こちらは区役所の情報編纂室です。
全部門に向けて、新たな有害超獣個体の簡易対応手順を発行しました。
このマニュアルは、全ての職員が閲覧可能です。
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◆PB-107簡易対応手順
◇名称
ユウユウカンエイ
◇発見者
百瀬 潤 (ももせ じゅん) 博士
◇危険度
不明
◇簡易対応手順
・現出時、当該区域における全ての超獣の解体作業を中断してください
・距離、高低差を問わず、当該個体の正面に位置しないよう注意してください
・区民向けのサブアラート「葬儀の一時中断」を実行してください
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【霊魂、優游涵泳と】
「魂は物質として実在する」
人間の死後、身体から抜け去るという21gの「何か」について、ここで論じることはしない。しかし、こと我々が有害超獣と呼ぶ存在については、生前と死後、確かな変化が現れる。
抜け去る質量、およそ全体重の約6%。
70kgの人間で例えるなら、そのうち4.2kgの重量が、理由不明のまま消失する。
これを指して「魂」と呼ぶ学者はいないものの、しかして現状、この減量の正体を言い当てることもまた不可能である。
閑話休題。
ユウユウカンエイと呼ばれる超獣がいる。
現出から、永い時間をかけて活動を停止したような、いわば「長寿」の大型超獣の遺骸、その上空へと現出する、水棲哺乳類―――、
即ち、海獣的特徴を有した、現出再現性を持つ個体である。
この個体は、活動停止≒死亡した超獣に対して口腔と思われる部位を開帳し、その内側に広がる暗黒へと「何か」を吸引する。
結果として、吸引された対象は全体重のうち、約22%の重量を喪失する。
しかし、その肉体や組織において、欠けたものは何もない。
あるいは我々が「元々計量を間違えており、過去の全ての個体に対して、喪失分だけ多くの重量を最初から誤算していた」という事実でもない限り、この現象を説明することはできない。
…いや、仮にそんな事実があったのなら、それはもっと重篤な情報汚染なのではあるが。
閑話休題。
この個体の調査に際して、幾人かの職員が犠牲になった。
それらは航空課のヘリ搭乗員であり、ユウユウカンエイの「吸引」を目の当たりにした者達だ。
彼らは「己の中から急速に、何かが抜け落ちていく」という報告を最期に、墜落した。
遺体を調査した結果、彼らの全員が、墜落による外傷を受ける以前に、空中で絶命していたことが判明している。
ならば、ああ、医学よ!
私がこれまで信じてきたものは、監察医としての経験とは、一体何だったのでしょうか。
抜き去られたものの正体が、もしも世に知られる「魂」と同じものであり、その知られざる輝きが、かの超獣の腹部に光る星々であるならば。
彼らは永劫に囚われているのでしょうか。そして獣たちは、我々と同じ輝きの魂を有しているのでしょうか。
あの、あの星屑の海へと、私も一息に呑み込まれれば、その答えは分かるのでしょうか。
21gの魂と共に、私から喪われる15.4kgの「それ」は、あの海の底で、思考を続けられるのでしょうか。
その答えは遠く、窓の外の遥か先。
鎮圧された超獣を弔うようにして、既にそれは現れている。
実体亡き、死した星海の獣。
それは静かに、ゆっくりと、そして厳かに。
その口腔に、闇夜を映し出した。
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より詳細な対応手順へのアクセスには、レベルII以上のセキュリティ・クリアランスの提示、または当該クリアランスを持つ職員による認可が必要になります。