5/27(水)に開始したプロジェクトですが、現在34名の方にご支援いただきました。皆様ご支援にご協力いただきまして誠にありがとうございます!SNSでもたくさん拡散していただきとても嬉しく思っています。現在目標に対し8%の達成率となっています。一チームでも多くのアマチュアスポーツチームに支援を届けられるよう、引き続き頑張ってまいります。応援よろしくお願いいたします!
【第1話あらすじ】東京から九州へ、九州から福岡へ。それまでの事業とん挫の原因を「人のふんどしを借りていたからだ」と気づいた羽生博樹は、完全オリジナルで会社を作ろう、と糸島にオフィスを構えた。事業が軌道に乗り始めたある日、web業界を「welq問題」が襲う。(旧糸島事務所近くの海岸沿いにて)2016年末に起きたDeNA運営メディア、welqの低品質記事問題だ。医療情報をまとめたメディアだったが、内実は医療的な裏付けのない低品質な記事が話題となり、DeNAもwelqを閉鎖。webメディアの影響力の大きさと、web業界の粗悪な記事乱造が明るみに出た事件でもあった。それまでは記事を大量に出すのが良いといわれていたものが、正確な情報を伝えることに重きが置かれることになる。キュレーションを中心に行っていたメディアは、軒並み検索順位を下げることになった。当時、大会結果の速報をメインに配信していたジュニアサッカーNEWSも、この例外ではなかった。「価値のあるオリジナルコンテンツを」(ジュニアサッカーNEWS)統括責任者の梅野は当時をこう振り返る。「とにかく謎な時期でした。Google経由で来てくれていたユーザーさんが、ぱたりと来なくなりました。検索順位で上のほうに上がってこられなかったのが理由だと思います。キュレーションメディアとしてカウントされてしまったからだね、いつかまた検索順位は上がるから耐えよう。という時期だったと思います…」それまで看板商品だった記事が検索ページから発見できなくなり、広告収入も激減した。アクセスが伸び、取り扱うカテゴリーを増やそうとしていた時期だったために、この痛手は大きかった。ここで、また羽生の教訓が活きた。人のもので勝負をせず、自分で作り上げたものに勝るものはない。今回、アクセスがゼロにならなかったということは価値があるコンテンツがうちにもあるということだ。では、それは何か。「オリジナルコンテンツを徐々に増やそうとしていたタイミングでもあったんです。で、広告は少ないし、大変ではあるけれどこの困難はいつか終わるから、いつか検索順位がまた上がる日に備えてオリジナルコンテンツを増やそうという動きは止めない、ということになりました」(梅野)羽生と梅野の読みは当たる。(現統括編集長 水下)ライター陣の中にいた水下真紀を編集長に起用し、メディアサイトへの方向転換を図った。起用から1週間、水下はジュニアサッカーNEWSの全記事に目を通し、外部分析サイトの数字を隅から隅まで見て、分析結果とあらたな企画の一覧表を羽生に提出した。何が足りないのか、どこを深く掘り下げるべきか。「これで行こう」。この方向転換が、ここからのジュニアサッカーNEWSの成長を飛躍的に加速させていく。ジュニアサッカーNEWSが再び検索で上位表示されるようになったのは2017年の夏だった。再び陽が当たるようになったとき、ジュニアサッカーNEWSはもはや「結果速報のサイト」ではなく、「結果速報とサッカー進路のサイト」として大きく認知されることになった。組織作り(ライターも含め社内で使用しているチャット)ニーズの増えてきた大会数は日々莫大な数になっていった。当初働いていた5人の外注ライターだけではとても回せる数ではなく、一気にライター数を増やすことになる。ここで梅野は板挟みの大変さを知ることになる。「何が正解なのかわからなくて、日々みんなで話し合って…どんな組織を作ったらいいのか、どういう指揮系統にしたらいいのか…結局はライターの皆さんに助けられたんですけど」(梅野)羽生の決断に振り回された時期もある。「羽生は今を見ていないというか、未来しか見ていないので、この間ライターさんに頼んでいたものが今日は『あ、もういらないから』ということもありましたね…一生懸命作ってもらったのに申し訳なくて、何度も泣きました。羽生に食って掛かったりもしました。でも今はつらくても、決断をしなくてはいけないときはある、と思います。