎え入れたい。

PARKでは、念願の施設の開設に伴い、積極的に活動するため事務局常勤職員1名を迎えたいと考えています。 しかしながら、想定外の工事が必要やトラブルがあり資金不足が深刻になってきました。現時点で常勤職員1名を雇用する十分な資金が不足しています。私たちに新しい仲間を迎え入れさせてください。

現在の支援総額

781,000

19%

目標金額は4,000,000円

支援者数

49

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2017/06/15に募集を開始し、 49人の支援により 781,000円の資金を集め、 2017/08/12に募集を終了しました

福井県鯖江市に開設するクリエイティブセンターに新しい仲間を迎え入れたい。

現在の支援総額

781,000

19%達成

終了

目標金額4,000,000

支援者数49

このプロジェクトは、2017/06/15に募集を開始し、 49人の支援により 781,000円の資金を集め、 2017/08/12に募集を終了しました

PARKでは、念願の施設の開設に伴い、積極的に活動するため事務局常勤職員1名を迎えたいと考えています。 しかしながら、想定外の工事が必要やトラブルがあり資金不足が深刻になってきました。現時点で常勤職員1名を雇用する十分な資金が不足しています。私たちに新しい仲間を迎え入れさせてください。

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こんにちは。福井県鯖江市河和田地区で“ものづくり”と“まちづくり”に取り組む一般社団法人「PARK」です。

 

河和田ってどんなところ?

福井県鯖江市河和田地区は、1,500年以上の歴史を持つ越前漆器の産地。専門の職人が集まり、その技術を長年受け継いできました。 また、明治時代以降、この地域の職人が数多く眼鏡の生産にたずさわってきたことから“めがねの発祥地”とも呼ばれています。

 

 

河和田は、先人から受け継がれてきた“ものづくり”の精神と文化が、今もなお、脈々と息づいているまちなのです。

河和田は、三方を山に囲まれる自然豊かな地域。伝統薬味“山うに”や和のハーブティ“桑の葉茶”など、地域の気候や風土から生まれた独自の食文化も根付いています。

豊かな自然のもとで受け継がれてきたものづくりと暮らしは、河和田の魅力。近年、この魅力に惹かれ、移住者が集まりはじめました。

その一方、食生活の変化による漆器の需要減少や安価な海外製品の流入で、地元の産業規模は縮小の一途をたどっています。このような地域産業の衰退に伴い、人口減少も深刻な課題です。

 

PARKってなに?

PARKは、河和田のものづくりとまちづくりを推進するべく、2015年6月、移住者を中心とするメンバーによって結成されました。これまでに、『河和田 秋の実りの音楽会』や『さばえものつくり合コン』など、河和田の風土やものづくり文化を活かしたイベントを企画・運営。これらの取り組みは、月刊誌『ソトコト(2016年2月号)やウェブマガジン『greenz.jp』といったメディアでも採り上げられてきました。これまで企画・運営してきたプロジェクトについても、今後、詳しくお伝えしたいと思います。

また、PARKでは、結成以来、かつて眼鏡工場だった施設を活用し、“創造性や技術を発揮できるものづくりの場”と“ヒトとヒトとがつながる交流の場”を融合させたクリエイティブセンターの創設にも取り組んできました。2017年春のオープンを目指し、準備を加速させています。

PARKに誰がかかわっているの?

PARKを構成しているのは、東京でミュージシャンのマネジメント業に従事していた代表理事の浜口真一をはじめ、国際見本市『インテリアライフスタイル東京』のヤングデザインアワードを2015年に受賞した北海道出身の丸物木地師・酒井義夫、オランダでデザインを学んだ後、家業の関坂漆器を継ぐためにUターンした関坂達弘、デザイン+ものづくりユニット『TSUGI』を率いる京都精華大学出身の新山直広、環境教育支援NPOの職員である楳原秀典、眼鏡職人を目指し大阪から移住した今川心平、木工とその会社の社長の人柄に惚れ込み移住した永富三基、河和田がものつくりの聖地だと北海道から移住した山口大樹、山口のパートナーであり、札幌でのアーティスト活動を経てともに移住してきた森本めぐみ。いずれも、日本各地から河和田に集まってきた移住者と帰住者です。また、顧問の岡田康男氏と監事の丹羽栄恭氏も、PARKの志に賛同し、積極的に支援してくれています。メンバーたちの詳しい紹介は後ほど掲載します。

 

それぞれ異なる経歴を持ち、移住の動機やタイミングもバラバラだった私たちは、偶然、河和田で出会い、つながり、ともに悩み、考え、行動していくうちに、豊かな自然、生業としてのものづくり、日々の暮らしを営むまちが、ゆるやかに循環する“河和田らしさ”こそ、次世代に引き継ぐべき貴重な価値だと改めて感じるようになりました。

PARKは、なにを目指しているの?

