3.11を自分ごとに!石巻で過去・現在・未来を体感し、島根に還元したい!

東日本大震災の被災地・石巻で、当時の状況や現在の思い、これからについて五感で体感し考えることで災害を「いつどこで起こるか分からないこと」として捉えるとともに「生き延びる力」を学びます。 島根に帰った後、報告会とワークショップで共有します。

現在の支援総額

536,000

134%

目標金額は400,000円

支援者数

84

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2016/02/15に募集を開始し、 84人の支援により 536,000円の資金を集め、 2016/03/30に募集を終了しました

3.11を自分ごとに!石巻で過去・現在・未来を体感し、島根に還元したい!

現在の支援総額

536,000

134%達成

終了

目標金額400,000

支援者数84

このプロジェクトは、2016/02/15に募集を開始し、 84人の支援により 536,000円の資金を集め、 2016/03/30に募集を終了しました

東日本大震災の被災地・石巻で、当時の状況や現在の思い、これからについて五感で体感し考えることで災害を「いつどこで起こるか分からないこと」として捉えるとともに「生き延びる力」を学びます。 島根に帰った後、報告会とワークショップで共有します。

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村上尚実ちゃんとは島根大学時代の友達ですが、出会ったきっかけは尚実ちゃんが大学時代に取り組んでいた「きっかけバス」でした。きっかけバスとは、被災地までバスで向かい、ボランティアを通じて、震災を知り防災を学ぶという取り組みです。 尚実ちゃんのきっかけバスのお話を聞いて震災を「かわいそう」という意味で捉えるのではなく、自分ごととして考えることが必要だと感じました。  それから一年後の去年、実際に現地へ行く機会がありました。 震災から4年が経ち、「復興」という言葉や「震災」という言葉を聞く回数も減ってきていましたが、現場は震災当時とは変わらず、ただただ見渡せる広い景色があるだけでした。 釜石市へ行き、釜石リージョナルコーディネーター(釜援隊)の方や地域住民の方にお話をお伺いしました。釜援隊とは、まちづくりに関わる様々な人や資源をつなぎ、まちづくりを推進する存在です。  復興と同時に、震災前からあった過疎化・少子化・コミュニティの希薄化などといった課題を地域住民や行政と一緒に話し合い、コミュニティを強くする役割を担っているとお話していただきました。釜援隊は、ほとんどの方がよそ者です。「よそ者」だからこそしがらみなく地域を繋がる役割が担えるとおっしゃっていました。 釜援隊の役割について学び、ゼミのみんなで住民主体のまちづくりには何が必要なのかといったお話もしました。  少しずつ、多くの人が震災を「自分ごと」にして、心の片隅に置いておくことは大事なことだと思います。誰かに行った時の様子を伝えるだけでも、伝えられた人には心の片隅に残ります。私も東北へ行ったことがなかった時、尚実ちゃんのお話で「心の片隅」に残っていました。そして実際に現地へ行き、さらに自分ごとになりました。   東北との関わり方はたくさんあります。私もできることから取り組んでいて、その第一歩が尚実ちゃんのプロジェクトを支援し、シェアすることだと思い、行いました。 尚実ちゃんのプロジェクトを本当に応援しています!    


