■はじめに
山形県内の歴史的建造物・景観の保全と価値の発掘をおこなっている「山形歴史たてもの研究会」の中根伸一と、地域文化財の修復や保護の支援をおこなっている「株式会社文化財マネージメント」の宮本晶朗です。
このプロジェクトは山形歴史たてもの研究会の中根と(株)文化財マネージメントの宮本が、共同で実施しています。
古刹・宝珠山立石寺を中心に歴史文化が薫る観光地、山形県山形市の山寺。
多くの観光客が利用する山寺駅からほど近い「やまがたレトロ館 旧山寺ホテル」には、明治44年(1911)に描かれた油彩画《最上川(本合海)》が展示されています。
(高橋源吉《最上川(本合海)》明治44年)
作者は、現在では忘れられてしまった洋画家「高橋源吉」。
描かれているのは最上川中流域の新庄市「本合海」です。
(現在の本合海。古くから日本海と内陸を結ぶ交通の要所で、「奥の細道」にも出てくる)
そんな《最上川(本合海)》ですが、制作当初から100年以上が経ち、あちこちに痛みが目立っています。
破れたり、ヒビが入って絵具が割れて落ちたり、キャンバスが外れかかってたるんでいたり。
(キャンバスの破れ)
一方向から光を照らしてみると、傷み具合がよくわかります。
(キャンバスが外れかかってたるんでいる)
この《最上川(本合海)》を修復し、後世に遺すために、皆さまのご協力をどうぞよろしくお願いいたします!
■画家、高橋源吉とは
絵の作者である高橋源吉(1858‐1913)は今日では知られざる画家ですが、明治の中ごろには、洋画界の中心で活躍した人物です。
(20歳ごろの高橋源吉)
「日本で最初の本格的洋画家」として今日よく知られている高橋由一を父にもちます。
由一の代表作は《鮭》や《花魁(おいらん)》などですが、山形に来て《山形市街図》や《三島県令道路改修記念画帖》などの名画も残しました。
源吉はそんな偉大な画家、由一の息子として、安政5年(1858)に生まれました。
(高橋家家族写真。左端の男性が源吉で真中の男性が由一。芳賀徹著『絵画の領分』より転載)
源吉は、お父さんの家業を継いで画家を目指します。
由一から絵の手ほどきを受けたあと、「工部美術学校」(わが国初の美術学校)で、当時日本で最先端の洋画教育を受けました。
学校を出たあとは、家業を手伝うかたわら、わが国初の洋画団体である「明治美術会」の創立メンバーとしても活躍していました。
しかし明治27年(1894)に由一が亡くなり、明治34年(1901)に明治美術会も分裂・解散すると、東京での生活を捨て、絵を描いて売りながら各地を転々とする生活を送ります。
そして最期は、放浪先である宮城県の石巻にて、大正2年(1913)に56歳で亡くなりました。
■《最上川(本合海)》と「山寺油絵展覧会」
源吉は、晩年の放浪生活の間に山形を2度訪れ、絵を残しています。
山形はかつてお父さんの由一が活躍した土地なので、関係者からの仕事が期待できたのでしょう。
今回、修復を目指す《最上川(本合海)》も、そんな絵の一つで、明治44年秋に制作されました。
そしてなんと当時、立石寺で行われた展覧会で展示されたものなのです。
(展覧会がおこなわれた立石寺根本中堂)
(根本中堂外陣。ここに作品が展示されたと考えられる)
■お寺で展覧会??
