皆様こんにちは、自家焙煎燕珈琲の焙煎担当の岸本です
2年前に用瀬町内で開催されたイベント「いなば用瀬宿横丁さんぽ市」に参加した際、当時はまだただの空き家でした。 イベント当日は雨、しかも屋内でゆっくりくつろげるいわゆる「でみせ」は数少なく、イベント開始から終わりまでお客様の途絶えることなく一日が過ぎ去っていきました
当時から多くのお客様から聞こえてました
カフェにぴったりと
で、
「 川のhotori用瀬 」 誕生!!!
嬉しかったです、これでやっと用瀬にも情報の拠点と、人が集まれる場所ができる!
人が集まる→活気が出る→経済が動く→人が集まる→活気が‥→経済が‥→人が‥
そんな素晴らしい拠点ができたことが本当に嬉しいです
生まれも育ちも純粋な「もちっ子 ※注1」な私は途中約2年ほど県外で過ごしたことを除けば、 40年近くも用瀬に住みついておりまして、
保育園も三つもあり、小学校も中学校もあるし、駅も3つもある、
ネットが発達した今買い物に困ることもなく、窮屈な都会に出る理由もなく、
夜になれば蛍が見え、夏場には街灯の下にカブトムシ、クワガタが落ちている、
暑ければ川に行って 鮎を捕まえ、夕飯の食卓にのる、祖父母が育てる旬の野菜、
秋には米の収穫を手伝い、美味しいお米をいただくという当たり前な日常
そんな用瀬の良さに気づき始めて近年は移住者の方が増えているのも嬉しいことです
私もたった40年弱しか住んでませんから、
もちがせといえば「流し雛only」と思ってた所に
『アンコロマンジュウ』?!100年前?伝統菓子? びっくりです
義理の祖父(現88?)の代までは用瀬5区にて岩本菓子店を営んでいたこともあり、お菓子屋さんは多かったそうです、当然義理の祖父も記憶に残っていたようでして、色々当時のお話なんかも聞いたりしつつ、やっと試作品ができたわけです。
お話をする度にビシビシ伝わる熱い思い
奇跡がそこまで
用瀬とhotoriの明るい未来へ
※注1 用瀬で生まれ育った人をいう