  こんにちは。 このたびのプロジェクトのメンバーとして参加しております、宍戸と申します。   今回のプロジェクトに対し、ご支援してくださった皆様、応援メッセージやシェアをしてくださった皆様に心より感謝を申し上げます。いただいた言葉を噛みしめながら、リーダーの村上さんとともにこのプロジェクトを成功させたい、いや、させなければ、という想いを一層強くしています。   自己紹介&被災地との関わり 僕は、島根県の奥出雲に生まれ育ち、新潟や東京などでの県外生活を経て、現在、ふるさとの奥出雲で暮らしています。 僕は東日本大震災の当時は、東京に住んでいました。震災が起こって以後、「何かしなければ、でも、あまりにも無力な自分がもどかしい。」そんな思いを抱えながら日々を過ごし、仲間とともに被災地に入ったのは数ヶ月後でした。それ以降、ボランティア団体Last One Mile Project (LOM)のみなさんとともに数回、石巻を中心に行かせていただきました。  参考:地域のミツバチ井上貴至くん(現:鹿児島県長島町副町長)のブログ   http://blog.livedoor.jp/sekainotakachan/archives/67342927.html   http://blog.livedoor.jp/sekainotakachan/archives/67206620.html 石巻市雄勝地区に訪れた際の復興店舗   当時はインターネットを中心に情報が氾濫し、「ボランティアは行くべきではない」という意見もあるなど、「もしかしたら僕が行くことは迷惑なのかもしれない」「本当は単なる自己満足で行こうとしているのにすぎないのではないか」など強い葛藤を抱えながらも(もっと活躍していらっしゃる方からすればささいな葛藤かもしれませんが)、最終的には「偽善か善かは自分で決めることではない。気にしすぎて何もしないよりも、具体的に少しであっても状況が改善することに役立ちたい」と心を決め、訪問したことを覚えています。島根に帰った今は被災地に行く機会は減っていますが、今でも被災地の事を思い続けていられるのは、あの時行ったからこそです。だから、行って後悔はしていません。   今回のプロジェクトに関わらせてもらったきっかけ 僕の職場の元後輩である落合くんが前のレポートで書いてくれていますが、落合くんが奥出雲から石巻へ行くときに、仕事探しのお手伝いをさせていただいたのがきっかけです。 2年前、落合くんが僕に「被災地に行きたいのでつないでください。」と相談してくれました。落合くんはそれまで東北地方に行ったことがなく被災地に知り合いがいなかったためです。「今行かないと一生後悔する。宍戸さんがひきとめても僕は行きますから。」と強い決意で語ってくれたのですが、あの時の決意の強さのまま石巻で頑張ったから、今の落合くんがあるんだということを僕は知っています。そして、落合くんが石巻に旅立つ直前、今回のプロジェクトのリーダーである村上さんと落合くんが出会い、「いつか石巻と島根をつなごう!」と意気投合した瞬間を僕も共有させていただきました。2人がそれを実現させようとする今、応援しないわけにはいきません。  石巻で頑張る落合くん   遠くに住む僕たちができる被災地への貢献 今回のプロジェクトにあたって、僕自身が被災地とどのように関わっていったらよいのか、思いをめぐらせました。被災地から遠く離れた僕たちは、頻繁に行くことはできません。だから被災地に行って貢献できることはわずかだし、貢献できたと思ってもそれは自分の思い上がりであり、自己満足でしかないのかもしれない。支援する人・支援される人といった一方的な関係ではなく、もっと双方向で等身大で、そして「自分ごと」として捉えたい。そんな気持ちから、僕個人としてのこのプロジェクトのテーマを下記の3つに絞りました。   ①震災での教訓を防災にいかす  日本は自然豊かですが、一方で自然災害の多い国でもあります。地震はまた必ず起こります。その時に、震災という犠牲の下で学んだ教訓を無駄にせず、被害を最小限にするよう努力することも被災地への貢献の一つではないかと思うのです。今回のプロジェクトのメインテーマはまさに「防災」です。震災について学び、島根は安全だと思い込みがちな自分自身を律したいと思います。   ②交流人口の一人になる  被災地への貢献のあり方は、様々な形があっていいと思いますし、様々であるべきだと思います。定住施策に力を入れている島根でも、島根に定住できなくても都会で島根のものを買ったり時々遊びに行ったりなどで島根に関わる方法もあると言っています。いわゆる、定住人口を増やすだけでなく交流人口を増やすことが大切だ、ということなのですが、被災地と私たちの関わり方も、そうであってもよいと思うのです。被災地で生産された商品を買ったり、時々は訪れる交流人口の一人として関わり続けることはできると思っています。   ③復興のまちづくりについて学ぶ  被災地である東北地方太平洋沿岸部は、島根と同じく震災前から過疎化していた地域ですが、震災によって時計の針が一気に進んでしまいました。例えば、僕が何度か訪れさせていただいた石巻市雄勝地区では、震災前の平成22年に人口4,435人、高齢化率39.03%だったものが、平成27年では、人口2,152人、高齢化率46.51%となり、人口は半分以下に、そして高齢化率は急上昇しています。実は僕は新潟県中越地震の際には新潟県に住んでいて、新潟で地震に遭い、被災地であった中越地方の中山間地域にも何度も訪れたのですが(僕は当時、大学で中山間地域問題を専攻していたためです)、そこでも被災によって人口の減少と高齢化率の上昇ペースが早まっていました。震災は人口減少と高齢化が進む地域がやがて迎えなければならない未来を一気に訪れさせる場合があり、結果として日本がこれから抱える課題を先取りする形になっているのです。同様の課題を島根でも抱えていますが、島根に住む僕たちも復興のまちづくりから学べる点、学ぶべき点があると思っています。   僕はこの3点についてプロジェクトを通して関わり、その学びを島根で活かし、そして活かしたものをいずれ被災地に還元できればと思っています。そんな地方同士の循環の関係性を築けていったら、日本中に豊かな地域ができるかな、と思っています。


