こんにちは。村上悟です。
「造作日誌」シリーズでは、<みんなの休憩室>の工事の様子をレポートしていきます。
どんな人と、どんな風にこの場がつくりあげられていくか、楽しみながらお読みいただければうれしいです。
まずは、この建物のご紹介からスタートです。
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「え?ここですか?!」
今年はじめ、ここをお借りして食堂をしようと考えている、と松岡宏行さんに紹介されてこの建物を見たとき、ぼくは思わず大きな声で唸ってしまいました。
というのも、この建物は少し前まで、社会福祉法人しみんふくし滋賀さんがデイサービスセンター&地域のコミュニティスペースとして使われていたのを知っていたからです。
「町家利活用推進プロジェクト」奈良県HPより。(赤線は村上が加筆)
しみんふくし滋賀さんのHPより
しみんふくし滋賀さんと碧いびわ湖とは、湖南生協や「抱きしめてBIWAKO」をルーツとして生まれた、いわば兄弟姉妹のような関係の団体。しかも、松岡さんが以前お勤めだったびわこ学園とも、深い関係のある法人です。
数ある近江八幡の町家の中で、こんなに縁深い、建物の改築に携わらせていただくことになったことに、運命的なものを感じました。
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しかも松岡さんに伺ったところ、大家さんは、もし借り手がなければ、もう潰してしまおうとおっしゃっている、とのこと。
たしかに、和室の上の屋根も雨漏れしていて、壁も床も畳も、痛んでしまっていました。
↑雨漏れで痛んだ壁
「でも、それはなんでももったいない」と、お借りすることにしたと松岡さん。ぼくも、まだまだ使えるこの建物がまた、この街の中で生き生きと活かされるよう、力を尽くしたいと願いました。
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建物の中には、古そうな木片が、吊られていました。
見ると「天保五年」と書かれています。調べると、西暦1834年にあたるそうです。
この木片は、建具かなにかの部材のようなので、この建物が建てられた年とは必ずしも言えませんが、仮にその当時からこの建物があったとすると、少なくとも築185年以上の建物だということになります。
あとで大家さんに伺ったお話では、この建物は今の大家さんのひいおばあさんが購入されたものだそうで、当時は旅館だったとのことでした。その後、呉服屋、苗屋さんを経て、デイサービスセンターになった、とのこと。
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そして、3月から5月にかけての工事を終え、5月15日に「食堂ヤポネシア」として再びこの街で息づき始めました。そしていま、<みんなの休憩室>としての役割も新たにスタートさせようとしています。
(次回につづく)