2021/06/01 20:00

      「日本が日米安全保障条約から飛び出た時」

 ICANは「核の抑止力は神話」と言う。「生き者のすべてを死

滅させる大量の核兵器は保有していても使えない。使ってはいけな

い。人間の最後の理性が核兵器の使用を許さない」。こう主張して

核兵器廃絶国際キャンペーンを世界中に展開している。現在六〇ケ

国以上の団体個人が参加。日本からもNPO法人が参加している。

 ここが日本の非武装中立論者と決定的に違う。

 ICANの主張の通り、広島長崎以降、核兵器は使われていない。

使われそうになった局面もあった。朝鮮戦争の膠着を打開しようと

マッカーサーが大統領に核の使用許可を求めた。トルーマンは許可

せず、マッカーサー国連軍総司令官を解任した。こうしてトルーマ

ンは第三次世界大戦突入の危機を避けた。

 もうひとつあった。キューバ危機。この時はジョン・F・ケネデ

ィとフルシチョフのチキンゲーム。一触即発。世界中の緊張が最高

潮に達した。結局はフルシチョフが折れて核の使用を免れた。

 ICANの神話認識は、このふたつを、根拠にしていると思える。

…核兵器を用いた戦争には勝者も敗者も無い。戦争当事国に残され

るのは廃墟と放射能。広島長崎を知るならば一目瞭然。生き残った

者たちは後遺症に苦しむ。今も苦しんでいる。それらを核兵器の発

射ボタンを押せる権能者は知っている。だから使えない…

 一方、国連には核拡散防止条約と包括的核実験禁止条約が存在し

ている。これが国際連合安全保障理事会(以下『安保理』)の存立

の柱。国連で核兵器保有が認められている国家は米・英・仏・中・

露。何れも第二次大戦の戦勝国。そして『安保理』の常任理事国。

非常任理事国は一〇ケ国(任期二年。一年に半数が入れ代わり連続

再選は不可)。日本は現在まで一〇期二〇年間務めた。常任と非常

任国の権能の違いは拒否権だけ。あとは同じ。『安保理』はこの一

五ケ国で運営されている。

 ICANの神話論に対して『安保理』は核抑止論によって成立し

ている。その認識は揺るぎない。そして『安保理』は機能している

ように思える。これが国際連合発足から現在まで続く、世界を律す

る「Power Of Balance」。この五ケ国が新たなる

核兵器の保有を認めない世界の秩序を作った。しかしながら新たに

核兵器を持ち(インド・パキスタン)、持とうと開発に成功し(北

朝鮮)、持っているのが濃厚とされる国家(イスラエル)が出現し

た。今も核兵器開発の疑いを強く持たれている国家(イラン・シリ                       

ア・ミヤンマー)も在る。ミヤンマーは意外だった。

   インドの核実験は一九九八年五月十一日と十三日に計五回。パキ

スタンは遅れてはならぬと同年同月の二八日と三〇日に計二回。

 この両国は国境を接し、争いが絶えない歴史を抱えている。特に

北の山岳地帯では国の境い目が不明瞭。かつてパキスタンは西と東

に国が分かれていた。西と東の国境いもインドと隣り合っている。                         

一九七一年にバングラデッシュが東パキスタンから独立した。今は

西だけがパキスタン。国境紛争の他にインドとパキスタンの間には

宗教の違いがある。インドはヒンズーと仏教。パキスタンはイスラ

ム教が絶対宗教。今も信教の自由が無い。イスラム教優位の不平等

法がそのままに。こうなると諍いが絶えない。抉れる。インドの核

実験は対パキスタンを想定。言わずもがなのパキスタン。

 隣同士の諍いは根が深い。

 両国の核実験に対して『安保理』は核拡散条約への署名と批准を

求めた。両国は断固拒否。

「五ケ国しか核兵器を保有できない条約は不平等条約である」

 何故か、両国の足並みが揃った。

 アメリカが中心となって経済制裁が両国に課せられた。


 二〇〇一年九月十一日。NYに同時多発テロ勃発。アメリカはタ

リバンの仕業と断定。タリバンの拠点であるアフガニスタンの山岳

地帯に掃討作戦開始。なかでも首謀者のビン・ラディン殺害が主た

る目的。パキスタンはアフガニスタン侵攻に欠かせない要衝であっ

た。パキスタンはアメリカのテロとの戦いを積極的に支持。アメリ

カ軍による前線基地建設と使用を認めた。これによりパキスタンへ

の経済制裁が解かれた。その後にインドも何時の間にか解かれた。

片方だけ解くと力の均衡が崩れるとの政治的配慮だった。

 それを北朝鮮が見つめていた。

…開発して完成させてしまうならこっちのもの。『安保理』には廃

棄させる力が無い。経済制裁がせいぜい。それも個別制裁。すべて

