みなさんこんにちは!
郷原を楽しむ会、代表の木地谷です。
今日は僕一個人の、今まで誰にも話していない、話さなかったことを言います・・・
ちょっとだけ長くなりますがお付き合いください。
僕は郷原が好きなわけではありません
僕は東京から移住してきた、いわゆる「よそ者」です。
そんな「よそ者」の僕が、なぜこんなに郷原の地域おこしに駆け回っているのかをお話しします。
誤解を恐れず言うと、僕は「郷原」が好きなわけではありません。
そこに住む「人」が好きなのです。
僕がまったく知らない土地、郷原に移住してきたとき、真っ先に僕の所へ来て、この地の習わしとか習慣などを教えてくれたのは中平金実さんでした。
何かと助けてくれて、早くここに馴染めるように働きかけてくれました。
金実さんがいなかったら、僕はたぶんここで孤立していたと思います。
でも金実さんは数年前に亡くなってしまいました。
その金実さんの娘婿が山崎英人さんです。
高齢者が多い地域で僕と年代が近く、先輩・兄貴のような存在でした。
同世代の目線で僕を仲間に入れてくれました。
英人さんがいなかったら、僕は友達がこんなにも早くできなかったでしょう。
でも、英人さんも数年前に若すぎる別れを迎えてしまいました。
北沢晟さんは、自治会の会合の時に、いつもひとりで会所の端に座っている僕に声をかけてくださり、何かと気にかけて頂きました。
今思えば、集まりの時はいつもわざわざ側に来て話しかけてくれた気がします。
そんな晟さんも今はいません。
しかも僕は晟さんの葬式に行かないという不義理をしてしまい、悔やんでも悔やみきれません・・・
宮沢栄作さんは、僕の畑のとなりの畑の持ち主で、野菜つくりのことは栄作さんに教わりました。
畑作業に行ったとき、栄作さんがいると話が尽きませんでした。
栄作さんがいなかったら、僕は野菜つくりを諦めていたかもしれません。
その栄作さんも今はいません。
森脇久美子さんは料理上手で、漬物、煮物などのおふくろの味をよくタッパーに入れて振舞ってくれました。
きっと僕の娘と森脇さんのお孫さんの年代が近かったので気を使って頂いていたんだと思います。
特にポテトサラダは絶品だったな・・・
森脇さんももういません。
他にも、書ききれない方達の助けを頂き、よそ者の僕を郷原の人間として快く仲間に入れて頂きました。
しかし悲しいことに、僕はその恩返しが何もできないまま、大好きな人達がだんだんいなくなっているのです。
僕は何もできていない・・・
僕はこの郷原に恩返しがしたいのです!
僕を温かく迎えてくださった人達が、
愛して守ってきた、伝承してきたものをさらに後世に残したいのです。
これが僕に出来る恩返し。
僕の地域おこしにかける想いの原点です!
このクラウドファディングを開始してからも、
本当に達成できるのか、不安でたまりません。
この活動を、あまり良かれと思っていない人もいるかもしれません・・・
なかなか思うようにいかない。無力さに押し潰されそうな時は、このみんなの集合写真の笑顔を見てなんとか踏ん張っています。
なんか泣きそうになってきたので、話を変えます。
もっと先の話ですが・・・
クラウドファンディングは資金調達の手段として、全国でたくさんのプロジェクトが頻繁に行われています。
でもまだ長野では馴染みが薄く、浸透していない、よくわからない方が多いです。
この僕らの活動が、長野で頑張っている、ボランティアや地域おこしの団体さんのクラウドファンディング挑戦の参考になれば良いと思っています。
クラウドファンディングを選択肢に入れてみる。という事です。
そしてたくさんのプロジェクトが起これば、長野県の活性化に貢献できて、長野県ももっと盛り上がるのではないでしょうか?
少し先の話になりますが、きっと夢ではないと思います。
長々と失礼しました。
引き続き頑張りますので、ご支援、拡散のご協力をお願いいたします!