今日のメンバー紹介は、監事の丹羽さん!にわさんと呼んでます。にわさんとの出会いは鯖江公共未来塾というプログラムの時の参加者で、花火大会の準備をしている頃ですかね?さばえ秋花火という手作りの花火大会があるのですが、その実行委員だったんだろうと思います。花火に込められたメッセージについて色々と聞いて熱い人だなあと感銘受けたのを覚えています。若いメンバーが多かったのでものつくりの先輩としてPARKメンバーの相談役として応援していただいています。
●丹羽さんは福井出身・在住ではあるけど、住んでいるのも、働いているのも河和田ではないですよね。
「そうそう、そうだけど、鯖江青年会議所でまちづくりみたいなことをしてて、そこで浜口さんと知り合ったところから始まっていて。河和田では県外から来た子が、生まれ育ったわけじゃないけど自分のまちだと思って、内側からのチカラでなんとかしようって頑張ってることを知って。でもその子たちだけではなかなかうまくいかなかったし、頼る人もいなかったから、まぁ年齢も中間層やったんでとっつきやすかったんかも知らんけども、相談してくれて。何かできないかっていうことで参加させてもらった感じですね。もともと鉄工所なんでね、ものづくりという部分でも共感するものがあって、知らず知らず」
●丹羽さんのお仕事についても少し聞かせてください。
「本業は鉄やステンレスを溶接したり、機械で加工して製品を作っていて、メインは“水門”と言われる水を止める施設ですね。でも単につくるだけじゃなくて、計画して、設計して、製作したら、現地に行って取り付けて、実際に動かして、のちのち故障が出れば修理しに行く。ちっちゃい会社だけども、一貫したものづくりをさせてもらっています。あと、ちっちゃい会社だから、経営や資金繰りとかも自分でやんなきゃなんなくて(笑)。なのでPARKでも法人を立ちあげるときや、運営をするにあたって、少しでもアドバイスできればっていう役割ですよね」
●若いメンバーの多いPARKにおいて、数少ないおとな目線とも言えます。
「ああ、それはあるかもしれない。本当の河和田の若い世代ができてないっていうか、なかなか踏み込めなかったことを、全然違うところから来たメンバーが元気にやってたんで、PARKが動けば、地元の子たちも活性化するんじゃないかなって思ったし。福井目線じゃないっていうのは大きいよね。北海道や大阪、違う場所から、河和田、鯖江、福井のことをとらえていたんで、すごく魅力的だったし、可能性を感じたし。まぁ河和田からすると僕もよそ者なのかもしれないけど(笑)。実際、空気は変わりましたよね。特にこの2、3年で河和田はかなり変わったと思う」
●いよいよ本格始動するPARKには、どんなふうに関わっていこうと思っていますか?
「ここからはPARKがひとり歩きできるようにしていかなきゃいけないんでね。若いメンバーが中心になって動かしてもらって、その子らがある程度いったら“次の子を育てなきゃいけないんだよ”って伝えるのが僕の役目かなぁと思っていて。やっぱり長く続けるためには、活性化させていかないと。僕らおじちゃんが頑張りすぎるって言ったらヘンだけど、中に入ってやっていくんじゃなくて。みんなも我が身を振り返って、30歳を過ぎて40歳が見えてきた頃にはプレイヤーからマネージャー側に入っていって、自分らが夢見ていた10代後半~20代、次の世代のプレイヤーを集めて育てる視線を持ち始めないといけないよね、きっとね」
●せっかく渦が生まれても、新たな風を巻き込んでいかないと広がらないから。
「そうそうそう。薄く広く、でも中は濃くっていう感じで、らせん状にこう、スーッと波に引き寄せられていくようなスパイラルを作って走らせていかないといけないと思いますよね」
●そして考える頭がいっぱいあることをいかに利点にしていくか、ですね。
「本当に。PARKは決まったことを守り続けるんじゃなくて、自分らで考えて動かしていく団体なんで。一個カタチができたら、そこに影響されて生まれた次の、そのまた次のって、新しくつくり続けていくことが大事だからね。それぞれの違う感性や価値観を最大公約数的にまとめると低いところにいっちゃうし、かと言ってひとつの意見で無理に引っ張るわけにもいかんし、ぶつけあいながらでも高いところを目指していかないと。でも、そこが難しいんだけどね」
●うまく転がれば、かなり楽しいことに。
「ものすごく楽しくなるよね。そのためにもPARKはただの箱、空っぽで、真っ白で、空洞からの始まりでいいんだと思う。それが一番おしゃれだし、なんでもできるからね。民間でこんなに広いオープンスペースを持ってるとこなんてないからね、本当に。飲食スペースと、居住スペースと、ワークスペースと、パブリックスペースで、なんでも使える場所だよね。今からいろんなことが始まって、PARKのロゴみたいになったら楽しんだと思う」
●混ざり合っていて。
「そこにぽつんとテーブルと椅子があって、別に使っても使わなくてもいい、畳を敷いてもいい。いろんな人に自由に活用してもらい、PARKからも提示していくことができたら面白いんやろうなぁ。たぶん河和田ブランドが最初はわかりやすいけども。河和田でプロデュースをしたものを集めた、産地をつなぐイベントをPARKでやると「人」と「もの」と「場所」が繋がって、混ざり合ってほしいですね」
●どういう人とPARKを出会わせたいですか?
「何かやりたいけどくすぶってる人でいいと思うんだよね。興味を持って関わろうとしてくれるんやったらウェルカムじゃないかな。お勤めの人でも、ずっと地元にいる人でも、県外から戻ってきた人でも、Hacoaさんや漆淋堂さんで河和田を知って県外から来た人の受け皿になっても全然いいと思うし。今よりもうちょっと広がった、本当の意味で不特定な人たちが集まってくれて、とりとめもなく話し出したらうれしいよね。あまり見なくなったけど、ちょっと前まで各地にあった青年団のような場所。エリアをもっと広ーくとって、鯖江って考えてもいいし、丹南でもありだし、福井全体、北陸近県から若い子らが集まって、あそこに行くと何かある、知り合える、広がるっていう場所になるのがベストだと、それが一番いいんやろうなって」
●可能性の塊であり、可能性の受け皿でもあるような。
「なんか生まれそうな気がするもんね、東京じゃなくても。東京から福井に戻って、“街はいいよねー”みたいなことを居酒屋で愚痴ってるんだったら、PARKに来たらいいんやって。あと、ものづくりに関しては、もちろん使う人にやさしい使いやすいデザインをするべきなんだけども、一個抜けてしまいがちなのが、作る人にもやさしいこと。作りやすくて、使いやすくて、安いけども、採算がとれる。すべてが複雑に絡み合うところを目指していかないといけない」
●今いるメンバーは、そこを勉強する場にもなるのかもしれないですね。
「そういう視線を持つためにも、人と触れ合わないといけないしね」
●結果、“人”っていう。
「そうですよ。人と人がつながる場所じゃないと何も生まれないですもん。ものがつくっても、だれかが喜んでくれるものをつくらないとね。作る人と、それを喜ぶ人が出会い、交われる、そんなスペースになったらいいよね」
インタビュー 山本祥子