2018/06/16 18:21

内装はピッカピカにキッチンも修繕などが発生し来週には完成です。


あと数時間で40日間に渡るクラウドファンディング が終了します。
たくさんの方に共感いただきありがたいお言葉をかけていただき。本当に嬉しいです。

私だけでは絶対になし得なかったこのプロジェクト。毎日代わる代わる、いろんなかたがお手伝いに来てくださっています。

あまり、自分の身の上を大々的に語ることはなかったのですが、
なぜいつかの夢を抱く人の助けをレンタルキッチンという手法を使ったのかをちゃんとお話したいと最後に思いました。

わたしには今年の春、専門学校生になった娘が一人います。彼女が1歳半の時にシングルマザーになりました。

小さな手を引いて、朝一番に保育園に預け。一番遅くに迎えに行く。
仕事でどうしても穴を開けられない時を見計らうかのように熱を出したり夜、具合が悪くなると、次の日、保育園に行けない時の預け先を誰にお願いするか考えたり。
両親や妹、友達の助けを最大限に借りていました。

会社では、お迎えに1分でも早く行けるように、いつも急いで仕事をしていました、
帰ってからも、ご飯を食べさせ、お風呂に入れ、寝かせつけ。子どもが寝てから残っている仕事をする。

そんな生活が続き

自分のための時間なんてありません。
その頃のわたしのいつかは 「いつか一人でお風呂に入りたい。」

そんな些細な夢とも言えないようなことでした。

少し娘も大きくなって。
お風呂も一人で入れるようになっても、仕事と育児の両立は難しく。
子どもの話をゆっくり聞いてあげるという時間も持てていませんでした。

構ってもらいたくて、困らせて振り向いてもらいたくて。学校に行くことを拒んだり。
いろんなことが起こりました。
家にずっといてあげられたらな。「いつか、毎日ただいまって声を聞きたいな。」当時はまだ在宅で仕事をするということが認められておらず、会社に行って仕事をするしかありません。

通勤時間で子どもと話す時間ができるなと考えることもありました。
それでも周りの方の支えのお陰で贅沢は出来ませんが、それほど不自由もなく幸せに生活していました。

そんな娘が高校卒業間近になり。今までシングルマザーとしてやってこれたのは、周りの人のお陰でわたしの力だけで生活してこれたとは思えません。娘の高校卒業を機に、次は恩返しをする番ではないかと思ったのです。

いつか〇〇したい。これまでに私も大きい事も小さい事もやりたいことはたくさんあったけど。
子どもや家計を支えるための仕事で時間を作ることができず諦めたり。
経済的余裕がなく諦めることもたくさんありました。

夢を持つなんてダサい、それを話すなんて恥ずかしいと思われるかもしれませんが、
いつか〇〇したい。と語る相手がいるだけでもワクワクするし、心が豊かになって。いつかの為に頑張ろうという活力になるはずです。

いつかを今に変える。
近くに見えているいつか
ぼんやり見えているいつか。

消えかけて無理そうないつか。

いろんないつかがあると思います。
どんないつかも人に話す事でぼやけていたものがちょっとクリアになったり。
自分一人でできない事でも似たようなことを考えている人と組み合わせることで化学反応が起きたり。

今を変える場所がちょいみせキッチンになるように、いつかの夢を抱く人を応援していこうと思います。

その一歩踏み出す人の後押しを一緒にしませんか。

間も無く終了を迎えますが、ちょいみせキッチンを楽しい場所の思い出になるように
オープニングパーティーでもいろんな企画を考えています。
私のことを直接知らない方でも大歓迎です。
お待ちしております。