このお仕事をするまで、私は自分で決定できる立場にいたことがなかった。それを学ばせてもらったんだと思います」(梅野)(羽生と梅野) ジュニアサッカーNEWSのライターは現在全国におよそ50人。間口は広いが、続かない人も多い。文字だけの世界のやり取り。記事の提出は裁量の自由度が高いため、責任感を持って最後までやってもらえない人は続かない。言葉の世界でうまくコミュニケーションを取れない場合も、続かない。グリーンカードの社員はライターのことを、敬意をこめて「ライターさん」と呼ぶ。「時間のある主婦を、と雇ったつもりだったのに、それぞれすばらしいスキルを持っていて、それを発揮してくれている。今のメディアを創り上げられたのは、本当にライターさんのおかげ。今はあまり私に時間がなくて、1人1人にかかわれないのが非常に残念です」(梅野)たとえ文字だけのやりとりでも、敬意は伝わる。そうして創り上げてきた組織が、2019年11月に月間1200万PV、197万UU達成という答えを出した。ルーキーリーグという転機(統括副編集長 江原)もうひとつ、大きな転機があった。プロライターでもある江原まりの参入である。今まで梅野がほぼ一人で消化していたアイデアを、手分けできるようになった。営業経験も豊富にあり、プロライターでもある江原の参入はグリーンカードを一気に推し進めることになった。2018年末、ある一通のメールが舞い込んだ。株式会社Blue Wave代表の伊藤誠氏からの連絡だった。江原がそのメールを受けたことがきっかけでとんとん拍子に話が進み、株式会社Blue Waveの運営していたルーキーリーグ(U-16のサッカーリーグ)の全国的な運営のサポートをすることになったのである。(球蹴男児(ルーキーリーグ九州エリア大会)) この人は信用できる、と見切った後の羽生の決断は早かった。運営の手伝いをしよう。最初の報酬はなくていい。伊藤さんひとりではやりたくてもやれなかったことを手伝おう。全国のルーキーリーグ参加校100校に取材にいき、ルーキーリーグの周知に努めよう。社員は全員それぞれ担当地域を持ち、全国を回った。報酬がないから、経費も潤沢ではない。日程を詰め込み、できるだけ少ない日程で全校を回った。梅野も九州を行脚した。「認知度は非常に低いな、という感じの印象でした。担当の方も私たちが何なのかご存じなかったし、どうして私たちがルーキーリーグの取材をしているのかのご説明から始めさせていただく感じでした」(梅野)海のものとも山のものともつかないグリーンカードが介入してくることに難色を示した高校も多かった。それでも1年間、試合結果の即時反映、各地域ごとのルーキーリーグのホームページ運営、折々の取材を経て指導者たちの受け取り方も変わってきた。「2019年度、監督たちを集めた総会に行って説明させてもらっても、こいつだれだろう、何なんだ?という警戒のまなざしのほうが強かった。でも1年やらせてもらったら、2020年度の総会は全く違う。非常に好意的で、感謝さえしていただいた。何か協力できることはないか?と指導者の方々から声をかけてもらえるようになった。これが成果だ、と感じてうれしかった」(羽生)2020年度はルーキーリーグの輪を全国に広げ、今までにルーキーリーグがなかった地域でも開催が決まった。各地で次々と指導者説明会が開かれ、羽生もまた全国を回った。加盟校は120校になり、ホームページの準備も整い、開幕の4月を待つだけとなった。(代表取締役社長 羽生) 2020年2月3日。横浜港に入港したダイアモンドプリンセス号が、原因不明のウイルスによる集団感染を疑われて入港延期になった。2月13日、国内で初のウイルス感染による死者が出る。3月2日には公立の小中高校が休校になった。大会も続々と中止になった。新型コロナウイルス(covid-19)である。大会がない。3月の広告収入は昨年度比6割になった。4月は4割。そして5月、インターハイの中止が発表された。夏までの全国大会はない。もはやメディアからの収入は見込めなくなった。新たな危機がスポーツ業界を席捲していた。【コロナウイルスに負けない】スポーツチームの存続危機を救おう(第3話に続く)執筆者:水下真紀(株式会社グリーンカード統括編集長)
