■ルネッサンスにイタリアを見る
古代ローマ時代からヨーロッパの中心的な存在であるイタリア。 イタリアのKIMONOを創作するにあたり、 製作を任された京都の工芸染匠成謙さんと、協議の末にたどり着いたテーマが 「ルネッサンス」です。
レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロなどの天才が活躍した時代には、 数多くの名画や彫刻、そして建築がイタリアを飾りました。 中世のヨーロッパの中でもひときわ輝くこの時代に注目し、 モチーフを探しました。
■教会建築のアーチを中心に構成するデザイン
キリスト教の中心地として、美しい教会や大聖堂が数多く存在する中で、 KIMONOのデザインのモチーフとしたのが「アーチ」です。 一口にアーチといっても、その形状や装飾、などの建築様式はそれぞれの教会で異なります。
数多くの資料を研究した結果、一つ一つの柱を究極の美意識で細部まで装飾した美意識にイタリア美術の粋を見ることができました。
また、アーチをデザインの中心に置くことで、 それぞれ様式美の違う教会の内装やステンドグラスなどの文様が見事に調和し、 KIMONOの場面転換をより立体的に感じさせる素晴らしい効果が発揮されました。 こうしてデザインの骨格が試行錯誤の上出来上がりました。
■生涯最高の作品を目指して
文化大国イタリアのKIMONOには、 下絵の段階から通常では考えられないほどの手間をかけて精緻なデザインが書き込まれています。 下絵を担当した木元氏曰く「ここまで書き込んだ着物を製作することは生涯初めてです」。 この言葉に、製作を担当する職人集団の並々ならぬ意欲を感じます。 アマルフィ大聖堂、ヴェニスのサンマルコ寺院、バレッタの聖ヨハネ准司教座聖堂、 世界遺産の一つシエナ大聖堂、オルビエート大聖堂、 ダ・ヴィンチの最後の晩餐があるミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会、 モンレアーレ大聖堂などから取材したアーチや天井などの装飾文様が、 信じられないほど精緻なデザインとなって生地に描かれました。 この下絵の完成により、この後の工程を引き継ぐ職人たちもまた生涯最高の作品づくりを約束せざるを得なくなりました。
■この道半世紀の職人が挑む新境地
複雑で精緻な下絵に、糸目を引くのは、この道40年以上のベテラン糸目糊置師、 島本玲子さんです。下絵を見た途端、苦笑いが出る。 「こんなん、なんぼ時間がかかるか、わからんわ」 「それに、下絵の勢いを失わんように糸目せんとあかんな」。そういって、 これまで培った糊置きの技術をすべて注ぎ込んで糸目を置いてくださいました。 島本さんの糸目糊の線は、染め上がった時には白く残ります。それはつまり、 木元さんの下絵が最後に消えてなくなることを意味します。 これが友禅染めの宿命であり、儚さでもります。
そして、彩色(色付け)の工程は、 この道50年以上の大ベテランの萩森さんが自宅で行います。 成謙の渡辺社長から概ね指示された色の配色見本を基に、 沢山の絵具皿に色を作り、複雑なデザインの中に友禅を行っていきます。 イタリアンカラーを大切にしながらも、筆の大きさやタッチを変えながら、 一か所一か所丁寧に色付けをしていきます。 さらには得意のボカシの技術を生かして、遠近感のある模様に仕上げていきます。 特に、フィレンツェ、ヴェニス、ダ・ヴィンチ村、 アマルフィの風景、バレッタ海岸などの風景には、 実際の建築物とは違う色のトーンや鮮やかなブルーを用い、 遠近感のある染め上がりに注力しました。
■ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ
この作品には、私たちのユーモアも取り入れている。 例えば、フィレンツェの空を飛ぶダ・ヴィンチのヘリコプターと、ミケランジェロのダビデ像です。イタリア・ルネッサンス期の二人の天才を、一つは彼の夢を乗せて空を飛ぶ様子として、 もう一つは表からは見えない袖の振りの部分に存在感ある立像として、敬意を表して描きました。
■帯
製作者 龍村美術織物(宮内庁御用達)
技法 手織本袋引箔錦「イタリア煌華錦」
■文化大国ゆえの難題
イタリアの帯の製作は、宮内庁御用達の京都の織元「龍村美術織物」に依頼しました。 これまで西陣の帯にイタリアに関するデザインをすでに数多く取り入れていることや、 ヨーロッパにおいて文化交流が古くから行われてきたことなどの理由により、イタリア独自の文様を新しく考案することは非常に難しい命題でした。 数多くの試案が検討されましたが、どれも秀逸とまではいかず議論は混迷を極め、 また、今後、数多く製作されるであろう他のヨーロッパ諸国との明確な区別に対する配慮も製作の糸口を一層見えにくくしていました。
■近代イタリアの輝き
そんな時に、ふっと出てきたアイデアが「イタリア車」でした。ファッションもそうだが、イタリア人はセンスにこだわります。 イタリア車も、そのデザインの美しさと格好良さは、世界中の人を昔も今も魅了しています。 フェラーリ、ランボルギーニ、マセラッティ、ランチャ、フィアット・・数えればきりがありません。 当初は、エンブレムなども研究しましたが、チーフデザイナーから出てきたアイデアに驚愕しました。 それが、「ヘッドライト」。しかも、それらをクリスタルのようにあしらい、 日本古典文様の「華文」を構成するといものでした。 イタリアのKIMONOは中世のルネッサンスをテーマにしていることから、近代イタリア産業の代表と言える車をモチーフにすることは最高のアイデアだと確信し、デザインが決定しました。
■試行錯誤の果てに見つけた輝ける未来
帯の地色には、イタリアンレッドを採用しました。経糸や緯糸を複数の赤の糸で試織し、さらに輝く金属糸を織り交ぜてメタリックなボディカラーを再現しました。 ここからさらに研究を重ね、箔と糸、さらに金糸を組み合わせました。数回にわたる試織によって研鑽した結果、 輝きと彩を兼ね備え、さらに金糸の効果によって光が後ろから差すような意匠の帯が完成しました。 この帯には「輝けるイタリアの未来」を希望する製作者の意図が込められており、駐日イタリア大使閣下や、 ミラノ国際博覧会(2015年)のレセプション会場などでイタリアの人々から大きな注目と喝采を浴びました。 日本を代表する「龍村織」のグローバルなセンスが輝く作品です。