PARKは、河和田の豊かな自然、長年受け継がれてきたものづくり、そして、僕たちが暮らすまちが、伸びやかに循環し続け、持続可能な未来につながるよう、願い、行動し、生きる、すべての仲間のために存在しています。 


 

PARKでは、incubation(育成)、innovation(革新)、immigration(居住)の3つのアプローチから、仲間たちを応援します。

 具体的には、木工工作機器や眼鏡工作機器のほか、最新のデジタル工作機器を備えたシェアファクトリーを開設するとともに、起業をサポートするシェアオフィスを併設。新しい商品・サービスやビジネスを生み出す場を提供します。

 また、食事を囲んで仲間と集まり、交流できるカフェや定期的に開催するワークショップ、イベントを通じて、互いの創造性を刺激し合い、新しいアイデアが湧き出す自由な空間をつくっていきます。

   もちろん、なじみのない土地で、日々、仕事に邁進するためには、安心かつ快適に心身を休めることのできる居住環境も必要。PARKでは、新しい生活への第一歩となるルームシェアスペースもオープンします。

何のためにクラウドファンディングするの?

PARKでは、結成以来すすめてきたクリエイティブセンターの開設に伴い、さらに積極的な活動を展開するべく、事務局の常勤職員1名を新しい仲間に迎えたいと考えています。

改修に伴う費用は会費やご寄付、銀行融資などで捻出してきました。しかしながら、想定外の工事やトラブルがあり資金不足が深刻になってきました。現時点で常勤職員1名を雇用する十分な資金が不足しています。私たちに新しい仲間を迎え入れさせてください。


クラウドファンディングの目標額はいくら?

400万円を目標額としてクラウドファンディングを実施します。これらの資金は、PARK運営事務局で新規採用する常勤職員の人件費、活動費に充てさせていただきます。

クラウドファンディングのお礼

ものつくりを目指し移住してきたメンバーが多いのでその紹介を兼ね色々なお礼を用意いたしました。鯖江まで足を運んでいただけない方にも、この豊かな自然文化あふれる福井の素敵な人たちが作る素敵な品々をお届けします。

最後のご挨拶

PARKプロジェクトも足掛け3年になります。妄想から始まった試みも後もう少しでスタートを切ることができます。その間に多くの方々からのご支援、ご教授がありました。そして沢山の仲間ができました。なかなかうまく進められず申し訳ありません。この場で改めてお詫びとお礼を申し上げます。これからは、より早く軽やかにワクワクと妄想を広げ楽しい場所にしていきたいと思います。ぜひ皆様からの応援を山間の町でお待ちしています。

