こんにちは!遠藤です。
昨日からまたロサンゼルスに戻ってきています。シアトル、ポートランドと雨続きだったので、晴れてくれてるのが本当にうれしい!
ロサンゼルスでは、私のチャレンジをinstagramで知ってくれた、同じ高校・学科卒業で、現在アメリカ留学中の19歳(若い!!)Hちゃんが連絡してくれて、Hちゃん宅に泊まらせてもらっています。
私自身、年下の、しかも同じ学科だった子がアメリカ留学していることに、日本にいるときから興味深々で、連絡もらった時は本当にうれしかった!
昨夜は、Hちゃんの波乱万丈な、でも、とてもパワーのある話をたくさん聞きました。
聞いていて思うのが、Hちゃんが過ごしてきたアメリカでの毎日の中に、1度も無駄な日が無かったこと!私が日本で、「今日はゆっくりしよ~」とたるんでいる時間も、Hちゃんは英語で授業を受け、分からない単語を辞書でひき、必死に授業に食らいついていました。
これまでの私の生活が、いかに生ぬるいものだったのか思い知らされます。
そしてHちゃんは、常に夢を持った人生を送っていました。
「夢が見つからないから、とりあえず大学に行く」
「この大学に行ったら就職に強そうだから、やりたいことじゃないけど行く」
っていう同年代が多い中、そういう人生が送れている子は本当に稀だし、誇るべきことだと思います。本当に10年、20年後、Hちゃんがどんな素敵な人になっているのか、楽しみで仕方ないです。
日本は、日本の教育と大人によって敷かれた、正解かどうかも分からないレールに沿っていくと、大体の人は18歳、または22歳から社会人になります。
人生100年時代と言われている今、年金が受給される年齢や、定年と言われている年齢も上がってきています。
仮に65歳で無事定年退職したとしても、私たちの人生はあと35年も残っています。
その35年というあまりにも長い時間を食いつないでいくお金を、就職してから退職するまでの40年弱で蓄えることができるのでしょうか。
定年退職という言葉は無くなり、終身退職という言葉が生まれるのではないかと思ってしまうくらい、これからの人生は長く続きます。
ここで強く思うのが、自分にまだ体力があって、やりたい事が可能な身体を持っているにも関わらず、22歳という若さで、進路を決定してしまっていいのか。ということです。
私は、日本の典型的な就職活動をしたことがないので、就職活動の苦しみが分かりません。
「自己PRで使える!とってもわかりやすい自己分析の方法!」のような記事タイトルを見たことがありますが、そもそも、就活が始まる21歳の時点で、他人に胸を張って話せるような経験を積んでいる人の方が希少だと思います。
そんな状態で自己分析をしたとしても、自分に嘘をつくようなことばかり並べてしまいそうだと感じます。
嘘で固めた自分を売り込んで、採用されて、嬉しいのでしょうか。
また、いつも金色や明るい茶色の髪の毛をしている若者が、就活シーズンになると、一斉に黒髪、黒スーツになることにも違和感を感じます。
明らかに虚構の容姿をしていることは会社側も分かっているはずなのに、未だに「清潔だから」「印象がいいから」と言っていること自体が理解不能です。
私は、若い内に、若さを売りにした事にどんどん挑戦していくべきだと思います。
就職に対して違和感を感じるのなら、周りと同じ型にはまらず就活を中断すればいいし、どうせならニートになってもいいと思ってます。
時間に余裕がある生活こそが、自己分析に最適です。
私はこのアメリカ縦断中の21日間、余裕がありすぎて、1日に数回は悟りを開いています。
その中で、自分が心から大切にしたいもの、熱中したいものが見つかったなら、儲けもんです。「違和感だらけの就活しなくてよかったーー!」って心から思うと思います。見つかるまで2年、3年かかってしまうかもしれません。
しかし、忘れないでもらいたいのが私たちの人生100年もあるんです。その中の2,3年なんて、ほんとちっぽけです。
これから先、様々な仕事が機械化し、人間と機械の共存が私たちの生活の基盤となるでしょう。
コンビニのレジ店員はいなくなり、すべての商品はロボットが運んでくれるようになります。外科手術でさえ、遠隔操作によって、ロボットが行ってくれるようになります。
自分の仕事が機械で代用できるかどうかを見定める力が必要になってきたりと、見方によってはすごく生きづらい世界になるかもしれません。
しかし、機械は私たちの仕事を奪うのではなく、高いポテンシャルを持った人間を、より高いポジションに連れて行ってくれる、とても便利なツールだと、私は思っています。
目先の利益や、他人からの評価を気にして就活をする、一つ前の時代は終わり、私たちはそれよりも一歩進んだ、自分のやりたい事を仕事にするために就活をする、もしくはフリーランスになる、という方向にシフトチェンジするべきなんじゃないかな、と思います。
私はいま、Hちゃんが在学するコミュニティカレッジ(日本でいう短大)の図書館でこの日記を書いています。ここには、幅広い年齢層の人達が各々テキストやパソコンと向き合い、勉強しています。
Hちゃんによると、おじいちゃん学生が学内で倒れて、酸素ボンベを装着している状況にも遭遇したことがあるそうです。そんな状況、日本では絶対に見ることが出来ません。
こっちの方は年齢を重要視する傾向が、本当に低いです。何歳からでも再チャレンジできるし、皆が平等に、やりたいことに向き合える環境をもっています。
必要なのは、それに挑戦する「勇気」と「好奇心」だけだと思います。
私は死んでも、変なプライドで凝り固まった、おばあちゃんにはなりたくないと思います。
それでは!