の国家が連動しない…

 第二次大戦の教訓からの戦争を起こさない仕組みが五ケ国による

「Power of Balance」。これが現在も続く戦争を

起こさない仕組み。この力の均衡の変化をアメリカ・イギリス・フ

ランスは望んでいない。けれども同じ常任理事国のロシア・中国は

機を見てアメリカの覇権を脅かす。ちょっかいを出す。ロシアはク                                    

リミア併合。それで経済制裁を受けている。中国はアメリカと同じ

ほどの国土を有しながらも領土領海の拡張野心は旺盛。この野心の

矛先は東と南シナ海への進出。ヴェトナムやフィリピンの漁業者は

いわれのない被害に遭っている。日本は尖閣諸島の国境線。                     

「Power of Blance」とは核兵器保有量のBalan

ceとも云える。北朝鮮は核の保有こそが、そして核兵器をアメリ

カまで飛ばせるICBMこそが、国体の維持には不可欠と考えてい

る。核兵器とICBMが「Politics Power」への参

入を可能ならしめると企てている。しかし国連が北朝鮮の企てを認

めた時には現状の「力の均衡」が変化する。それは中国もロシアで                          

さえも認知できない。こう考えるとICANの神話論こそ幻想では

ないかと思えてしまう。もう少し考えを進めてみると神話論も抑止

論も科学的に検証できないと気づく。この科学的とは論理的整合性。

『使えない。使ってはいけないと気づいている核兵器を「Powe

r of Balance」の中軸に据えているのは愚か』

『核兵器を持った狂人を出現させない為にも核のバリアーは必要』

 このせめぎ合いが今までと今。狂人の出現は現実味がある。かつ

てはカダフィーとフセイン。現在はアサドと金正恩。アサドは核兵

器開発に着手していると疑われている。ここでの疑いとは確信に近

い。核兵器開発施設の立ち入り査察を拒否するとは、見られたら困

る。或いは拒否することで、核兵器保有の可能性を高めたい。この

どちらか。金正恩は核兵器開発に成功。

 狂人には共通性が在った。四人ともアメリカの覇権に屈しない。

 アサドにはロシアが支援。ロシアが支援していなければアサドは

持ち堪えられなかった。国内の反アサド武装組織。広範な自治を求

めるクルド人部隊。おまけに『IS』も出現。最近は『IS』の動

向が報じられなくなった。政府軍の『IS』の支配地域奪還が最後。

 シリアの今は、こじれに、こじれている。

 狂人とはアメリカの覇権に抗う者。

「Power of Balance」もグローバルスタンダードも

アメリカの国益。抗う者が出現して不思議はない。

 

 日本がアメリカの核の傘から飛び出た時、それをアメリカが認め

た時、日本は『核兵器の抑止力は神話』と『世界の平和は「Pow

er of Balance」によって維持されている』の狭間に否

応なしに立たされる。日米安全保障条約から日本が飛び出すのをア

メリカが認めるとは、アメリカが日本を「自国は自分で守れ」と突

き放した時。これはアメリカが日本を護るのが負担に感じた時には

有り得る。経済力の弱体化は軍事予算の削減を強いる。それと核兵

器抑止論が神話と断定された時。

   けれども神話と断定されるには今のところ無理がある。

 次の覇権国家の有力候補は中国。隣国中国への備えには日本も核

兵器で武装すべきと大声が飛び交うだろう。北朝鮮の核兵器保有に

直面して「日本も核兵器保有を議論すべき」との声が挙がったが、                         

いち時の騒ぎ。これが日本人の赤裸々な姿。沖縄の基地問題は他人

事。我慢と忍耐と辛抱を七三年の間、沖縄の人たちに押し付けてい

る。よって自らの判断で日本はアメリカの核の傘から飛び出したり

しない。平和ボケの日本人がアメリカから「もう護れなくなった。

日本は自力で国を守れ」と通告されたならば日本と日本人は大転換

を強いられる。現に日本はアメリカから自力での防衛力強化を迫れ                       

ている。その急先鋒はアーミテージ。彼は日米安全保障条約に基づ

く防衛力負担割合の変更を求め続け、日本は専守防衛とは疑わしい

兵器をアメリカから購入している。いや。させられている。これは

アメリカの対日貿易赤字削減に役立っているが付録のひとつでしか

無い。アーミテージの思惑は専守防衛に留まらない日本の軍事力強

化にある。そうなれば必然的にアメリカの負担が減る。

 