全国を飛び回り、いくつものサッカー協会や強豪校の監督とつながり、アメリカでいち早く5Gの契約を手に入れる。コロナ禍のさなか、緊急事態宣言が出てからおよそ1週間でスポーツチーム専用のクラウドファンディングプラットフォームを立ち上げ、無償での提供に動く。運営するジュニアサッカーNEWS・全国少年サッカー応援団は2019年、月間1200万PV、190万UUを達成した。全国最大規模のアマチュアサッカーサイトを運営する株式会社グリーンカードCEO 羽生博樹は、「どうしてもモチベーションが上がらなくて、釣竿をもって出社して、午前中終わったらそれで終わり、という時期もあった」という。釣竿とともに出社していた男を「もう一度頑張ろう」とさせたものは一体何だったのか。元代理店の社長がスポーツに気づくまで。羽生の歩いてきた道は平らではない。ITバブルのタイミングで、当時運営していた会社が大手通信会社の上場スキームのため、代理店として抜擢された。東京の片隅の小さな会社は、急に資本4億円、毎月の予算1億円を使い、300人規模の会社を運営することになった。その大手通信会社は、2か月後に不正が発覚。運営を始めていた代理店はハシゴを外された形になり、とん挫した。株価は100分の1になり、訴訟寸前になったがすべて訴訟はつぶされた。29歳のときだった。取引先の商社が手を差し伸べてくれたため、九州で事業を始める。その事業も2年程度で本社のサービス打ち切りとともに終焉を迎え、福岡へ引っ越した。「仕事もなかったし、貯金も3,40万くらいしかなかった。子どももまだ小さかったし。ほんと、後がない状況でした」(羽生)生活しなければいけない。ツテをたどって大阪の会社にホームページのソフトを売る権利をもらい、福岡中の会社に電話営業をかけた。そこで得た300万円をもとにHP製作事業を始めた。そこで羽生の営業力が裏目に出た。2,3年で150社くらいのホームページを立ち上げ、従業員30人程度まで大きくした会社。しかし、その営業の8割は羽生自身の営業成績だった。あちらこちらへ出張で飛び回り、営業に明け暮れる日々。仕事は多忙を極めた。会社のナンバー2が、従業員を引き連れて独立する準備をしていたことにも気づかなかった。半分以下の規模になった会社を続けるかどうするか迷っていたときに、趣味で開催していた個サル(フットサルのイベント)のつながりで九州大学に縁をもらい、そこで5年働いて現在の母体となるメディア事業を立ち上げた。「僕の失敗の原因は、人のふんどしで相撲を取ってそれでよし、としていたところだと思ったんです。導いてくれる人には恵まれてきたので、ツキに甘えていた部分もあった。会社の大きさに目がくらんだ時期もあった。自分の実力で勝負をしていないから、今までの仕事は分不相応だったのだと思って、サービスも人もアイデアも、全部自社のものにしよう、と思ったんです。これが始まり。」(羽生)羽生の小さな子供たちは、サッカーに明け暮れる毎日を送っていた。平日は練習に付き合い、土日は応援という生活の中で、試合には勝っても他会場の結果がわからない、調べてもわからないから次の対戦相手がわからない、という場面に何度も遭遇した。アマチュアスポーツはもっと振興していいはずだ。それを妨げているのは「情報が出てこない」というところにあるのではないだろうか。サッカーの指導を通して、指導者たちが子供たちの人格形成に大きな影響を与えていることも知った。指導者たちはもっと評価されてしかるべきじゃないか。月謝のみで運営されているチームの指導者が実はボランティアだった、ということを知った時も驚いた。どうして指導者にお金が入らないのだろうか。アマチュアスポーツはもっと変わっていい。情報の即時性が解消されて、指導者の社会的地位、アマチュアスポーツの社会的地位が上がればアマチュアスポーツはもっともっと盛り上がって楽しくなるはずだ。小さな会社でいい。その代わり、全部自社製のものにしよう。そう思って集めた2,3人の従業員の中に、現在統括責任者として会社の業務を一手に引き受けている、梅野がいた。釣竿がPCに変わった日梅野の経歴は変わっている。彼女は元エステティシャンだ。働き始めたきっかけは、「すぐ近くに会社の入ってる建物があったんですよね」と、それだけ。オフィスワークに対する知識も少なかった梅野は、「わからなかったことはとりあえず全部聞きました」と笑う。「あまり質問しすぎて、もう1人いた従業員の方に迷惑がられたくらい」。「とにかく淡々と仕事をこなすな、という印象だった」と羽生は当時を振り返る。