みなさまはじめまして!プロジェクトでサポート役の一人として関わっている三原緑です。 島根県で生まれ育ち、社会人となった今も県内で生活をしている、生粋の島根っ子です。プロジェクト起案者、村上尚実ちゃんと同じ24歳で、現在は玉造温泉で観光のお仕事をしています。 今回のレポートは私が担当しますので、少々お付き合いいただければと思います。よろしくお願いします。 プロジェクトサポートに関わるきっかけ私が東北に初めて訪れたのは大学2年生のときで、震災後1年が経とうとしていた頃でした。心が痛いのですが、津波がありとあらゆるものを飲み込んでしまい、海が見えるはずの無い場所から、見渡せるようになっていました。人々の暮らしは一変してしまったのだということを感じました。今までにない衝撃を受けたことを覚えています。 同じ日本という場所でこんなにも大きな出来事があったのだということを感じ、私も同じ国民として何か力になりたい、と思いました。しかし、日々の生活に追われ、気がつけば東北へ行ったのは大学時代の一度きり、という状態になっていました。そんな時、村上尚実ちゃんのプロジェクトサポートとして声をかけてもらいました。今回、このプロジェクトに関わることも私なりの復興への関わり方なのではないだろうかと思っています。  再び宮城県へ 今回のプロジェクトに関わる上で、もう一度宮城県に行かなければ!という思いが募り、今年に入って二度、宮城県に行ってきました。そこで感じた事は、現地の皆さんの心の温かさです。 突然の訪問にもかかわらず、笑顔で迎え入れてくださったcaféのオーナーさんは、「寝るところも決まってないのが不安なのはこっちも分かるからさ、うちなら暖かいし、泊まっていきなよ!」と声をかけてくれました。 昼食をとったお店の警備員さんは2回目の訪問のとき、顔を覚えてくださっていました。帰り際に「またきてよ!」と声をかけていただき、とても嬉しかったです。 駅前の商店街の案内所では、観光協会の方が地域の魅力を語ってくださいました。「ここは若者もみんな一緒になって元気なところなんだよね、またおいで!」とお話をしてくださいました。 仮設住宅で暮らしておられる方のところに行ったときにも、初めての時には「よくきたね~!」とおもてなししていただき、二度目の時には「おかえり~!」と声をかけていただきました。なんだかふるさとに帰ってきたような気持ちになり、帰り際には、道中長いだろうから、と沢山の手作りご飯やお土産をいただき、胸がいっぱいになりました。   きっと震災を体験した皆さんだからこそ、自分以外の人に共感することができ、心から接することが出来るのではなだろうかと思います。一つ一つの瞬間は二度と同じことがない、大切な時間なのです。 未来へつなげる現地では、みなさんが震災のことを語ってくださいました。震災後大きく変わってしまった生活があるにもかかわらず、私達のような県外者を温かく迎え入れてくださり、おもてなしをしてくださったこと、そして、きっと話すのは辛いであろう震災のことを語ってくださったことには、本当に感謝しています。お話をお聞きして感じたことは私だけで留まらせてはならないのだと思いました。 現地のみなさんから感じたことは、震災のことを語り継ぎ、未来へつなげることが日本の復興になるということでした。 