目標金額の100%達成、ありがとうございます!! 皆様のおかげで上映会が実現します! 応援してくださった全ての方々のあたたかさに触れることができました。あたたかいご支援とご声援、ありがとうございます! さて、このプロジェクトを更に大きくすべく、新たにストレッチゴール、20万円に挑戦します! もし、ストレッチゴールを達成できたら、もう一度上映会を開催したい!です。 次は、一つの会場で完全合同の上映会を行うことで、ICUのLearn to Changeと農大復耕支援隊のつながりが更に深まると考えました! 私たちのつながりが今後も、学生らしい防災啓発の活動に貢献できると考えています。 更に魅力的なプロジェクトとなるよう、力を尽くしていきます。引き続き、ご支援とご声援をよろしくお願いします!
みなさん、こんにちは! 主催者の中田有紀です。 先日、プロジェクトの達成率50%を超えました! これまでにご支援いただいたみなさま、ありがとうございます。 プロジェクトも残すところ2週間を切りました。 みなさまからのご支援をもとに、 上映会を成功させたいという気持ちも 一層高まっています! プロジェクトの進捗状況としては、 積極的な広報活動を開始させました! ICUではこの上映会を、 学生寮のダイニングホールで行うということで 大学公認の寮コミュニティ活動として正式に承認されました! 一人でも多くの方に、「防災したいな」という 自然で温かい気持ちを届けたいです。 引き続き、応援をよろしくお願いします!
おはこんばんにちわ!東京農業大学2年、小島真(通称まこっちゃん)です。初めましての方も改めてまこっちゃんに興味を持って下さった方もありがとうございます。よろしくお願い致します! さて、今回は自己紹介ということなので、私の経歴についてご紹介したいと思います。 まずですが、何故私が防災に興味を持ったのかという昔話から始めますね。もう8年になりますね。きっかけは東日本大震災です。私は出身が茨城県で、震災当時は小学5年生でした。正直、東日本大震災で茨城県のイメージはあまりないですよね。私の地元は津波の被害こそありませんでしたが、震度6強という揺れに襲われました。これは岩手県陸前高田市や釜石市と同じ震度です。 その時はただひたすらに怖かったという記憶しかありません。ですが、自分が「死ぬ」とは考えませんでした。 つまり、偶然にも、何の準備も知識もなく生き延びてしまいました。 それから7年の時日が経ち、東日本大震災の記憶も薄れてきた頃です。岩手県の釜石市・大槌町で震災当時の話を伺う機会がありました。それは津波で、建物の倒壊で、大切な街を、人を失ったというものでした。その時、初めて東日本大震災が起こったのだと自覚させられました。同時に、次、東日本大震災が起こった時に私に大切な街を、人を守れるのかと考えさせられました。 「いつか君の花明かりには」を通して、私が東日本大震災の被害を受けた地域で感じたことを感じ取って欲しいと思っています!よろしくお願い致します((*_ _)
こんにちは、初めまして! 今回、このプロジェクトを立ち上げました、 国際基督教大学(ICU)3年の中田有紀と申します。 大学では教養学部に所属し、公共政策を専攻しています! 私の地元は兵庫県西宮市で、大学進学を機に東京、三鷹へ来ました。 今日は、私が何故防災に関わるようになったのか、簡単にお話させて頂きます! 1995年、阪神淡路大震災が、兵庫県をはじめとする阪神地区を襲いました。 この時、私はまだ生まれていなかったのですが、 神戸市に住む祖父母と叔父の住む家屋が全壊になるなど、家族が被災しました。 そして数年後に私が生まれ、阪神淡路大震災の被災地で育つ中で、 何気なく学校教育の一貫しての防災教育や、両親や祖母、 その他の被災した知人の経験談や教訓を耳にしてきました。 そういったことが私の原体験となり、 阪神淡路大震災の追悼イベントの運営に携わったり、 2011年3月11日以降は定期的に東北を応援する活動に参加したり、 三鷹で防災のイベントを覗きにいったりするようになりました。 こういった震災や防災について考える機会に触れれば触れるほど、 誰もが同じようにリスクを負っている災害というものへの対策の必要性や重要性を感じるようになりました。 そして、防災は「大切な人を守るためにしたくなるもの」である ということを共有したいと強く想い、このプロジェクトを立ち上げるに至りました! 「いつか君の花明かりには」の映画上映会を通じて、 1人でも多く、特に同世代の学生らと、 この想いを共有できることを望んでいます! どうぞよろしくお願いします!