Check our Terms and Privacy Policy.

「血液グループ先生」に届いてほしい。「無菌の国のナディア」外伝を執筆しました。

2ちゃんねるの有名スレッド「医者ってさ」「無菌の国のナディア」の関係者に取材を行い、15年かけてノンフィクションを書き上げました。/主要な登場人物「血液グループ」先生にも取材を行いました。しかし2004年頃を最後に音信が途絶えています。/再会してご報告がしたい。ぜひみなさまの力をお貸しください。

現在の支援総額

100,000

3%

目標金額は3,000,000円

支援者数

16

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2017/05/19に募集を開始し、 16人の支援により 100,000円の資金を集め、 2017/07/30に募集を終了しました

エンタメ領域特化型クラファン

手数料0円から実施可能。 企画からリターン配送まで、すべてお任せのプランもあります!

このプロジェクトを見た人はこちらもチェックしています

「血液グループ先生」に届いてほしい。「無菌の国のナディア」外伝を執筆しました。

現在の支援総額

100,000

3%達成

終了

目標金額3,000,000

支援者数16

このプロジェクトは、2017/05/19に募集を開始し、 16人の支援により 100,000円の資金を集め、 2017/07/30に募集を終了しました

2ちゃんねるの有名スレッド「医者ってさ」「無菌の国のナディア」の関係者に取材を行い、15年かけてノンフィクションを書き上げました。/主要な登場人物「血液グループ」先生にも取材を行いました。しかし2004年頃を最後に音信が途絶えています。/再会してご報告がしたい。ぜひみなさまの力をお貸しください。

このプロジェクトを見た人はこちらもチェックしています

10/6-8のどこか半日程度で京都に行ってきます。 10月2日はよよん君の命日です。 もし、できましたら皆様、10月2日の午前9時20分過ぎに、琵琶湖の方を向いて銘々に謎の踊りを繰り出していただけたら幸いです。ヨガでも、イー・アル・カンフーでも、昇龍拳でも、燃えよドラゴンでも、酔拳でも、何でも構いません。僕は今年は、仕事中ですがうまく休憩をとって、彼の得意としていたツインビーをプレイするつもりです。 * ちなみに、2002年の9月29-30日は、こんな感じでした。 * 791 名前: 卵の名無しさん 投稿日: 02/09/29 03:40 ID:/p3gtH+c明日も雨かな? でも大丈夫。雨ふって地かたまる。 また、晴れる日が来る。  792 名前: おはつです 投稿日: 02/09/29 07:51 ID:+A+LzY+1がんばれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ  793 名前: ときどきかきます 投稿日: 02/09/30 21:57 ID:nHoN8A59もうすぐ10月。 にょろんにょろんにょろんぉぉ 私の気です。ちょっと弱くてごめんなさい。  http://www.geocities.jp/raranrock/report/toheaven/nadir.html * 今年もまた、10月2日は台風一過の青空になりそうです。 船橋海神



thumbnail

11月23日、お墓参りに行ってまいりました。 はてなのユーザーさんお二方も馳せ参じてくださいました。 花束と、コーラと、ライトビールと、よよん君は生きていればもういいおっさん(39)ですので(信じられないw)、2ちゃんが5ちゃんに変わったことを改めて伝え、お墓を後にしました。 次は、よよん君が2ちゃんねるに降り立った2月20日の墓参を予定しています。まだ、いけずな京都は寒い時期かも知れません。 また、ご報告します。ご参集くださったお二方、ありがとうございました。 船橋海神 拝


(活動報告がファンド終了後にも書けてよかった!) よよん君のお母様あてに冊子などお送りしました。 きっと、お返事下さるのではないかと思います。 お差し支えなければ、また、こんな具合で進捗を活動報告として投稿していきたいと思います。


thumbnail

第3章のサンプルです。 いつもと同じように自分のサーバにもアップしました。 http://kumabooks.com/sample4.jpg 第3章はよよん君のお母様のパートです。戦後まもなくのお生まれで、「由緒正しき、きれいな近江商人」と僕は感じています。ご自身もそのような風土、血が流れているとお話しされていました。そのあたりを、ちょっと描いてみたつもりです。 京滋弁がおかしいのは(笑)、勘弁してください。いずれ直さなくてはと思っていますが、いまはこれが精一杯。取材音源も、ここのところはあまりうまく撮れていなくて。 事前に何人かの友人に査読してもらったところ、この第2章のパートがいちばん受けがよかったようです。なぜだろうと考えてみたのですが、僕は母を2001年に亡くしているんですね。よよん君のお母様とほぼ同年代です。その感触、感傷が残っていたことが、取材時にいい方向に作用したのかなと思っています。 ちなみに、前頁から見切れているところは、ご結婚時の旦那様との会話です。「結婚したら家計は一切見させてもらいます」「その上で私が働いた分は私の好きなようにさせてもらいます」「つまらないことには使いません」といったやりとりを受けての、上の頁です。 暮らしの、達人のような方です。春先にお電話した際には、お元気でいらっしゃいました。 * 引き続き、ご支援、お口添えのほど、よろしくお願いいたします。