今から25年くらい前のこと。
熊本の肉馬の市場では沢山の馬たちがひしめき合っていました。
当時の市場は、100頭以上の馬たちが集まっていたと言います。
MOMOさんは肉馬の市場には、弱っていたり具合の悪そうな馬がいないか、もしもそんな馬がいたら、牧場に連れ帰ってのんびり余生をおくらせたいと思い、毎年四国から熊本の市場に来ていました。
MOMOさんが一列に並んだ馬たちの前を通ると、1頭だけ「ヒヒィン」とか細い、だけど子馬が母馬に甘えるような声で呼び掛ける、痩せこけてぼろぼろの年老いた馬がいました。
一度はその馬の前を通りすぎ、また戻って前を通ろうとしたとき、今度ははっきりとした声で「ヒヒィン」とMOMOさんに呼び掛けたのです。
もしかして、とそのぼろぼろの馬のたてがみをかき上げると、それはMOMOさんが15才くらいの頃に天塩にかけて育てた「クロ」という名前のサラブレッドでした。
10代のころから馬の育成、調教もしていていたMOMOさんに大切に飼育されたクロは、2才の時に県外の乗馬クラブに買われて行きました。
まさかここ熊本で再会できるとは夢にも思わなかったクロ。
15年くらい前に別れた時の面影はほとんどありませんでしたが、額の星の模様がクロだということを証明していました。
「クロ、お前ここにいたんか」
なんとしても競り落とさなければ、クロは肉になってしまう。
なんとかクロを競り落とすことができたMOMOさんは、熊本から愛媛までの長距離をクロが体力的に持ちこたえられるように、伸びきっていた蹄をきれいにその場で削蹄しました。クロはとても嬉しそうにMOMOさんに頭を何度も何度も刷り寄せました。
「よし、一緒に帰ろう」とMOMOさんはホロで囲われたボロボロの2トントラック(その市場では、あまりのボロボロさに、「幌馬車隊」と呼ばれていました)にクロをのせて四国の牧場に戻りました。
通常、手放した馬にはよほどのことがない限り再び会うことはできません。
無邪気な、元気いっぱいで乗馬クラブに送り出したクロが、15年ほどの間にどれだけの苦難の中で生き抜いてきたか。
クロは幼い時に大切に育てられ可愛がってくれたMOMOさんを忘れてはいませんでした。
どんなに過酷な環境で飼育されていたとしても、大切にしてくれた人をずっと覚えていたのです。
それからクロはMOMOさんの、当時の愛媛の牧場に戻って3年の余生を過ごしました。
柵にも入らず、毎日お世話するMOMOさんやスタッフについて回り、大きな体で寄りかかってお昼寝をしたり、まるで子馬の頃に戻ったような日々を送りました。
最後は、牧草の植わった草むらに座った状態で鼻先を地面にちょこんとつけて、まるで本当に眠っているような表情で亡くなっていました。
生きていく途中で離れてしまっても、一度信じた人のことを馬はずっと覚えています。
そんな動物たちと絆、約束を守るのが、オープンセサミです。
(クロの写真が見つからなかったため、クロに似ているモンちゃんの写真を使っています)