仲美子は幼稚園年長組の氷空ゆめの号泣を語り始めた。
「何時も動きがゆっくりの遥は先生からさり気なく無視されていた。
ちょっとしたドジでこっぴどく叱られていた。遥が給食の御飯をひ
っくり返た時『何やっているの。家に帰りなさい』と先生。遥は天
井を向いて爆発して泣いた。ゆめは隣で大声で泣いた。ゆめは遥の
右手を握って泣いていた。私は遥の左手を握って泣いた。『家に帰
りなさい』はないでしょう。幼児は帰りたくても帰れない。これっ
て虐待。私も許せないと思ったんだ。クラスの全員がゆめに引き摺
られて泣いた。それから七日後に先生は退職した」
氷空ゆめが予知した最初だった。現れた夢が、一週間後に、先生
は、幼稚園に居ないと、知らせてくれた。
「一票の重さって言うけど一票が重いなんて嘘。一票が百とか二百
とかのまとまった数にならないと重くない。一票は取るに足りない。
鳥の羽根よりも軽い」と仲美子。
「日本の一〇の課題は重い。重くとも解決しなければ日本はダメに
なる。知っていたとしてもその解決行動は選挙に行くだけ。関心の
ない人たちや知らない人たちは棄権する。半分も棄権している。半
分以上の時もある。わたし。そんな大人になりたくないんだ」
「そんな大人になりたくないかぁ~。気合入っているね。考えてみ
ると私もそんな大人になりたくないな。ゆめに巻き込まれやるか」
「おっ。美子。ありがとう」
一人の女性が二人以上の子供を産まないと人口は減る。二〇一六
年は一.四四人。減るのは当然。団塊の世代が生まれた一九四七年
から四九年の出生率は四人を越えていた。(一九四七年…四.五四
人/一九四八年…四.四〇人/一九四九年…四.三二人)
新生児数が減少の一途を辿っていても待機児童の数は減らず、二
〇一七年では二〇、六八一人。この一〇年の平均はゆうに二万人を
越えていた。氷空ゆめは不可解に直面した。
新生児数が減っているなら待機児童数も減るのが当たり前。それ
が減らないとは…。保育園の数と定員数は少しずつ増えていた。謎
は深まるばかり。子供を産んだ女性が子供を保育園に預ける必要が
増えた。それは共働きであってもシングルマザーであっても、子供
を産んだ女性が働くには、昼中に子供を預けなくては働けない。今
は核家族。母親は両親と同居していない。婆ちゃんが昼中に子供の
面倒をみられる環境ではない。待機児童問題が解決されない限り、
働きたくても働けない女性が毎年二万人も居る。そして減らない。
待機児童とは入所を希望しても叶えられない児童を云う。
待機児童を抱えた家庭は生活が苦しいのでは…。