支援に関するよくある質問

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  • 今回のメンバー紹介は楳原秀典くん、通称がっちゃん。がっちゃんは鯖江の環境教育などを行なっているNPOの事務局で働いているということは聞いていたのだけども、会う機会がなかなかなかったのでパークメンバーとして関わるのは結構遅めだったと思います。多分皆んなで使える工場を作るっていうのがそもそものアイデアの場所だったからだと思います。合流後はパークとして鯖江市の提案型市民主役事業などでディレクターとしての役割を果たしてくれたり、多様な人との関わり方担当?になってます。でも左官をやっていたので、土間を打ったり、壁塗ったりする時、確実で丁寧な仕事をしてくれます。   ●河和田に辿り着いた経緯からお願いします。 「思えば11、2年前、大学の3回生のときにアートキャンプで初めて来て。本当に冷やかし程度だったんですけど、翌年も冷やかしで来てっていうのがずっと続いて。ただそれ以前に、精華大学の建築科は結構ヘンで。家を作るというよりは、そこでの関係性を見るみたいなことを勉強してて。でまぁ卒業して左官屋さんを3年間やってみたら、ものを作る、たくさんのよくわからないゴミが出る、しかも感謝されているのかわからない状況がそこにはあって。お金がもらえてもなんか楽しくない、シアワセに繋がってないなーっていうところで選択肢から外して。じゃあ伝統にいくか、別のほうにいくかってなったときに、アートキャンプの事務局のお誘いに乗ったのが運の尽き、河和田に来てしまったという(笑)。さらに丸山さんと一緒に暮らしだしたのも相当大きくて。あれがなければまた違う方向に行ってたんだろうなぁと思いますよね」 ●一緒に住むキッカケというか、河和田に移住したときからずっと丸山さんのお宅に? 「いや、来た当初はアートキャンプの古民家に住んでたんだけど、1年経って辞めることにしたときに、次の家も仕事も何も決めてなかったんですよ。そしたら今の仕事先から“働く?”って言われて、話を聞きに行ったら、悪くない。けど住む家がないから。アートキャンプで知り合った人たちに相談していたら、前田モータースのおばあちゃんが丸山さんのところに連れ行ってくれて、“うちの2階が空いてるよ”みたいな話になって、“一回、持ち帰っていいですか”って言って」 ●家を借りるんではなく、一緒に住むって話だから。 「そうそう。でも面白いなってチョイスして住んでみたら居心地が良くて、居ついてしまったというね(笑)。だからこう、大学時代は下宿したり、友達んちに転がり込んだりしてて。左官屋さんの頃は京都の山科に住んでたけど、実家が近くてすぐ帰れたし。事務職では河和田と京都を行ったり来たり、そこから丸山さんちに移ってもやっぱり間借り感が抜けなくて。鯖江にいてるけど、移住しましたって気持ちにはなれなかったというか。今、彼女が奈良から来てくれて、河和田で一緒に住み始めて、ようやく自分ごとになってきたところはありますね」 ●がっちゃんの仕事についても聞きたいです。 「よく言えば、どんぐりお兄さん(笑)。いわゆる指定管理としての仕事をうちのNPOが受けてて。そういう行政的なことを最適化させたお仕事な部分と、子供たちに大切なことを教えるどんぐりお兄さんな部分と」 ●どんぐりお兄さんというのは、どんぐりを植えて、山を活性化させる活動って認識であっている? 「それもありつつ、もうちょっと広いイメージで。例えば、植樹事業しますって言っても、市民に呼びかけて100人来ました、OK!ではなくて。植える前に幼稚園に行って、川も大事なんだよ。山が綺麗じゃないと生き物が育てないんだよ。それでどんぐりを植えるんだよ。でもこれが大きくなったら使わないといけないんだよっていう、全体的なサイクルを伝えていく。その流れで漆器の話をしてみたりもする。鯖江の環境のお兄さん、かな」 ●それって鯖江、特に山に囲まれた河和田地区にとっては、ものづくりの未来と同じくらい大切なことだよね。 「けどものづくりをやってる人たちは、ものを作って、それを何に投資するか?というときには、材料とか、機械とか、まずそっちへ行かないといけなくて。じゃあその次に守るべきものはなんなのか?ってことなんやけども。経済と繋がりの強い人は“いや、産地としてもっと経済力のあるほうへ舵を取っていくべきなんだ。そしたら雇用も生まれるでしょ”ってなっちゃう。でもそれで本当に残すべき部分は残るの? 魅力ある、居心地のいい、子供を育てやすい場所に対しての投資は、そのカタチでできるの?