2021/10/30 10:53
藤野で朝採り野菜市を主宰する土屋拓人さんに聞く東京から一番近い里山、旧藤野町のオーガニック農家の実情そして、農家と消費者をつなぐマルシェの役割とは?

日本でオーガニック農家を語る上で、最先端の市民レベルの活動を続ける町が旧藤野町(2007年相模原市に合併)だと語る土屋さん。世界的に有名なドイツのシュタイナー学園やパーマカルチャーセンターの拠点があることで知られるこの町が今なぜ最先端なのか?

藤野を移動型マルシェで日本一のオーガニック村を目指すビオ市主宰者、土屋拓人さんに聞いてみました。

土屋拓人さん

●土屋拓人プロフィール
東京都生まれ。ビオ市主宰 大学在学中に制作プロダクションを起業。出版社やテレビ局などと多数のプロモーションを手がける。2009年、神奈川県・旧藤野町へ移住。仕事で培ったコミュニケーション能力と人脈を活かし、藤野地域通貨「よろづ屋」自然エネルギー「藤野電力」などの地域活性化プロジェクトに取り組む。2014年、「ウィークエンドファーマーズ」設立メンバー。2015年からは地域の有機農家と住民を繋げるビオ市にも注力している。2021年、日本最大の『食のサステナブルAWARD』RED-U35金賞受賞。
https://bio831.com


- 土屋さんは相模原の藤野に移住され、地元でファーマーズマーケットを主宰しています。ここで藤野をご紹介させていただきます。

相模原市旧藤野町(2007年相模原市に合併)は人口9千人弱、町の中央には相模湖があり、ぐるりと山に囲まれた自然が豊かな町です。東京から一番近い里山で、神奈川県最北西端に位置し、JR中央本線や中央高速道路が通り、東京から1時間半、首都圏からのアクセスもよいところです。戦時中に、藤田嗣治ら日本を代表する多くの画家が疎開したことから芸術のまちといわれ、芸術家の移住を推進したり、世界的に有名なドイツのシュタイナー学園の開校だったり、パーマカルチャーセンターの拠点があることなど、様々な思想やカルチャーを積極的に受け入れている町として注目を浴びています。


- Q1) 土屋さんは、なぜ、藤野に移住したのですか?

ことの始まりは、『地球交響曲(ガイアシンフォニー)』というドキュメンタリー映画です。「地球はそれ自体がひとつの生命体である」という考え方に基づき、「今」を語るに相応しい人を取材するという映画なのですが、僕は日に日に、自然の中で暮らすことや、スピリチュアルな世界に心を奪われるようになりました。そして、先輩のお子さんがシュタイナー学園に合格し藤野という町に引っ越すと聞き、「藤野...聞いたこともない町だけど面白そう」という直感が働き、藤野を訪れました。中央線に揺られて到着した町は、新宿から1時間とは思えないほど、自然豊かな環境で、「この町に引っ越してきたい」と強く思ったのです。ただ、その時はまだ決断しきれずにいました。本当に今の都会での仕事や生活を捨てて良いものかという迷いもありました。しかしその後、偶然にも、娘が通う保育園に『地球交響曲(ガイアシンフォニー)』の監督、龍村仁さんのお子さんが通ってらっしゃることがわかり、同学年の娘を持つ親として龍村監督との縁ができたのです。そして、すぐに相談する機会をいただきました。「僕は龍村監督のガイアシンフォニーを見て考え方が変わり、人の縁で藤野という町を知り、青山から引っ越そうかと思っているんです」とストレートに聞いたんです。すると龍村監督の奥様は、「藤野って聞いたことあるわ。パーマカルチャーや、シュタイナー学園があるところでしょ?リトリートセンターのような場所でしょ?良いじゃないの。」と言ってくださったんです。「よし、藤野に引っ越そう。」その時、僕は、これまでの僕からは考えられないようなスピードで意思決定をし、藤野に移住することを決めました。