そして、震災を体験していない私達には何が出来るのか・・・これは、私もずっと心に引っかかっていることでした。しかし、今回の旅やこのプロジェクト準備を通じて思ったことは、少しでも身近に感じること、自分ごとと思うことが大切なのだということでした。震災があったことを忘れないことが私達の役目の一つなのではないでしょうか。 東北とあなたをつなぐ「いしのまねきバス」島根県と東北、距離的にも離れていて、時間もお金もかかるし、なかなか行くことができない・・・ 大学時代の私もそう思っていました。動き出すのに勇気がいること、分かる気がします。 だからこそ、このバスをきっかけに東北、宮城県石巻へ一緒に行きませんか?? 「百聞は一見に如かず」と、いいます。できれば、現地へ行き、自分自身の目で見て感じることが復興につながると思います。ぜひ、このプロジェクトに一人でも多くの皆様にご参加いただければと思います! 何卒よろしくお願い致します。 --------------------- いしのまねきバス参加者募集中です!直接東北に行ってみませんか?お申し込みはこちら! 【日程】 4月14日(木)〜17日(日)【スケジュール】※詳細は3/6のレポートをご覧ください 14日(1日目)島根出発(出雲、松江) 15日(2日目)バス内ワークショップ石巻南部地域被災地ツアー防災ワークショップ等 16日(3日目)石巻東部地域の被災ツアー大川小学校---大川小学校遺族会語り部いしのまき学校(石巻の高校生)との未来のまちづくりに向けたワークショップ等 17日4日間の振り返りなど10〜11時ごろ島根到着予定 --------------------- 紹介エピソード~南三陸町での出逢い~私は大学時代に震災復興活動で南三陸に行きました。その時に地元の方が少しずつ取り組んでおられた商店街は、いま「さんさん商店街」として地域の活力につながっています。 この商店街では「キラキラ丼」という海鮮丼を、それぞれの飲食店がオリジナルで作っておられます。 東北は海の幸も豊富ですし、南三陸は港町なので海鮮丼を味わいたいと思い、あるお寿司屋さんに入りました。いただいた海鮮丼は正にキラキラしていて、普段島根で食べる海鮮丼とは、また一味違うおいしさがありました。 お店の方もとっても優しくて、最後にちょっとでもお話してみたいなと思い、おいしい海鮮丼をいただいたことのお礼と島根から来たことを伝えたのです。 そうすると、まさかのことが発覚しました。 お店の娘さんは、なんと、島根に嫁いだのだということが発覚したのです!こんな運命的な出会いがあるのだろうか!と、とても驚きました!まさか東北の地で島根と結びつきのある方にばったり出会うとは思いもしておらず、この嬉しい出来事は絶対に大切にしなければならないと思いました。 島根に帰ってから即行で娘さんのところに挨拶に伺わせていただきました。今は2人の娘さんの子育てをしながら暮らしていらっしゃいます。お寿司屋さんで会った、優しい笑顔のお母さんとそっくりな、素敵な娘さんです。 一つひとつの出会いは、かけがえの無いものなのだということを改めて感じる出来事でした。縁結びの地、島根に生まれたことを幸せに思います。 この体験で、より東北のことが、宮城県のことが好きになり、私も同じ日本国民として力になりたいと感じました。距離は遠く離れていても、心はしっかり結ばれているのですね。  


