みなさま、こんにちは。編集者の多田と申します。
足利生まれでも、足利育ちでもない私が足利市民会館を知ったのは、2017年の春に主婦の友社より発行した『Skip』というムック本の取材がきっかけでした。
旧市街に店を構える「mother tool」の中村さんの視点から、足利という街の魅力、そしてその地で生きていくことに対して、どのような思いでいらっしゃるのかをお伝えする内容で、取材を進めるうちに、足利には、風情ある小路が残っていることや、おいしいお蕎麦屋さんや洋食屋さんがたくさんあること、そしてアートや音楽といった芸術文化が、町の空気をつくる遺伝子として漂っていることを知りました。
その中心にあったのが文化の「創造劇場」である足利市民会館の存在。
全国4カ所でしか開催されていないNHK交響楽団の定期公演場所のひとつであり、しかも、ミュージカルやオーケストラ、オペラといった劇場専属の団体が市民との協働で運営されている、劇場としてのクオリティの高さを備えた「市民のための場所」。
全国に「市民会館」と名のつくところはいっぱいありますが、市民の日常にこんなに密接している場があるのか、と羨ましく思ったのを覚えています。
1966年に竣工されたこの建物の中で、織姫伝説の一幕が描かれた美しい緞帳(どんちょう)が開く瞬間をどれだけ多くの人が目にしたことでしょう。
芸術を介して時代をつないできたこの足利市民会館は、市民のみなさんにとって欠くことのできない社交の場であったはず。
それが今、時代の流れとともに姿を消そうとしています。建物も年を老いますから老朽化は否めません。しかしそこで培われてきた足利市民の文化の芽は年月の分だけ深く根をおろし、これからも花を咲かし続けてくれると思うのです。
先に述べた『Skip』の冒頭で、足利取材を終えた感想をこのように記しています。
『あれがない、これがない
(世の中は)ないものを挙げだすととまらない。
あれもある、これもある
(世の中は)なくしたくないものであふれている。
同じ環境でも、考え方で世界は変わります』
今思うと、これは足利に限ったことではなく、どこに住んでいても言えること。ひとりひとりの意識で生活や環境はつくられていくんですよね。現状に目をつぶって大事なものをみすみすなくしてしまうのではなく、自分たちの未来のために何ができるのか、今一度、考えてみるべきときなのかもしれません。
このたびの足利市民会館への55年間の感謝と思い出を込めた一冊が、新しい「市民のための場」を生み出す出発点になりますように。