お寺で油彩画の展覧会とは、今の私たちからみればなんとも不思議な取り合わせですが、これには理由がありました。
山寺は、明治41年(1908)の東宮(のちの大正天皇)の行啓をきっかけに、日本全国にその名を知られた観光地になりました。
源吉が山形に来たころには、その景色の美しさから「奥羽の耶馬溪」と呼ばれていました。
このような状況を背景に、当時の山寺村の村長であった伊澤栄次が、地域振興とさらなる観光客の増加をはかって企画したのが、「山寺油絵展覧会」なのです。
伊澤村長は、山寺村の中心的な存在である立石寺を会場に選び、山寺や山形の名勝を油彩画で描き展示するよう、源吉に依頼したのです。
(山寺村村長・伊澤栄次。伊澤不忍原著『山寺の歩み 明治・大正・昭和期』より転載)
展覧会は源吉の作品をメインとしつつ、源吉の父である由一の作品なども展示されたようです。
当時の新聞にはその様子が記されています。
また、新聞記事に挙げられている源吉の作品は、今もいくつか残っています。
たとえば《天華岩》。
立石寺のある宝珠山の南東にそびえる巨岩を描いたものです。
(高橋源吉《天華岩》山寺芭蕉記念館所蔵・伊澤家旧蔵)
《山寺全景》は、立石寺のある宝珠山全体をとらえた風景画。
(高橋源吉《山寺全景》将棋むら天童タワー所蔵)
そして、「最上川」の名で新聞に記されている作品が、今回修復を目指す《最上川(本合海)》なのです。
■《最上川(本合海)》と旧山寺ホテル
さて、《最上川(本合海)》が展示されている「山形レトロ館 旧山寺ホテル」は、趣きのある大正期の木造建築です。
平成19年まではホテルとして営業していましたが、現在はホテル業としては廃業し、山形歴史たてもの研究会が建物の見学などができるよう運営しています。
(旧山寺ホテルの外観)
(旧山寺ホテルの大広間)
旧山寺ホテルの前身は明治時代にあり、やはり山寺を観光地化していく過程でつくられたものです。
展覧会を報じる新聞記事にも、「山寺館」という呼び名で登場していて、展覧会の記者発表もここでおこなわれました。
このような関係性から、《最上川(本合海)》は展覧会の後にここに引き取られたものと思われるのです。
《最上川(本合海)》は、観光地として有名になっていく山寺の状況を背景に、画家・高橋源吉と山寺村村長・伊澤栄次の出会いをきっかけに生み出された作品です。
そして縁あって明治時代から今日までこの旧山寺ホテルで護られてきた、山寺の近代を語る重要な歴史遺産なのです。
■《最上川(本合海)》の状態
《最上川(本合海)》は70×150cmの大作です。
制作から100年以上が経ち、また当時山形で入手できた材料の品質の問題などもあり、様々な損傷が生じてしまっています。
特に、キャンバスが木枠から外れかかって大きくたわんでしまっているのは問題が大きく、現在は壁に掛けて展示することもできない状態です。
(キャンバスが木枠から外れかかっている)
(キャンバスが大きくたるんでいる)
それ以外にもキャンバスが破れて穴が開いていたり、絵具のひび割れや剥落が多く生じています。
(キャンバスが破れて穴が開いている)
(絵具がひび割れて剥落している)
■修復について
今回修復を目指す油彩画などを含め、文化財の修復には高い技術と専門性が必要です。
そこで、山形県内で多くの油彩画の修復をおこない、また以前から高橋源吉作品の調査にも関わっている東北芸術工科大学の「文化財保存修復研究センター」(担当 中右恵理子講師)に、修復処置をお願いします。
具体的な修復内容は、以下の通りです。
1. 修復前の写真撮影、調査
2. 額から取り外し
3. 絵具の接着強化
4. 画面に付着した埃・ゴミの清掃
5. キャンバスの木枠からの取り外し
6. 裏面と木枠に付着した埃・ゴミの清掃
7. 裏面に貼られた補修布の除去
8. キャンバス破れ部分の補修
9. キャンバスの変形部分の矯正
10. 張りしろ補強
11. 木枠の補修、構造強化
12. 張り込み(ルースライニング)
13. 画面の洗浄
14. 絵具欠損部の充填・整形・補彩
15. 額の清掃と改良
16.額装
17.修復後の写真撮影、報告書作成
後世に遺していくためには、一刻も早くこのような処置をほどこすことが必要です。
今回は、修復費、調査費、リターン製作費などで121万円が必要となります。
地域の歴史が込められた作品が失われることを防ぐために、皆さまのお力をお借りできれば幸いです。
■最後に
旧山寺ホテルとそこで保管されている《最上川(本合海)》などの文化財は、所有者からの依頼を受け、山形歴史たてもの研究会が管理しています。
(山形歴史たてもの研究会会長の中根をはじめ、会員の面々。まち歩きの一コマ)
それらに関わる経費は来館者からの寄付で賄っていますが、ほとんどは大正時代に建てられかなり老朽化した建物のメンテナンスに使用されています。
昨年にも屋根の工事をおこなうなどして多額の費用が掛かっており、保管している文化財の修復にまでは資金が至らない状況です。
地域に遺る貴重な文化財を守り、後世に遺していくため、クラウドファンディングを通して、ぜひ皆さまのお力をお借りできればと思います。
またこの修復をきっかけに、立石寺を中心とした山寺の様々な歴史について、全国の皆さまに興味をもってもらえたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします!
