六本木の某ライブバーにて私を毎晩飲んだくれている男だと信じている向きも多いかと思うが、それは間違いである。大抵は昼から飲んだくれているのである。日本有数のプロの酔っ払いと言っても良いだろう。 で、昨夜は私の友人が経営している六本木のライブバーに出向いたわけである。お目当てはもちろん、そこで定期的に歌っている実力派女性シンガーの”いつか”だ。 皆さんは『真夏のオリオン』という映画を覚えているだろうか?玉木宏と北川景子が主演した、第二次大戦末期の日本海軍の潜水艦の奮闘を描いた映画である。あの映画の主題歌を歌っていたのが、何を隠そうこの”いつか”なのである。歌声の素晴らしさは言うまでもない。バラードを聴いて鳥肌が立つというのは得難い経験でもある。そして、私が知り合いになる女性が誰でもそうであるように、”いつか”もまた美人であることは言うまでもない。 お互いにクリエイティブな仕事をしている同士、話は尽きない。テンションが上がった私は、次々とボトルを開けていく。男の飲みっぷりを見せつけられて、”いつか”も年上の男性の魅力に大いに感じ入っているようだ。 プロのシンガーである”いつか”の歌に対する真摯な姿勢は、小説家としての私の創造性を大いに刺激してくれる。あらゆる場面で学び、いかなる時にも創作の原動力にするのが、私のポリシーでもある。単なる酔っ払いではない私の懐深さがお分かりであろう。 もちろん私も芸術家の端くれだ。彼女のクリエイティビティを揺さぶらずにはおかない奥の深い一言を投げかけるのを忘れはしない。「ところで、いつか。今日のお勘定、貸しておいてくれない?」 強烈な衝撃を左頬に感じたと思った瞬間、私の意識は遠のいた。気づいた時には静まり返ったバーのフロアに大の字になっていた。 彼女のクリエイティビティが揺さぶられたかどうかは不明だが、私のアルコール漬けの脳味噌は確実に揺れていた。