 非核三原則。これが日本人の心情。国是と云って良い。

 政権与党も、永い間、これだけは護っている。


 ICANの神話論にはひとつだけ弱点があった。

「使えない核兵器。しかし使おうとするば使える」

 これが核兵器が持つ威圧。使えなくとも、使わなくとも、相手を

威圧できるのが核兵器。この威圧を神話論はスルーしている。

 威圧は脅しに転嫁する。

 拳銃を手にしている者と丸腰の者が対峙した情況と極似。拳銃を

持っている者は決して発砲しないと丸腰の者に約束した。しかし何

時なんどき考えが変わるかも知れぬ。突然の激情が襲うかも。意図

ぜずに発砲してしまうやも知れぬと、丸腰の者から怯えは消えない。

 脅しとはこうした威圧の情況と怯えの心理が背景に無くては成り

立たない。こうなると日本と日本人は威圧に屈しない胆力が求めら

れる。威圧する国家と対等以上に向き合い、振る舞える力が無けれ

ば、怯えを見透かされる。しかしだ。胆力だけでは一回が限度。

…使ってはいけない核兵器を、使えるものなら、使うがよい。私た

ち日本人は三度目の被爆国となり世界中の同情と憐憫の下で、有り

余る支援を受け、必ず蘇る。貴国は、核兵器使用の大罪を、償わな

ければならぬ。この償いは、貴国が、地球上から消滅するまで続け

られ、消滅と同時に終える…

 日本と日本人は『核使用国家への恒久制裁措置条約』を掲げて、

各国に批准を求め、積み重ねる。日本の外交力の正念場。核を持た

ない日本の未来を決める日本だからこその戦さ。この条約には『核

兵器使用国家に対してあらゆる貿易、並びに如何なる交易と取り引

き、及び交流の一切を断つ。その期間は核兵器使用国家の消滅まで

続けられる』と明記されている。二度の被爆を経験し、非核三原則

を国是とした、これからの日本人の進む路は、こう在りたい。

     ・・・・・・・・・・・・・・                  

…すご~い…のひと言。氷空ゆめは読み終えた時に声が出なかった。

出たのは「スゴーイ」だけ。美子は受験までの四ケ月もの間も宿題                         

を考え続けていたんだ。「日本が飛び出た時が難しい」と言ってい

た美子は「恒久制裁措置」に行き着いたんだ。「地球上から消滅す

るまで続けられる制裁措置」には凄味がある。美子の心の芯には恐

ろしいほどの凄味が潜んでいる。わたしは「消滅するまで」とは書

けない。「充分なる反省と謝罪と償いを被爆国が認めるまで続けら

れる」と書いてしまう。甘いなぁ~。

 仲美子は年明けから氷空ゆめの受験コーチに就いた。過去五年分

の入試問題集を揃えて出題傾向を分析して対策を練った。入試五課

目のポイントを絞り込んだ。忘れられないのが英語の発音記号。 

「遥なら『これらの発音記号は間違いだらけ。Nativeはこう

発音しない。平仮名に発音記号は無いでしょう。そもそも表音文字

の英語は発音記号を必要としない』と言うに決まっている」と美子。

そして「遥の言う通りなんだ。でも遥が正しくとも発音記号は必ず

入試には出る。発音記号の数は少ない。入試に出るのは分かり難い

ところだけ。二〇個程度。それだけ覚えておこう」と美子は二〇個

を書き示した。それから「英訳文では単語の意味が分からなくとも

出題文を文法通りに訳する。単語に躓いても諦めてはいけない。分

からない単語をスペルのまま組み込んで訳文を完成させる。すると

分からなかった単語の意味がボンヤリながらも掴める。掴めなくと

も三割程度の点数をゲットできる」。

 想い起こすとこの時も美子には凄味が在った。

 美子は受験のKnow Howの全てをわたしに注入してくれた。

「ゆめ。入試は満点を狙わなくても良いのだ。八割も正解すれば、

必ず、それも高いランクで、合格できる。それを忘れないで。満点

を取らなければならないのは学問に至る勉強と社会に出てからの勉

強。これらは間違いが許されない。だから入試は楽勝なんだ」

 美子は本当の勉強と入試の為だけの勉強の区別がつく。そして使

い分けられる。わたしは美子の立てたスケジュールに従って勉強し

た。スケジュールには想定問題も数々在った。それらに向き合い、

解いて、入試に挑んだ。すると合格。

 氷空ゆめは拍子抜け。「だってわたしの力で合格していない」と

喜んでいる美子に言うと「ゆめ。なに言っているの。受験勉強は何

のためだったの。木村と学問するためでしょう。我慢。ガマン」

 喜んでくれたのが木村。「ゆめ。精進したな。あっぱれ」。                       

 木村は美子に「あっぱれ」を言わなかった。

 二人の合格は当然との美子の面持ち。こうした間にも美子は宿題

の決めを考え続けていたんだ。美子はわたしの感想を待ち侘びてい

る。ドキドキしなから待っている。


ー読んだ。良い。美子らしい。これで一〇の課題が六つになった。                        

『破綻しない訳』は少し休息が必要。いま少し待って。『飛び出た

時』は『Under一八』の大黒柱になる。わたし。誇らしい。あ

りがとう。そしてお疲れさま。立派だ。そうだ。Upする前にアキ

ラさんに送って。アキラさんは美子の宿題を楽しみにしていたー

 直ぐに返信が届いた。

ーゆめ。アキラさんに送った。楽しみにしてくれていたなんて思い

がけなかった。七人の侍人には経験がある。豊富な知識と知恵があ

る。私たちにはそれらが無い。私は考え続けた。世間的な知恵は妥

協に繋がり兼ねない。まあまあとコトを治め兼ねない。私たちの強

みは若さ。若さとは向こう見ずと言われたとしても突き進む力。私

はゆめから学んでいる。若さを爆発させるには徹底化。徹底化とは

何かを四ケ月考えたんだ。誇らしいと立派は嬉しいー