  3月13日、出雲市湖陵町を訪れました。きっかけは、11日にかかってきた電話です。   「新聞読みました。支援は、どうしてしたらいいの?」   思いきって、直接お宅にお邪魔させていただくことにしました。      電話のお相手は、80代のハキハキとした女性。   「私は昨年病気で死にかけて、こうやって一人ででも暮らせるくらい、元気になりました。 せっかく今こうやって生きていられるんだから、やっぱり何かせんと、と思ってね。ふと見た新聞で電話してみようと思ったんです。私にはこれくらいしかできんけど、頑張ってね。」   と、病気だったことや一人暮らしのことなどお話ししてくださいました。      「本当は、私が行って何かできたら一番良いんだけれどね。」と電話の向こうで話す方が、何人もいらっしゃいました。   年齢や体調、職場や家庭など、様々な環境や事情があるなかで、今まで生きてきた経験とともに様々な人がそれぞれの人生を歩んでいます。 東北を応援する形も、様々なものがあって良いのではないかと思います。   直接話すと、その方のその気持ちがとてもよく伝わってきました。 私は、私に託してくださった方々の想いを、必ず届けます。 また、応援してくださる方々と話すことで、東北に直接行くことの大切さを再認識しました。   ご支援してくださっているみなさま、本当にありがとうございます。 できるなら、直接お礼を言いたいです。   オンラインも良いですが、オフラインはそれよりもっと、人にとって必要なことであると、そう思います。    石巻の仮設住宅にて   --------------------- 新聞に掲載していただきました!   3月4日 読売新聞 3月11日 山陰中央新報「明窓」 3月11日中国新聞 3月15日朝日新聞   ありがとうございます。   --------------------- いしのまねきバス参加者募集中です! 直接東北に行ってみませんか? お申し込みはこちら! 【日程】 4月14日(木)〜17日(日) 【スケジュール】※詳細は3/6のレポートをご覧ください   14日(1日目) 19:00 島根出発(出雲、松江)   15日(2日目) 10:00 バス内ワークショップ 13:00 石巻着 道の駅上品の郷 15:00-16:00 石巻南部地域被災地ツアー 16:30-18:00 防災ワークショップ 18:30-20:00 女川駅周辺 20:30-21:30 波板地域交流センター到着、振り返り、宿泊   16日(3日目) 8:30 波板出発 石巻東部地域の被災ツアー 10:00-11:30 大川小学校---大川小学校遺族会語り部 12:00-13:00 昼食 13:30-15:00 語り部(4人×5グループ) 15:30-17:30 いしのまき学校(石巻の高校生)との未来のまちづくりに向けたワークショップ 18:00-入浴、石巻発   17日 4日間の振り返りなど 10〜11時ごろ到着予定   ---------------------