■リターンについて
ご支援いただきました皆さまには、お礼に以下のリターンをお送りします。
今回の油彩画修復には1年半弱の期間が必要で、修復完成後にリターンを発送する都合上、だいぶお待たせしてしまうことをご了承ください。
■旧山寺ホテルパンフレット
現在、旧山寺ホテルで配布しているA4・三つ折りのパンフレットです。
ホテルについての概要を紹介しています。
■オリジナルポストカードセット
今回修復する《最上川(本合海)》の他に、《天華岩》など山形県内にある高橋源吉作品と旧山寺ホテルを合わせた5枚セットのポストカードです。
■修復報告書
《最上川(本合海)》を修復する工程の画像や説明などが掲載された修復報告書。
通常の鑑賞ではなかなか見ることのできない貴重な内容です。
■オリジナル手ぬぐい
旧山寺ホテルの外観をメインにデザインしたオリジナルの手ぬぐいです。
■支援者様のお名前を裏蓋に記入
今回の修復では作品保護のために、キャンバスの裏側に裏蓋を新たに取り付けます。
その裏蓋に支援者様のお名前を書き、作品とともに保管します。
■旧山寺ホテルの1日貸し切り権
趣きある大正時代の建築である、旧山寺ホテルの1日貸し切り権です。
旧山寺ホテルはJR仙山線「山寺駅」のすぐ目の前と、アクセスに便利です。
(旧山寺ホテルの正面)
残念ながら、現在の旧山寺ホテルは建物の都合などから宿泊や調理はできませんが、大広間での宴会などが可能です。
食事は近隣の飲食店から仕出しが可能です。
かつては、この大広間で結婚式もおこなれていました。
大広間からは立石寺の本坊や奇岩が臨めます。
(旧山寺ホテルの大広間から臨む雪景色の立石寺)
また、大正ロマンな雰囲気での撮影会にもご使用いただけます。
客室や階段などでのコスプレ撮影会などはいかがでしょうか。
(旧山寺ホテルの階段)
(旧山寺ホテルの電話室)
[注意事項]
・宿泊や調理はできません。飲食は可能です。
・館内には様々な文化財が展示してありますので、基本的にそれらは移動させないままでのご使用となります。
・1階は展示のため貸し出しをしていますので、2、3階がリターンの貸し切りスペースです。
・貸し切りが対応できない日程や時間帯もありますので、事前にご確認いただき、ご予約いただきます。
・その他、ご不明な点がありましたらお問い合わせください。
■旧山寺ホテルの3日貸し切り権
「旧山寺ホテルの1日貸し切り権」」と内容は同様で、その3日貸し切り権です。
■そのほか
・山形歴史たてもの研究会
(現在は更新停止しておりますが、過去の活動がご覧になれます)
・今回のプロジェクトに掲載している文章は、下記の調査・研究に基づいています。
小林俊介・大場詩野子「高橋源吉と山寺」『平成24年度 文化財保存修復研究センター研究成果報告書』pp.57-75
『平成24年度 文化財保存修復研究センター研究成果報告書』
最新の活動報告
もっと見る東北芸工大・卒展での展示のお知らせ
2019/02/04 22:36(株)文化財マネージメントの宮本です。東北芸術工科大学の文化財保存修復研究センターで修復中の《最上川(本合海)》、お陰様で順調に作業が進んでおります。このたび、修復された《最上川(本合海)》を同大学の卒業/修了研究・制作展で展示いたします。作品とともに、作品や修復に関係する研究(学生の卒業研究)も展示いたしますので、ぜひこの機会にご覧くださいませ。*****************************************************************************東北芸術工科大学 卒業/修了研究・制作展での高橋源吉《最上川(本合海)》の展示会期:2019年2日6日(水)-11日(月) 10:00-17:00場所:東北芸術工科大学 文化財保存修復研究センター4階(下記マップのI) https://www.tuad.ac.jp/sotsuten/map/index.html料金:無料アクセス等: https://www.tuad.ac.jp/sotsuten/index.html もっと見る
