春休みを利用しての「となりカフェ」歴史の振り返り、今回は「文化」提供の意味についてお伝えします。
代表の田中が連鎖している「yahoo!ニュース個人」欄で、2014年に下のような記事を書いています。
ここから一部抜粋してみますね。
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この事自体が、すばらしい「文化」の発信だと僕は思うのだ。
我々の西成高校「マカロン」も同じだ。卵白を用いて本格的マカロンを手作りし、オリジナルシールを貼ったオリジナルパッケージに入れて売る。6個で100円。当日は予定していた50パッケージを大きく上回り、70パッケージを売り切ったという。
「ピアニカの響き」と「マカロンの香り」を
フランスの社会学者P.ブルデューは、人間を取り囲む環境を3つの「資本」に分けた(文化資本・社会関係資本・経済資本)。文化資本はさらに3つに分けられ、「学歴」「モノ(オブジェクト)」「習慣(ハビトゥス)」があるとする。
学歴は親の持つ経済資本と直結し、モノも習慣も基本的に家庭の経済的余裕と連動する。
だから残念ながら、経済的に貧困な家庭は、文化的にもそれほど余裕はなく紋切り的な文化環境(テレビ・食事・ファッション等)にさらされ、日常生活も文化的ではない状況(文化的裏付けがあれば当然付随するウィットやユーモアのないストレートなしゃべり方~その是非は置いておきパターン化する粗暴な語り口等)に囲まれている。
こうしたアンチ文化な環境は、「暴力」と密接に連関していると僕は思う(一般的傾向として)。
だからこそ、日常に当然のように組み込まれている「暴力」「虐待」からそれらを切り離すために、「文化」の力を僕は子ども・若者たちの日常に組み入れたいと思う。
「文化の風」を、虐待の嵐が日常的に吹き荒れる風景に吹き込みたいのだ。
それは微風だとは思う。けれども、10代後半の、吸収力が異常に高く親の支配から抜け出せる力をやっと獲得する限られた数年の間(ハイティーン)に、この「文化の力」、具体的には「ピアニカの響き」と「マカロンの香り」などを生徒に、若者に体験してほしい。
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ちょっと小難しいですが、4年前に書いたこの意味は今も失っていません。
「微風」の経験が、大人になっても潜在化を防いでいると実感しています。みなさま、モーニングとなりカフェへのご支援、どうぞよろしくお願いします