- Q2) 藤野でファーマーズマーケット「ビオ市」を主宰するきっかけを教えてください。

友人知人の有機農家の野菜を販売する無人販売所「土屋商店」を自宅前に設置したのが始まりです。一人で頑張っている有機農家が何軒もあることがわかりました。そこで、彼らの野菜を売るための場所の一つとして、地元の空間アーティストに協力を仰ぎ、50cm×2mの棚を創り上げました。そして、地域通貨よろづ屋(地域の情報交換などに利用されている)のメーリングリストに情報を流してみると、毎回瞬く間に完売するようになったんです。少しずつ、そんな場所が増えてきたタイミングで、全部まとめてファーマーズマーケットをやったほうが面白いんじゃないかと思い始め、友人に相談すると「それ絶対やったほうがいい! ていうか、なんで今まで藤野にはファーマーズマーケットがなかったんだろう」って言われたんです。じゃあやるか! となって、農家さん1軒1軒に電話して協力をお願いし、ビオ市を仲間たちと皆で創り上げていきました。


- Q3) 藤野の農家の現状を教えてください。

ファーマーズマーケットをやっていけばいくほど、農家がどれだけ大変かということがわかってきました。たとえば神奈川県では、新規就農した農家は5年間、交付金を受け取ることができます。しかし、それをもらってなんとか生活が成り立つ、という人がほとんどで、交付金が打ち切られたあと、農家として生計を立てていくのはかなり大変だという現実があります。ちなみに、月10万円、年収100万円を超える有機農家は、全体の1割程度で、これは有機農家の「100万円の壁」と言われております。だからこそ、少しでも力になれるように、販路開拓をしていきたいと強く思うようになったんです。

藤野では、ビオ市などでの売り上げで、10万円の壁を突破できる人が増えています。ビオ市でのつながりから、個人に直接宅配している人もいます。そういう意味で、販路の拡大には、少しは貢献できたのかなと思っています。

しかし今度は100万円を超えたら、次は300万円の壁がある。ある農家が言ってました。月20万円稼ごうと思ったら、休みもなく、1日中仕事するしかないと。


- Q4) ひなのマルシェではじめたいことありますか?

僕たちが今、次の段階として、話し合っているのはCSAです。CSAとは、「Community Supported Agriculture」の略称で、日本では「地域支援型農業」と呼ばれています。簡単に説明すると、消費者が生産者に対して野菜などの購入費用を前払いするシステムです。代金を前払いすることにより、不安定になりがちな利益を安定させることができます。例えば、1年の前払い契約をし、その農家の会員となった消費者が、毎週季節の野菜セットを受け取ることができる、などの例が挙げられます。さらに、複数の地域の農家と契約、連携することにより、売れ残りや、値下げの危険性が減少し、所得が安定するのです。消費者は農家との交流が密になり、新鮮な野菜をいつでも手にすることができるようになります。

ただ、このシステムを始める前に大切なことがあると思います。それは農家をはじめとする生産者と消費者との関係です。

藤野は、農家が持っているこだわりを楽しそうに聞くお客さんばっかりなんですよね。もともとそういう土壌が、あったんだと思います。野菜を買うだけでなく、農家との交流も楽しむ。

つまり、ファーマーズマーケットは生産者と消費者を繋げ、コミュニケーションがとれる場としての役割も担っています。農家って実は孤独なんです。畑を耕しても、雑草を丁寧に一つ一つ抜いても上司に褒められる訳でもなく、とにかく美味しい野菜を作ることをストイックに追求する仕事です。そういった意味で、コミニケーションを取れる場はすごく大事だし、美味しいって消費者から直接言ってもらえる環境は、農家にとってもお金に換えられない価値を感じられる場所なんです。


土屋さん、本日は貴重なお話をありがとうございます。

撮影:袴田和彦
写真提供:ビオ市

次回、土屋さんのご紹介で、相模湖地区で自然栽培の野菜をつくる「ゆい農園」の油井敬史さんのインタビューをお届けします。