山形ビエンナーレ出展のお知らせ
2018/08/29 19:57(株)文化財マネージメントの阿部麻衣子です。 9月1日(土)から開催される「山形ビエンナーレ2018」で、《最上川(本合海)》関連展示をおこないます。 山形ビエンナーレの展示のひとつとして、「山のような100ものがたり」と題し東北芸術工科大学敷地内を会場に、山形にまつわる100点以上もの作品が展示されます。その中の企画展「現代山形考」で、これまでの修復過程をパネルで紹介します。作品の実物は現在、芸工大・文化財保存修復研究センターで修復中のため展示できませんが、取り外した額も展示します。 また、明治44年(1911)の山寺油絵展覧会にされ出展された高橋源吉作品の中から、《とら》《山寺全景》《立谷川 対面石》の3点も展示します。当時の展示の様子を体感できる貴重な機会になります。さらに、源吉の父であり日本洋画の礎を築いた高橋由一の作品も展示されます。 会期中の9月22日(土)には、《最上川(本合海)》をはじめとした高橋源吉作品を調査・研究している大場詩野子(油彩画修復家)さんのギャラリートークも開催されます。この機会にぜひご覧くださいませ。 ************************* 山形ビエンナーレ2018https://biennale.tuad.ac.jp/ 山のような100ものがたり「現代山形考」https://biennale.tuad.ac.jp/100story 会場:東北芸術工科大学本館7階ギャラリー THE TOP日時:2018年9月1日(土)~24日(月・祝) ※期間中の金・土・日・祝日のみ開催入場料:無料主催:東北芸術工科大学 もっと見る
《最上川(本合海)》の搬出
2017/12/20 22:35(作品を箱に入れている) (株)文化財マネージメントの宮本です。今回は、先日おこないました《最上川(本合海)》の搬出の様子についてお伝えします。 搬出作業は、修復をおこなっていただく東北芸術工科大学・文化財保存修復研究センターの中右恵理子先生と、長峯研究員、西洋絵画修復ゼミの学生によっておこなわれました。 作品は旧山寺ホテル2階の大広間に展示されています。損傷が大きく、壁に掛けて展示すると危険であるため、床に置いて立て掛けてある状態です。 (安全のため作品を立て掛けて展示している) これを作品サイズに合わせて制作してきた輸送用の箱に入れ、紐を掛けて固定します。 (作品を箱に入れている) (作品を箱に入れている) (作品の入った箱に紐を掛けたところ) 箱に入った作品を旧山寺ホテルから搬出し、車に載せ、東北芸工大・文化財保存修復研究センターの西洋絵画修復室に運びました。 (旧山寺ホテルから運び出している) (東北芸工大・文化財保存修復研究センター) (西洋絵画修復室に運んだところ) これから損傷状態などの詳細な調査をおこない、その後に修復作業に入ります。修復完成までには1年2、3ヶ月ほどの期間を要する予定で、だいぶ時間が掛かってしまいますが、気長にお待ちくださいますよう、よろしくお願いします。 この活動報告では調査や修復作業の各工程をお知らせしていく予定ですので、お楽しみに。 もっと見る
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