というときに、僕らみたいなのが入り込む余地が出てくると、まだなんとかなるのかなって気持ちがあって。  石見銀山で活動している人は“49%がビジネスで51%が文化っていうのが、自分たちのやっていることだ”と言っていて。食べていけるぶんに1、2%を上乗せして文化にしていくことで、古民家が守られて、景観が守られて、そこでの本当の暮らし方も守られていく。そういう意識の部分でいうと、鯖江、河和田はどうなんだろう?っていうね」 ●話を聞いていると、どんぐりお兄さんとしての活動と、PARKでのがっちゃんの役割はリンクしているような気がします。 「そうそうそう。自分の生き方として何がシアワセかなって考えたときに、周りのみんながある程度シアワセな状態であるといいよね、みたいな。前に建築家の黒川紀章が“共生”について話してて。“曖昧な部分がないと楽しくない。まちづくりでもグレーゾーンを作ると、そこに人の流れが生まれるんだ”とか、“新陳代謝する建築だ”っていう言葉には素直に共感するし、思想としては多分近いんですよ」 ●PARKも完成しない感じがするものね。 「本当に。増えたり、外したりを繰り返しながら、ずっと変わっていって、なんとなく新陳代謝し続けていくのが気持ちいいから」 ●続けていく中ではいろんな人と出会って、絡んで、進んでいくわけで。PARKでどんな人と出会いたいですか? 「そのへんがねー。もともと人間が好きじゃないっていうか(苦笑)。目覚めがわりと最近で、愛ゆえにって感じなんですけど」 ●あらら。なんだか素敵な言葉が。 「愛が深いぶん、いろんな人と関わることに疑問を持つ感じがあって。なんかね、ひとりで暮らしていこうと思ったらできる気がするんですよ。自分的にそれは一番愛がないんだけど、平和な環境を作る方法だろうなって思ってて。人を好きになると誰かが怒ったり、愛が強すぎると争いにも繋がるし。だから地域の人に“フラットになりましょ”って言いながらも、人との関わり方をフラットにするって難しいよな。あの人も、この人も、きっと愛が強いんだ。まちの中って愛の相関図がすごいあるよなーと思って」 ●みんなが少しずつ手放せればいいんだろうけども。 「それをうまく拾い上げて、次の世代へ拡散させるっていうね。ものづくりをやってる人は、やっぱりものづくり愛で偏っちゃうから、何か作るんだったら環境も守れよって言っても絶対無理やし。そこは曖昧な人が曖昧なことをやるしかなくて」 ●曖昧な人の集まりがPARK? 「曖昧な部分をなんとなくわかる人がいてる。ものづくりがしたいんだけど、このままだとできなくなるってわかってるから、大樹が悩んでるとか。でも僕らは毎日そこに携わってるからやるべきこともわかるし、そういうサポートをしてあげたいな、少しラクになるといいなっていう、中間支援的なイメージ。ただ、これから子供を持つ立場になってきたときに、自分がどういう関係性を作っていけるのかな。今はお兄さんとして気軽に話してるけど、お父さんになったときにどういうふうにしていくのかっていうのは、もうちょっと、んー、まぁそれはそれで楽しみかな」 インタビュー 山本祥子 もっと見る
  • 今回のメンバー紹介は、顧問の岡田さんです。岡田さん(こそっとみんなは岡ちゃんと呼んでます)。ある日突然にいくんから紹介されました。今改修しているカフェにカウンターがあるのですが、そこに4畳半の和室があり、そこが昼間は事務所、夜は寝床と生活するすべての場所でした。そこで岡田さんのこれまでの色々な出来事を伺ったり、僕(浜口)が福井に来た「福井県ふるさと起業家支援事業」のメンバーへの支援をしたいと県庁にまで言った話などを伺いました。あの頃に頑張っていたことが岡田さんという素晴らしい経営者に認めていただいていたことをとても嬉しく思いました。その頃はまだPARKの組織も何もない状態でしたが岡田さんの強力な後押しとご支援があったのでここまでやってこれました。今後早く安心していただけるように自主独立し継続的に活動していける組織にしていきます!   ●メンバーの中で岡田さんは立ち位置も含めて、かなりイレギュラーな存在ですよね。 「できるだけ黒子、完全に第三者の視線ですよね。若い人たちが福井の河和田に来て、新しいことをしようしていると聞いたので、じゃあ支援というカタチで少しお手伝いをしようかっていうのが始まりなんです。私がハッピーリタイアできたのは、もちろん自分が一生懸命やってきたこともあるけども、何より世間の皆さんに助けてもらったからこそなので、まぁかっこよく言えば、社会貢献ですよね。