会社を始めてはみたものの、羽生のモチベーションは上がらず、釣竿をもって出社していたのがこのころである。釣竿をもって海へ行く羽生を見送り、梅野は淡々と仕事をした。スピード感を持って、決してNOと言わずに仕事をする梅野の姿に、だんだん羽生は「今度こそ、やりたい仕事ができるかも」という気にさせられる。「今まで同じスピード感で仕事をしてくれる部下に恵まれてこなかった。これならば自分が本当にやりたいことをできるのではないだろうか。一緒にやってくれるのではないかと思いました」(羽生)そして立ち上げたのが「福岡少年サッカー応援団」。狙いは当たり、月間20万PVを福岡限定のサービスで創出する。これは福岡ならではなのか、それとも全国的に開く価値があるものなのか。テストマーケティングとして、沖縄でも「沖縄少年サッカー応援団」を立ち上げた。狙いは当たった。「自宅の雇用を創出しよう」福岡ではうまくいった。沖縄でも当たった。では、次は全国を視野に入れようとしたとき、ネックになってくるのが「情報の即時性」だった。今でこそ珍しくないリモートワークを株式会社グリーンカードが取り入れたのは2014年のことである。いずれは全国でナンバーワンのアマチュアサッカーメディアになる。そのためには全国で情報の即時性を実施しなければいけない。そこで雇用したのが、サッカー少年少女の保護者たちだった。「自宅でしか働けない事情がある人もいる。でも、働いていないからと言って能力がないということは絶対にない。そういう人に活躍してもらいたいと思ったんです」保護者のネットワークはすごい。特に主婦のネットワークは目を見張るものがある。それでも網羅できない地域は多いので、創り上げたのが「LINEグループ」だった。そのグループは土日のたびに各地の会場の結果を共有しあう。それを全国各地にいるライターたちがひとつにまとめ、記事にする。それを見に人が集まる。その中からまた理解者、情報提供者が増えていく。そんなグループメンバーは2020年6月現在、7353名になる。「どんな小さい規模から始まったとしても、仕組みは1000人規模で回せるものを想定している。地域の情報を全部吸い上げるにはこうするしかなかった。」どんな小さい大会もむげにしない。それは、ライターたちが保護者層中心だからだ。小さい大会でも、そこで頑張る子たちの熱意を、保護者たちの声援を知っている人たちだからこそ、熱を持って届けられる。じわりじわりと月間のPVが400万を突破したころ、ひとつの大きな転機があった。welqというキュレーションメディアが、素人ライターによる不正確な医療記事を乱発し、取り締まりの対象となった。いわゆる「welq問題」である。この余波を受けて、キュレーションコンテンツが一気に検索順位を下げられる現象が起きた。ジュニアサッカーNEWSが扱っているのは大会結果と各チームの募集情報。これもキュレーションコンテンツとみなされ、Googleでの検索順位が大幅に下げられたのである。広告収益は一気に減った。看板記事が検索結果トップから外された。それは、駆け出しのメディアにとって非常に大きな痛手だった。(第2話に続く)執筆者:水下真紀(株式会社グリーンカード統括編集長)
5月28日(木)午後10:00より放送されたクローズアップ現代+(NHK)で、ULTIMA FOOTBALL LEAGUE(アルティマ)の大会開幕に向けた取り組みの一つとして「グリーンカードサポーター」が紹介されました。アルティマ大会運営者様方は、「グリーンカードサポーター」を使って支援を呼び掛けていただいている大会の一つで、インハイ中止が決定し目の前の目標を失ってしまった選手たちのために、最高の環境を用意したいという想いで大会の準備を進めていらっしゃいます。私たちグリーンカードは、アルティマをはじめとした各地の大会や困っているチームの支援のために、このキャンプファイヤーのプロジェクトを必ず成功させたいと思います。引き続き応援の程どうぞよろしくお願いいたします。
5/27(水)に開始したプロジェクトですが、3日で21名の方にご支援いただきました。皆様ご協力いただきまして誠にありがとうございます!温かいメッセージもたくさんいただいて、とても励みになりました。一つでも多くのアマチュアスポーツチームに支援を届けられるよう、引き続き頑張ってまいります。応援よろしくお願いいたします!