【島根県の皆様 及び ご心配とご支援をお届け下さいました多くの皆様へ】  東北の被災地住民の一人として、 この場をお借りして、ご挨拶させて頂きます。東日本大震災におきましては大規模災害地域である東北に、多大なるご心配とご支援を賜りましたこと、心より感謝申し上げます。   【遥か遠き北国の太平洋へ来てみませんか?ツアー参加者募集】 皆さん、 初めまして! 私は佐藤と申します。生まれも育ちも東松島市で、石巻広域は私にとって生活圏そのものです。 微力ながらツアーサポーターとして、被災経験者の一人として、そして落合さんの友人として参加させて頂くこととなりました。どうぞ、宜しくお願い致します。 皆さんは、当たり前の日常が明日はないと思ったことがありますか? 私はありませんでした。失って気付いた"当たり前"とは、実は存在しないのです。今は無き仲間と故郷が恋しくてたまりません。 ここから先は企画者である落合さんの想いと、被災地住民の一人より皆さんへお伝えしたいメッセージを読んで頂けましたら幸いです。どうぞ、お付き合い下さいね。 以前、島根県出身の落合さんが、愛する故郷 島根県と大好きになった石巻を繋ぎたい!3.11を未来へ繋げるプロジェクトを、いつか立ち上げたい!と話してくれていました。彼のその想いが現実となり『 3.11を 未来へつなげる プロジェクト いしのまねきバス』が発足しました!このプロジェクトは彼の想いを形にしており、愛する故郷 島根の皆さんを、大好きになった石巻へお招きするツアーです。皆さんをお招きするにあたり準備を心を込めて進めておりますよ!落合さんは震災後の移住から始まり、現地の人々のすぐ傍で、心の傷や体調改善に奮闘してくれています。次第に地域の人に必要とされ、様々な用途で活動が浸透しつつあります。心に深い傷を負った地域の人々と間に芽生えた絆、また彼自身、自分とどう向き合ってきたのでしょうか。 皆さんにメッセージを送られて頂いております私も、被災で受けた心の傷が5年経った今も癒えておりません。自分でも分からない程、深傷だったと気付いたばかりです。時間もケアもまだまだ必要だと思います。被災地を支える側の人 、前を向こうと頑張りつつも未だに恐怖や悲しみと闘う人々、そして皆様を含めた全ての方々の『これからの未来』の為に、私は何ができるだろう? と、考えた時に微力でも東日本大震災の被災経験をした一人として話すことかもしれない…でも正直まだ辛い。とても迷いました。 被災体験を人前で話すのは未知の世界です。といいますのも、 家族や友達も含め『みんな周りは被災者』ということで、長い間悩みを話せなくなりました。それ以外で話せば話したなりにも、周りとの温度差が押し寄せてきます。今まで気持ちを素直に発する事が出来ず、言葉にすることがとても怖かった。 心労から体を壊しても、寄り添って傍にいてくれたのも、やはり家族や友達でした。落合さんもその一人です。 震災から間もなく5年となります。 私達の故郷は津波により壊滅して、二度と帰ることが出来ません。その海に私は5年間近づくことが出来ませんでしたが、5年を目の前にして 現実を確かめに足を運びました。怖くて足が震えて涙が止まらなくなりました。砂浜はなくなり、震災前の面影は、もうどこにもない私の愛すべき故郷。 ここにあった小さな港町で、仲間達との活気に満ちた生活が存在していたこと。たくさんの笑顔達が溢れていたこと。名前すら語られないのが寂しく感じてしまいました。住民がいない場所となってしまったことで、そのまま時間が止まったままなのだと…。この日の出来事が、気持ちの変化となり私のサポート参加のきっかけとなりました。 風化は止められなくても、 ここにあった 穏やかな日々を忘れたくない。忘れてほしくない。という気持ちが落合さんと話していて一層強くなりました。 私にできることは小さな事です。 ですが、精一杯の言葉で当時の話、避難所での生活、人と人との関わり、防災への意識、 4年にも渡った仮設生活 、そして新天地へ。 1年目から振り返り、現在までの お話ができたらと思います。重い話もありますが、極限状態だったからこその温かい話やハプニング話なども交えたいですね。 現在の被災地に生きる人々が、皆さんの目にはどのように映るのでしょう?私にも皆さんの声を聞かせて下さいませんか? 落合さんは、 今も被災地域の為に力を貸してくれています。被災地の人々と関わる事を選んだ彼の生の声を聞いて下さい。そして是非、皆さんの故郷へ彼の想いを連れて行っては頂けないでしょうか? 故郷を捨てたと言った彼の心を、 愛する故郷へ。どうか、このツアーが皆さんとの 一期一会となり、落合さんが目指す故郷との架け橋が、石巻の地で叶いますように。お会いできますことを楽しみにしております! 東松島市 佐藤 【ご支援をお願いしております】 それぞれが住む故郷のこれからを、是非時間を共にしつつ、一緒に考えてみませんか? このプロジェクトでは、皆様からのご支援をお願いしております。故郷と被災地を繋げる!自らの言葉で、声で伝えたい! そんな想いを形にしたプロジェクトです。 初めての試みでもあり、時間の経過とともに 、記憶薄れつつある 東日本大震災の傷跡。 いつ、どこで大規模な天災起きるかわからないからこそ、現地の経験を多くの皆様に知って頂きたいです!どうか応援しては頂けないでしょうか? よろしくお願い致します!


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