恩返ししていきたいなぁというのと、家に居たくないというのと(笑)。そうかと言って今から勤めるというのもね、ヘンに肩書きを持っている分、どこも雇ってくれませんし。もといた会社からは「うちならいくらでもいていいよ」って言われているけど、会長までやって、いまさら現場に出るのももうひとつこう……。そんなことを考えながらテレビを見ていたら、めがね会館の8階にあるjig.jpの福野(泰介)さんが紹介されていて、面白い人やなぁと思って、ふらふらーっと会いに行ったんです」 ●そこからどうPARKへつながっていくのか、気になります。 「まず福野さんとつながって。牧野さん(鯖江市長)のところへ挨拶に行くことになった際に、「じゃあ新山さんも呼びましょう」って言われて、そこで新山さんとお会いして」 ●新山くん経由だったんですね。 「そうそうそう。ただ新山さんは当時、市役所を辞めて会社を起こすタイミングで、ものすごく忙しくってね。福野さんからは「IT企業やデザイン事務所っていうのは、パソコン一台ありゃあなんでもできちゃうから、あまりお金は要らないんだよ」と言われたし、新山さんも同じようなことを口にしていたんです。そして「支援は自分に直接というより、PARKという団体があります」って紹介されて。そう、それがすべての発端ですわ」 ●世代的にハッピーリタイアされる方は少なくないと思うんです。でもそこでご自身の豊かな老後とかではなく、地域への還元・社会貢献に意識を向かわせるってなかなかできないことで。 「正直、現役時代はゴタゴタがいろいろあったんですよ。しかしそれでも自分が社長になってからは比較的順調に展開することができた。社会への恩っていうのを常に感じてたんですよね。しかも2人の息子は、それぞれ自分で相手を見つけて独り立ちしているものですから、夫婦のことだけを考えればいい、そういう心の余裕もあるわけで。だからまぁ毎日大人しくしてりゃあいいんだけども、家にいると自分が埋没していくというのかなぁ。とにかく社会となんらかの接点を持っていたい、できれば外に向けた活動がしたかったから」 ●様々な機能と可能性を秘めているからこそ、至極言葉にしづらいPARKの話を最初に聞いたときは、どうお感じになられましたか? 「人の溜まり場であり、ご飯が食べられて、自分のアイディアを試作して、県外から来た人でもすぐに何か始められて、「こんなの作ったの?」、「もっとこうしたらどう?」なんて喧々諤々意見を交わすこともできて、場合によっては泊まれる。これは私が現役時代に理想としていたことであり、しかし一般企業では滅多にできないことなんですよ。よっぽどトップ同士が仲良くて、一定の契約を結ぶなりした上で、お互いの企業秘密を公開しあってやることは可能ですけども、そこに至るまでにはものすごく時間がかかるわけで。今、コワーキングスペースはあちこちにできてますが、ここまでいっぺんにいろんなことをやろうしてる場所はないと思いますよ」 ●そこは福井、鯖江、河和田というまちの特性も多分にありますよね。眼鏡、漆器、木工、和紙、陶芸、繊維、ものつくりのまちであるということが。 「まさしく。素直に、これはいい、素晴らしい!って思えたから、お手伝いしようと決めたんです」 ●岡田さんが経営してらしたエネックスは、レーザープリンタのトナーのリサイクルの会社とお聞きしました。まったく違うところから、スーッとPARKへ視線が移行できる、素直に面白がれるのは、すごいなぁと思う。 「いえいえ、そうは思いません。漆器や眼鏡のことはまったくわかりませんが、もともと私は繊維業界の人間ですから、ものつくりという原点は一緒なんです。残念ながら繊維が一番衰退しましたけど、大手しか残っていませんけどね。それは会社が大きいからじゃなくて、新しいことに挑戦し続けてきたから。なので新しいことを面白がるのは身についているというか。しかもPARKに関わり始めて3年、私の中ではもう違和感がまったくないんですよ」 ●なるほど。まさにここ3、4年で河和田にはTSUGIができて、ろくろ舎ができて、aTawや漆琳堂のショップもオープンして、新しい流れが生まれています。 「PARKのあとがどうなるのか、まったく予測できませんけど。それでも河和田のメインストリート、十字路の一番わかりやすい場所にあるPARKから新しい流れが生まれるのは、いいことやなぁと思いますね。正式にPARKが動き出したら、とりあえず河和田へ評判を聞きに行こうと思っていて。決して歓迎ムードばかりではないでしょうが、誰も体験したことのない場所を作るんだから仕方がない。