2020/07/18 10:00

明治33(1900)年に公表され小冊子の表紙(B5版、18頁)ですが、松島剛氏による「富士山巓観象台」は、富士山頂の観象台(いまでいう測候所)建設への募金を募るものです。

野中到(筆名、至)・千代子夫妻による82日間山頂気象観測という命がけの壮挙(1895年)の後、その活動を支援しようという有志が富士山頂での観測所の設立と各種研究の援助を求めて「富士観象会」を結成して活動しました。発起人には侯爵・伊藤博文、伯爵・大隈重信、理化学博士・田中館愛橘他そうそうたるメンバー160名が名を連ねています。その代表が松島氏です。パンフレットには「募金額は少なくても多くても、結構です。ご芳志で野中夫妻を助け、富士の峰に輝かせてください」という趣旨が書かれており、「新聞には拡散を依頼する」まさにクラウドファンディングです。

日露戦争へ向かう時代のこの運動は、その後、紆余曲折を経て、昭和7(1923)年に正式に気象庁の富士山測候所へと受け継がれてゆきます。

私たち、NPO法人富士山測候所を活用する会は、2019年にホームページ(https://npofuji3776.org/index.html)の中に「野中到・千代子資料館」を設置し、野中夫妻の子孫にあたる方々から頂いた貴重な画像を中心に、富士山測候所の歴史的な資料を収集し、出来るだけ正確な情報を広く利用に供する活動も行っています。

富士山頂気象観測史に関心を持つ有志の集まりとして、NPOの枠を広げて集まっている「芙蓉日記の会」の研究活動を積極的に支援し、その成果も公開しています。

https://nonaka-archives.jimdofree.com/ 

2020年7月12-16日にオンライン開催されたJpGU-AGU Joint Meeting2020では「野中到・千代子による1895(明治28)年富士山頂気象観測値の検討」(山本哲ほか)という研究報告も行われました。

興味のある方は、是非このバーチャル博物館へも「ご来館」下さい。