2022/02/14 05:26

皆さん、今晩は。

皆さんは「六書(りくしょ)」というのを御存知でしょうか。今から二千年前に、漢字の造字の方法について考えた人々がいました。今夜は、そのお話です。

〇六書

漢字の音は、丁寧に積み重ねられた研究によって定められている、という事は既に述べました。

漢字は、よく表意文字であると言われますが、読み書き以外に、会話の時にも思索の時にも使われます。言語の本質は、音と意味の結びつきにあるので、当然、漢字もまた音と意味が深く結びついています。私は、漢字は表意文字であるとともに、表音文字でもあると考えています。そこで、表音文字であることを、造字の方法から説明したいと思います。

漢字の成り立ちについては、昔から六種類に分けた造字の方法があり、これを六書(りくしょ)と言っています。六書が初めて漢籍に登場するのは、周公旦(しゅうこうたん、殷を滅ぼした武王の弟)が周代官制を記したと言われている『周礼(しゅらい)』の「地官篇・保氏」の条ですが、そこには「六書」の名が挙げられているだけで説明はありません。細かな説明がなされるのは、後漢(25年~220年)に入ってからです。

班固(はんこ、32年~92年)の『漢書芸文志(かんじょげいもんし)』には、「象形・象事・象意・象声・転注・仮借」とあり、『周礼註』に引用された鄭衆(ていしゅう、後漢の学者)の説には「象形・会意・転注・処事・仮借・諧声」とあり、許慎(きょしん、30年~124年)の『説文解字(せつもんかいじ)』の『叙』には「指事・象形・形声・会意・転注・仮借」と書かれています。『漢書』に注釈をした顔師古(がんしこ、581年~645年)によれば、「象形・象事・象意・象声・転注・仮借」 とは、即ち「象形・指事・会意 ・ 形声・転注・仮借」の事である、と述べています。文字の分類なので、名称は違っても、これらは同じものなのでしょう。

『説文解字』によれば、「指事・象形・形声・会意」は造字の方法であり、「転注・仮借」は、転用や借用の使用方法です。

『説文解字』とは、「小篆(しょうてん)」に基づいて、漢字の字義と字形を説明した字書で、形の上から五百四十部に分け、9353文字の字形・意義・音声を解説した、最初のまとまった字典です。ここでは、『説文解字』に書かれている「六書」について、説明したいと思います。

(一)象形文字

象形とは、自然物の「形に象って(かたどって)」、絵をかくように書いた文字の事です。現在使われている楷書(かいしょ)からでは何の事なのか想像できませんが、篆書(てんしょ)にまで遡ると、何故、象形文字と言われているのかが分かります。

ここで、甲骨文字以降の文字について、少し触れておきます。

始皇帝の二十六年(前221年)、戦国の七雄(韓・魏・趙・燕・斉・楚・秦)の中で、陝西省(せんせいしょう)の僻地にあった後進の秦が、天下を手中に収め、同年、文字を統一しました。

秦国が強大になる事ができたのは、孝公(在位、前361年~前338年)の時代に、商鞅(しょうおう、?~前338年)を登用して、徹底した富国強兵政策を採用した事にあります。商鞅は、道端に灰を捨てただけでも死刑とし、それにともなう連座制をしき、農業を本務として、食料の備蓄と兵力の確保に務めました。

秦では、古くから周の太史籀(たいしちゅう)の作った籀文(ちゅうぶん=大篆、籀の作った書体)が使われていましたが、これをもとに、丞相の李斯(りし)が簡略化した文字を作り、全国にひろめました。そのため、それまで使われていた文字を大篆(だいてん)と言うのに対して、李斯が作った文字を小篆と言います。ここで紹介する『説文解字』に掲載されている文字は小篆で、篆書は現在でも「篆刻」と言って、印章に使われています。

「篆(てん)」とは『説文』に「引き書きするなり」と書かれていて、毛筆を上から下に引くようにして書く書体の事です。『漢字小百科事典』によれば、篆書を書くのに用いた筆は、洋画に使う絵筆のようなひら筆で、それゆえ一つの筆画に太い細いの変化が無い、と紹介されています。

さて、文字は統一されましたが、その後、政務繁多となると、金文の流れをくむ小篆は、曲線が多く実用には不向きとなりました。伝説によれば、その頃、罪を犯して獄中にいた程邈(ていばく)という人物が、隷書(れいしょ)三千字を作って始皇帝に献上し、許されて御史の官に任命された、と。

隷卒(れいそつ、下級役人)が書きやすいように、篆書の筆画を省略し。実用に適するよう造られた文字なので隷書と言います。隷書の省略体として使われていた行書を整理した物が楷書(かいしょ)で、隋唐時代に完成しました。

中国では、何に刻まれるかによって、文字を分類します。甲骨に刻まれているので甲骨文字、殷・周時代の青銅器に鋳込まれた文字を金文、石刻に残された文字と青銅器の文字を合わせて金石文と言います。甲骨文字を含めて隷書以前の書体を総称して、篆書というのだという説もあります。

さて、話を象形文字に戻すと、「日」「月」「木」「馬」等がこれにあたります。

※以下は小篆の「日」「月」「木」「馬」です。「月」は欠けた象形、「木」の下の「⋂」の部分は根を表しています。

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※以下は小篆よりも古い時代の「日」の古文と「馬」の籀文です。「日」の中の横棒は「烏」を表しています。中国には太陽の中に三本足の烏が住んでいると言う伝説があります。また、「馬」は、馬の頭とたてがみ、尾と四足に象っています。

『説文解字』に収められている文字は9,353字、現代の『大漢和辞典』はおよそ五万字で、時代の流れと共に文字数は四万字以上も増えていますが、実は、象形文字は殆ど増えていません。象形文字は、最も基本的な、古い時代につくられた文字なのです。

(二)指事文字

象事・処事とも言います。数量や方向のような、象形文字では表現のできない、抽象的概念を示すために作られた、符号的な文字です。例えば、「一」は指事文字で、数の始めの意。この文字をもとに、二、三、百、千等の数を表す文字ができました。また、一定の位置を示す横棒「一」に、その位置より高い場所を示す「l」を付けた文字が「上」です。小篆では「⊥」と書きます。同様に、一定の位置を示す横棒「一」に、その位置より低い場所を示す「l」を付けた文字が「下」で、小篆では「⊤」と書きます。ものを切るはもののの形に象った「刀」に「、」を付けて、そこが刀のはの部分となることを示した「刃」や、象形文字の「木」の下の「⋂」の部分にしるしを付けて、根本を表した「本」等々がこれにあたります。

※小篆の「上」「下」「刃」「本」 

少し長くなりました。明日の晩に続きます。

本日が皆様にとって、好い一日でありますように。