逆に言えば、嫉妬されるくらいになりゃ大したものですよね」 ●では、岡田さんはPARKでどういう人と出会いたいですか? 「難しい質問だなぁ。何か新しくやってみようって人に来てもらえればね。できれば創造性が高くて、行動力のある人かな。今のメンバーとは違う雰囲気の人がきっと楽しいよね」 ●そこも含めて、PARKに期待することを聞かせてください。 「とにかく、PARKブランドのものが世に出るのが最高ですよね。完成に至るまではなかなか大変でしょうけど、メンバーとの打ち合わせの中で、既にいろいろな面白い企画が出ているんです、工業畑を歩いてきた私からは到底生まれてこないアイディアが。ガチャポンもそのひとつでしたけどね。木工職人もいるし、デザイナーもいるし、眼鏡職人もいるし、それぞれの観点から発展性のあるものをカタチにして、皆さんに提案できたら嬉しいなぁと思います。しかもできるだけ早く!」 インタビュー 山本祥子 もっと見る
  • 今回のメンバー紹介は、山口めぐみさん、めぐみちゃんって呼んでます。山口大樹の彼女として神明の秋吉で紹介されました。その後遠距離恋愛を成就!させ結婚を機に鯖江河和田に引っ越して来ました。その後七穂が生まれママとして頑張る姿は、PARKの未来の役割に強く繋がってるなぁと思っています。今後のアーチスト活動がどうなっていくのかワクワクしながら見守っていきたいですね。   ●PARKのメンバーは関西からの移住者が多いけれど、めぐみちゃんは結婚を機に北海道から福井へ来たんですよね。 「はい。うちの夫というか、(山口)大樹さんがヤマト工芸で働き始めて。最初は“なぜ福井に?!”と思いつつ、しばらく遠距離恋愛の期間がありまして。そしたら向こうで働いていた会社に在宅勤務の話が持ちあがったので、それなら福井でも働けるねってことで、2人で住める家を探してやって来る手筈だったんですけど。その在宅勤務の話が頓挫してしまい、でも家は決まっているしで越してきたのが私がここにいる経緯です。なんとかなるかなと思って来ちゃったけど、結構大変。あはははは」 ●大変なことというのは、例えばどういう? 「最初はペーパードライバーで、車も持ってなかったし。にもかかわらず、越して来てすぐに一番近くのスーパーが潰れてしまって」 ●確かに。今の河和田にはTSUGIがあり、ろくろ舎があり、漆林堂の直営店もできてって、新たに生まれる話ばかりだけども。 「そう。華々しくなる前に引っ越してきたので。ただとなりまちと比べると、コミュニティバスが1時間に1本ですけど通ってたりして。だから今は大変だけどなんとかやっていける田舎、みたいな感じで過ごしていますね」 ●お子さんが生まれて今はお休みされてますが、普段の仕事というのは? 「眼鏡の修理です。ハローワークに行ったときに、鯖江は眼鏡や漆器の産地だし、眼鏡の仕事もいいなくらいの軽い動機で探し始めて(笑)。特に何も考えてなかったから、バフを掛ける仕事に応募して受けに行ったら、明らかに“女の人が来ちゃったか……”って空気になって。眼鏡の製造は男の人の仕事が多いんですよね。でもひとつだけ“女性が多く働いてる職場です”と書かれた会社を見つけて。修理屋さんは鯖江でも6件しかないのかな。他の地域でも、全国から壊れた眼鏡を集めてやっている会社はそんなにないと思うんですけど。なんか面白そうと思って行ったら、ササッと決まってしまったっていう」 ●越してきた、仕事も決まった。さらにPARKに参加することになったのはどうしてでしょう? 「面白そうだったから? あはははは。私はもともと絵を描いて発表したりしていて。そうやって何か作ってるとか、作ってなくてもやりたいことをやる人たちのグループと自然につながって、仕事が終わったらそこに行くっていう感じがあったんです。でも福井に来たらそういうのがなくて。私が来る前からPARKに参加していた大樹さんが隣でワシャワシャやってるのが羨ましいなって思って、ついつい関わっていってしまいました」 ●多様なメンバーの中で自分の役割って考えたりしますか? 「みんな職人肌なのでそれぞれにこだわるポイントがあるし、お互いの専門領域には口を出しにくいというか、遠慮する部分があると思うんですけど。私は全然職人肌じゃないのから、“それ、わかんない”みたいなことを結構言うんですよ。なのでPARKではそういうヘンなことを言う役というか。結果、“それはイケてない”って却下されたりもするんですけどね」 ●おしゃれチームに(笑)。 「そうそうそう。だからおしゃれじゃない人担当って感じ。フフフ」 ●PARKに参加すると必然的に何かしら発信する側になるわけですが、そこに対してはどうでしょう? 