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誰でも本が作れる、本が発行できる、出版社が作れる革命

現代の出版のシステムに反逆する旧時代的な手づくり工法によって、真の価値をもった作品を読書社会に投じていきます。誰でも本が作れる、誰でも本が発行できる、誰でも出版社が作れる革命によって作られる本です。

現在の支援総額

37,420

124%

目標金額は30,000円

支援者数

14

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2023/04/25に募集を開始し、 14人の支援により 37,420円の資金を集め、 2023/05/18に募集を終了しました

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現在の支援総額

37,420

124%達成

終了

目標金額30,000

支援者数14

このプロジェクトは、2023/04/25に募集を開始し、 14人の支援により 37,420円の資金を集め、 2023/05/18に募集を終了しました

現代の出版のシステムに反逆する旧時代的な手づくり工法によって、真の価値をもった作品を読書社会に投じていきます。誰でも本が作れる、誰でも本が発行できる、誰でも出版社が作れる革命によって作られる本です。

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戦う教師──民主主義教育

大日本帝国が瓦解すると石は即時に釈放され、再び新城中学校の教壇に立った。しかし郷里の人々が石に向ける視線は冷たく、その冷たい視線の奥には、反戦を貫いた彼の行為に対する非難がこめられているのだった。この教師は卑怯者だ。徴兵から逃れるために、子供を戦場に送るなというプラカードを掲げて通りを歩いたのだ。ただそれだけのことで徴兵から逃れられるなんてたいしたことを考えたものだ。彼の教え子はすべて戦場に送りだされ、彼の同僚たちもまた残らず駆り出された。しかしこの教師はついに戦争から逃れ続けた臆病者なのだ。それで日本が大敗北すると、まるで勝者気取りで、一人のこのこと故郷に戻ってきた裏切り者なのだ。彼に向けられる人々の視線の中にこもるそんな声が、石には肌に突き刺さる針にように感じられた。

それは拘置された監房で、憲兵大尉が非難したことと同じ論理と倫理だった。しかし故郷の人々が石に投じる非難はまったく異質のものだった。憲兵隊大尉の非難は、国家の意志を守るための、いわば権力がつくりだした論理と倫理だった。しかし郷里の人々の非難はそうではなかった。わが夫が、わが子が、わが兄弟が、わが父が、わが従兄弟が、わが親族が、わが隣人たちが戦場から帰ってこなかったのだ。人々が戦争反対を貫いたいわば反戦の英雄に投じる石は、悲劇の運命を課せられた人々の悲しみと絶望の底から発せられる非難だった。こういう非難の視線に出会うとき、石はあの戦いは間違っていたのではないか、あの戦いは臆病者の卑劣な行為であったのではないかと思うことがしばしばだった。彼の戦後とはこの疑問を抱いて生きることだった。

戦後の教育がまた彼を深く戸惑わせた。文部省からくりだされる民主主義教育なるのが、彼の支柱とし理想とする教育と、なにか根源から違っているのだ。例えば、戦前の教育では、中学生になると男女は分けられ、別々の教育を受けた。それが男女共学になってしまった。小学生ならば、男女が同じ教室で学ぶことは、理想的な教育のシステムだと石は理解している。小学生はまだ子供という領域にあって、男女の差がほとんどない。だから同じクラスで、同じテキストを使って、同じ教育をしても弊害は生じない。

しかし中学生はちがう。その肉体にはっきりとあらわれるように、男女はそれぞれが別の生命体として成長していくのである。したがって中学生になったら、男女は異なった教育を受けるべきなのだ。男子はやがて社会に巣立っていき、社会を機能させていく仕事を担う。男子はその機能を担う人間として育てる教育が必要なのだ。そして女子は、男子とはまた違った大きな機能を担わねばならない、子供を産む、子供を育てていくという機能である。それもまた大きな仕事だった。人類を永続させていくというある意味では男よりも大きな仕事を担う性なのだ。そのためには女子のための教育が必要なのだ。

しかし男女共学が学校教育法で公布され、日本の公立中学校はすべてそういう仕組みになった以上、教師としてその職にあるならば、石もまた男女共学の教育思想に転じなければならなかった。彼はそのための努力をしたが、どうも戸惑うことばかりだった。ということはついに男女共学だけではなく、戦後の教育思想に転換できなかったということだった。

この男女共学のシステムもそうだが、文部省の繰り出した戦後の日本の教育政策の根底にあるのが、アメリカの教育思想だった。民主主義であり、プラグラティズムであり、合理主義であり、物質主義であり、統計主義であり、成果主義であり、科学的実証主義であり、点数主義であり、実用主義だった。例えば、戦前の教育にももちろん成績簿というものがあって、学期ごとに生徒たちを評価した。それは教師のもっとも神聖な行為であったが、そのとき石の基準とするものは、テストの点数ではなかった。たとえ試験で四十点しかとれなくとも、その子がその学期に一生懸命努力したなら高い評価をあたえた。

たとえその子が九十点とっても、その子の努力が足りなければ、彼の評価は低くかった。人間はもともと不平等にできている。通信簿とはもって生まれた能力を査定したり、ランクをつけることではない。それは教育ではない。その子がいかに学んだか、その子がどれだけ努力したか、その子がどれだけ人間として成長したか、そのことを評価するのが通信簿であり、それが教育するということなのだ。

しかし戦後の教育は、石が支柱に置くいわば精神主義的なあるいは人間主義的な、悪くいえばあいまいで主観的で情緒的でどんぶり勘定的な評価を許さないのだ。繰り返すテストによって子供たちの学力を検証し、その点数を克明に記録して、全生徒の成績を統計化していく。そして現実を統計的に反映させたというガウス分布によって、一人一人の成績を割りだしていくのだ。やがて全国の教育のレベルを統計化するために、学力テストが全国一斉に行われるようになっていく。教師たちはテストのための授業をするようになり、生徒たちはテストの成績を上げるために勉強をしていく。こうして戦後の教育は、テスト主義、点数主義一色なり、序列を競う教育になっていくのだ。石はその危険性を全身で感じとり、独自に抵抗する教育を続けていたのである。


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