今回のメンバー紹介は、顧問の岡田さんです。岡田さん(こそっとみんなは岡ちゃんと呼んでます)。ある日突然にいくんから紹介されました。今改修しているカフェにカウンターがあるのですが、そこに4畳半の和室があり、そこが昼間は事務所、夜は寝床と生活するすべての場所でした。そこで岡田さんのこれまでの色々な出来事を伺ったり、僕(浜口)が福井に来た「福井県ふるさと起業家支援事業」のメンバーへの支援をしたいと県庁にまで言った話などを伺いました。あの頃に頑張っていたことが岡田さんという素晴らしい経営者に認めていただいていたことをとても嬉しく思いました。その頃はまだPARKの組織も何もない状態でしたが岡田さんの強力な後押しとご支援があったのでここまでやってこれました。今後早く安心していただけるように自主独立し継続的に活動していける組織にしていきます!
●メンバーの中で岡田さんは立ち位置も含めて、かなりイレギュラーな存在ですよね。
「できるだけ黒子、完全に第三者の視線ですよね。若い人たちが福井の河和田に来て、新しいことをしようしていると聞いたので、じゃあ支援というカタチで少しお手伝いをしようかっていうのが始まりなんです。私がハッピーリタイアできたのは、もちろん自分が一生懸命やってきたこともあるけども、何より世間の皆さんに助けてもらったからこそなので、まぁかっこよく言えば、社会貢献ですよね。恩返ししていきたいなぁというのと、家に居たくないというのと(笑)。そうかと言って今から勤めるというのもね、ヘンに肩書きを持っている分、どこも雇ってくれませんし。もといた会社からは「うちならいくらでもいていいよ」って言われているけど、会長までやって、いまさら現場に出るのももうひとつこう……。そんなことを考えながらテレビを見ていたら、めがね会館の8階にあるjig.jpの福野(泰介)さんが紹介されていて、面白い人やなぁと思って、ふらふらーっと会いに行ったんです」
●そこからどうPARKへつながっていくのか、気になります。
「まず福野さんとつながって。牧野さん(鯖江市長)のところへ挨拶に行くことになった際に、「じゃあ新山さんも呼びましょう」って言われて、そこで新山さんとお会いして」
●新山くん経由だったんですね。
「そうそうそう。ただ新山さんは当時、市役所を辞めて会社を起こすタイミングで、ものすごく忙しくってね。福野さんからは「IT企業やデザイン事務所っていうのは、パソコン一台ありゃあなんでもできちゃうから、あまりお金は要らないんだよ」と言われたし、新山さんも同じようなことを口にしていたんです。そして「支援は自分に直接というより、PARKという団体があります」って紹介されて。そう、それがすべての発端ですわ」
●世代的にハッピーリタイアされる方は少なくないと思うんです。でもそこでご自身の豊かな老後とかではなく、地域への還元・社会貢献に意識を向かわせるってなかなかできないことで。
「正直、現役時代はゴタゴタがいろいろあったんですよ。しかしそれでも自分が社長になってからは比較的順調に展開することができた。社会への恩っていうのを常に感じてたんですよね。しかも2人の息子は、それぞれ自分で相手を見つけて独り立ちしているものですから、夫婦のことだけを考えればいい、そういう心の余裕もあるわけで。だからまぁ毎日大人しくしてりゃあいいんだけども、家にいると自分が埋没していくというのかなぁ。とにかく社会となんらかの接点を持っていたい、できれば外に向けた活動がしたかったから」
●様々な機能と可能性を秘めているからこそ、至極言葉にしづらいPARKの話を最初に聞いたときは、どうお感じになられましたか?
「人の溜まり場であり、ご飯が食べられて、自分のアイディアを試作して、県外から来た人でもすぐに何か始められて、「こんなの作ったの?」、「もっとこうしたらどう?」なんて喧々諤々意見を交わすこともできて、場合によっては泊まれる。これは私が現役時代に理想としていたことであり、しかし一般企業では滅多にできないことなんですよ。よっぽどトップ同士が仲良くて、一定の契約を結ぶなりした上で、お互いの企業秘密を公開しあってやることは可能ですけども、そこに至るまでにはものすごく時間がかかるわけで。今、コワーキングスペースはあちこちにできてますが、ここまでいっぺんにいろんなことをやろうしてる場所はないと思いますよ」
●そこは福井、鯖江、河和田というまちの特性も多分にありますよね。眼鏡、漆器、木工、和紙、陶芸、繊維、ものつくりのまちであるということが。
「まさしく。素直に、これはいい、素晴らしい!って思えたから、お手伝いしようと決めたんです」
●岡田さんが経営してらしたエネックスは、レーザープリンタのトナーのリサイクルの会社とお聞きしました。まったく違うところから、スーッとPARKへ視線が移行できる、素直に面白がれるのは、すごいなぁと思う。
「いえいえ、そうは思いません。漆器や眼鏡のことはまったくわかりませんが、もともと私は繊維業界の人間ですから、ものつくりという原点は一緒なんです。残念ながら繊維が一番衰退しましたけど、大手しか残っていませんけどね。それは会社が大きいからじゃなくて、新しいことに挑戦し続けてきたから。なので新しいことを面白がるのは身についているというか。しかもPARKに関わり始めて3年、私の中ではもう違和感がまったくないんですよ」
●なるほど。まさにここ3、4年で河和田にはTSUGIができて、ろくろ舎ができて、aTawや漆琳堂のショップもオープンして、新しい流れが生まれています。
「PARKのあとがどうなるのか、まったく予測できませんけど。それでも河和田のメインストリート、十字路の一番わかりやすい場所にあるPARKから新しい流れが生まれるのは、いいことやなぁと思いますね。正式にPARKが動き出したら、とりあえず河和田へ評判を聞きに行こうと思っていて。決して歓迎ムードばかりではないでしょうが、誰も体験したことのない場所を作るんだから仕方がない。逆に言えば、嫉妬されるくらいになりゃ大したものですよね」
●では、岡田さんはPARKでどういう人と出会いたいですか?
「難しい質問だなぁ。何か新しくやってみようって人に来てもらえればね。できれば創造性が高くて、行動力のある人かな。今のメンバーとは違う雰囲気の人がきっと楽しいよね」
●そこも含めて、PARKに期待することを聞かせてください。
「とにかく、PARKブランドのものが世に出るのが最高ですよね。完成に至るまではなかなか大変でしょうけど、メンバーとの打ち合わせの中で、既にいろいろな面白い企画が出ているんです、工業畑を歩いてきた私からは到底生まれてこないアイディアが。ガチャポンもそのひとつでしたけどね。木工職人もいるし、デザイナーもいるし、眼鏡職人もいるし、それぞれの観点から発展性のあるものをカタチにして、皆さんに提案できたら嬉しいなぁと思います。しかもできるだけ早く!」
インタビュー 山本祥子