「んー、私がRARKに行くのは友達がほしいからで。友達がほしいときに相手から手を差し伸べてもらえなかったら、自分から“友達になろう”って言うしかないじゃないですか。発信するのもそれくらいの気持ちなんです。だからPARKで小さな商いをするとか、地域活動をしていくのと同じように、友達を作りたいみたいな動機でもいいと思っていて。すごく柔らかく言うと、そういう人が集まる場所にしていこうっていうのが根底にあって。なので発信する側と受け手の壁が消えることは絶対にないけど、行き来しやすくするのが大事というか」 ●だからめぐみちゃんの発信は独特で面白いよね。北海道でお馴染みのジンパ(ジンギスカンパーティ)を開催してみたり、粉を買いすぎたから今日はパンパ(パンケーキパーティ)だ!とか。で、食べに行ったみたら舞台の映像が観れちゃったり。 「うんうん。ああいうのが気軽にやれるようになるといいと思うんですよ。魅力のあるワークショップとか、決まったカリキュラムとか、しっかりしたところもあるんだけど、その隙間を縫って“隣の部屋で鍋してるから食べにくれば?”みたいな。すごい人だけが集まってどんどんすごくなっていく方向もあるけれども、河和田の場合はそうはなりづらいのかなと思うところがあって。もっとこう、そこに行くと常に新しいことがあって、こっちは興味ないけど、こっちにはすごく興味があるとかね。全然違う嗜好の人たちがなんかしたいっていう、モヤモヤとした原始的な部分で繋がっているような、そんな場所になったらいいなって」 ●今後、PARKでしてみたいことはありますか? 「子どもが生まれたこともあって、子どもに関するワークショップを考えてますね。特に私は移住してきた側なので、周りに親戚や知り合いがいなくて。そうするとその、ひとりで子どもを見ているのが孤独に感じるときがあって」 ●それは現代社会における問題なんて言うと大げさだけど、若いお母さんは大なり小なり抱えている気がします。 「そうそうそう。なので子どもを連れて来やすいことをしたいなぁと思ってます。もうひとつは、ちゃんと管理できてない自宅の庭も含めてなんですけど、柿の木を切って何かに役立てるということをやりたいんです。それはあの、獣害の対策をしている人と仲良くなりまして。柿の木があると猿が来るし、管理できないなら切っちゃえ!なんて話も聞くんですよ。それはもっともなんだけど、土地を持ってる人からは“健康な木を切るのは抵抗がある”って言われるし。だったら整備する前にワンクッションを挟んであげたら、気持ちの落としどころができるかなと思ってて。柿の木は硬くて細かいことをするのに向いてるそうなので、アクセサリーや食器が作れるかなって。柿をもいだり、枝を切ったり、材料を取ってくるところからパーティーにしちゃうようなイベントができたらいいなぁって」 ●獣害対策をも楽しもうと(驚)。では、めぐみちゃんにとってRARKはどういう場所でしょう? 「自前で学べる場所かな。初期に学校的な構想もあったから、私はそのイメージが強いですね。固定のメンバーがいて、新しい人が入ってきて、そこには生活の基盤を置いている人もいて。なんかこう、水槽に置いた流木のような。可能性は水の中にふわふわーっていっぱいあるから、流木を一個入れることによって、そこに藻やバクテリアが繁殖して、底にはカワニナがいて、カニがきて、蛍が飛んで、みたいな。水槽で例えていいのか、池で例えていいのかわかんないですけど、それ以前に流木に例えるのはやめてくれって感じかもわからないけど(笑)、そういう触媒なのかなと思う」 ●うんうんうん。本当にできてみないと何がくっつくかわからない。 「さっきおしゃれじゃない担当って言いましたけど、思ってもなかったようなものを引っ掛けていきたいね。おしゃれなメンバーはいっぱいいるので、なるべくヘンな人というか、面白担当になりたいです」 ●一緒にするのもどうかと思うけど、めぐみちゃんの子どもと一緒にPARKも育っていくんだなぁと思いました。 「地元のコミュニティみたいなものがあって、それはそれで居心地がいいんですけど、同時にもっといろんなものに触れさせてあげたいと思うようになって。PARKを面白くしたいっていうのは、結局、世の中にはいろんな人がいるんだよというのを、自分の子どもも含めて子どもたちが直に触れて感じられる場所になるといいなっていう。うん、それはすごく思いますね」 インタビュー 山本祥子 もっと見る

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