発酵の“時”で味わいを深める、やさしい香りと酸み。晩春の雨粒が波紋になって広がる水田を眺めながら、向かったのは、徳島県上勝町の山深い集落の地。標高600m近くにある、一帯の茶畑で作られているのは、上勝の農家さんが何世代にもわたって守り続けてきた「阿波晩茶」。歴史は実に800年近くあり、乳酸発酵させて作る世界的にも珍しいお茶です。その作りは、夏の7月~8月かけての厳しい暑さの中で、山沿いに育つ茶葉を手摘みすることから始まります。釜で茹で、茶葉を木桶に漬け込み、天日干し、熟成乾燥を経て、出来上がるまで、なんと約4ヶ月も要する大変な作業です。そして阿波晩茶は、茹で時間や漬け込む期間、そして蔵や桶に住み着いている乳酸菌によっても味の仕上がりが微妙に違うというのも魅力の一つ。まさに、作り手さんの味わいが宿るとも言えますね。「一生の仕事にしようと選んだのが阿波晩茶だったんです。」この日訪れた、髙木晩茶農園の髙木宏茂さんは、県内から移住して、志しと誠実さを感じる、ゆったりとした口調と柔らかい笑顔が印象的な方でした。奇しくも、念願叶って阿波晩茶が文化庁認定「重要無形文化財」となった授与式の帰りで、スーツ姿のまま迎えてくれました。雨に濡れることを厭わず、僕たちを茶畑に案内してくださり、時折、肩を濡らしながら、大切なお茶づくりの話をしてくれる姿に胸を打たれます。視線を移せば、斜面に自生している立派な茶樹たち。逞しく茶葉を茂らせながら、雨風に揺れています。今回、僕たちは、高木さんが作ってくださるお茶がもつ個性と味わいの繊細さを「阿波晩茶×酸味」の組み合わせで表現しています。未来ある阿波晩茶との出会いを、一緒にお楽しみいただけたら嬉しいです。



